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結人と夜月の過去 ~小学校三年生⑪~




現在 電車の中


3年生の話を一通り終えると、一度過去の話を止め現在へと意識を戻す。 電車に揺られながら、伊達はそっと口を開いた。
「その理玖くんっていう子は、大阪へ転校しちまったのか」
「あぁ。 突然な」
過去を思い出したせいで寂しい気持ちが蘇り、結人はどこか苦しそうな表情をしながら呟く。 続けて彼は、優しい口調であることを尋ねかけてきた。
「理玖くんが転校して以来、その子と再会したことはあるのか?」
その問いに対して、小さく首を横に振る。
「いや、ないよ。 当時は『また戻ってくる、いつか会おう』とか簡単に口約束はできたけど、今思えば再会するのは難しいよな」
そして――――過去の出来事を振り返り、身に染み渡る懐かしさを感じていると、どうやら目的地である横浜へ着いたようだ。
アナウンスが聞こえ駅に到着すると、仲間たちは流れるように下車していく。 そんな彼らの中に混じるよう、結人たちも続けて電車から降りた。

「本当に、理玖が自立して横浜へ戻ってこないと、絶対に会えない。 
 だけど・・・その頃には俺たちも大人になっていて、バラバラな人生を歩んでいるかもだし、より会えないかもな」

苦笑しながら言い捨てる結人に、伊達はそれに相応しい返事が思い付かず何も返してあげることができない。 そして――――駅から出ようと、改札を通り抜けた。
結人たちは仲間の一番後ろに付き、彼らが行く道を素直に付いていく形をとる。
「連絡先交換をしておけばよかったんだけど、当時は携帯なんてみんな持っていなかったから無理だった。 理玖は新しい住所と電話番号を聞き忘れているし」
そこでふと、あることを思い出した。
「あれ・・・。 そういや、琉樹さんって横浜に戻っているんだっけ。 夜月、琉樹さんの連絡先知っているんだよな? 理玖の連絡先を聞けないか?」
夜月はその言葉に少し反応するも、すぐに目をそらし申し訳なさそうな表情をしながら小さな声で返していく。
「・・・悪いけど、必要以上琉樹さんとは関わりたくないんだ」
「あ・・・。 そっか」
断られるが、結人はこれ以上彼を問い詰めるようなことはしなかった。 普通ならここで『どうして?』と聞き返してしまうところだが、ここは夜月の気持ちを察する。
琉樹にいじめられていたのは間違いなく夜月であり、自分をいじめてきた人とあまり関わりたくないのは当然であろう。
結人は自分の失言に少し後悔していると、伊達はこの気まずい空気を感じながらも、二人に向かって優しい表情で言葉をかけた。
「いつか、理玖くんとまた会えるといいな」
「あぁ」
そこでやっと、夜月が自ら話に割って入ってくる。
「・・・つーか、今の話を聞いていたら驚くことばかりだったんだけど」
「え?」
小さく低い声で発せられたため聞き取れず聞き返すと、彼はボリュームを少し上げ続きの言葉を紡ぎ出した。
「俺が知らない間、理玖とユイはそんなことを話していたのかよ」
そう言われ、今何のことを話しているのか考える。 そして、一つの答えに辿り着いた。
「あぁ、キャンプの時のことか。 いや、別に隠していたわけじゃないんだけど」
夜月が言っているのは、5人で花火をしていた時のこと。 
みんなから少し離れたところにいる結人と理玖を当時は少し怪しく思っていたが、二人の話の内容を初めて聞いた夜月は今の自分の気持ちを素直に打ち明けていく。
「ユイは今俺のこと、どう思っているんだよ?」
「は? 何だよ急に」
意味の分からない質問に苦笑すると、更に尋ねてきた。
「今じゃなくてもいい。 ユイはやっぱり俺のこと、少しは恨んでいたのか?」
「恨んでなんかいないよ」
そして――――夜月は一番聞きたかったことを、結人に向かって強い口調で言葉を投げかける。

「じゃあ今まで俺と仲よくしていたのは、理玖にそう頼まれたからだったのか!」

それは――――理玖が結人に向かって放った『結人は夜月のことを見捨てずに、ずっと夜月のことを信じて、夜月とは友達のままでいてくれる?』という言葉。
これには当時少し躊躇ったが、実際はそれを素直に聞き入れた。 
だから今まで夜月と仲よくしていた本当の理由は、結人の本心からではなく理玖に言われたから、だと夜月は思ったのだろう。 
その疑問をストレートにぶつけられると、結人は一切迷いを見せずにこう答える。

「違うって。 理玖にそう頼まれる前から俺は夜月と友達になりたいと思っていたし、それに当時も夜月のことを本当に恨んでなんかいなかった。
 てより、このことについては小学生の時にも何度も話したろ。 今更、深く考えるなよ」

夜月は期待していた通りの答えが返ってきて安心したのか、大きく息を吐いて胸を撫で下ろした。 相変わらずの結人に少し呆れつつも、今度は違う話題を振ってくる。
「・・・あぁ、分かった。 ありがとな。 ところで・・・ユイは理玖が転校することに、気付いていたんだな」
「まぁ、確信はなかったけどな」
「どうしてそんな大事なことを、俺たちに言ってくれなかったんだ?」
その問いに対して、苦笑しながら答えていく。
「んー・・・。 未来はともかく、俺たちのことを外から静かに見ていた悠斗や、理玖とずっと一緒にいた夜月なら気付いていると思ったんだけど。
 やっぱり理玖は、嘘が下手だと思わないか?」
それを聞いてどこか気に障ったのか、夜月は結人を少し見下ろすような態勢で冷たい一言を言い放った。
「・・・俺が理玖のことをよく見ていなかった、とでも言うのか?」
隣から凄まじいオーラを感じ取り、背中に冷や汗を感じながらも慌てて言葉を付け足していく。
「あぁ、いや、その逆だ」
「逆?」
そこで大きく頷きながら、堂々と胸を張って言葉を紡ぎ出した。

「そう。 夜月が理玖の異変に気付かないわけがない。 離れていくことを察していたとしても、夜月はわざと気付かないフリをしていたんじゃないのか?」

「わざと気付かないフリ? 何のために」
結人が言いたいこと、つまりは――――夜月は理玖が転校することに実際は気付いていた、と言いたいのだ。 だがその本人は、自分のことなのに気付いていないらしい。
そんな彼に向かって、結人は少し顔を俯かせ寂しげな表情をしながら理由を綴っていく。
「理玖と同じ理由で、いつも通りの俺たちの日常を壊したくなかったのか・・・。 それとも理玖が自分から離れていくという現実から、自然と逃げていたのか」
「ッ・・・」
夜月は理玖が転校することに気付いてはいたが、そんな現実は認めたくなくて、それを自ら打ち消すようになかったことにしていた。 
夜月自身に憶えがないというのなら、これはきっと自然と出た自己防衛なのだろう。 彼はその言葉を聞いて少しの間考え込むと、諦めたかのようにこう小さく呟いた。
「・・・さぁ、どうだろうな」
完全に今の発言を否定しないということは、夜月の中で心当たりがあったのだろう。 
そんな彼のことを温かく見守るような目で見つめていると、今度は伊達から一つの質問が飛び込んできた。
「ところで、ユイは理玖くんと別れた最後の日に何をあげたんだ?」
その質問に対しては、淡々とした口調で答えを並べていく。
「あぁ、アルバムだったかな。 理玖が転校するかもって思っていたから、事前に先生からクラス写真のコピーを貰えるよう交渉していたんだ。 それらでアルバムを作った。
 理玖が俺たちのことを、忘れないためにな」
得意気に話す結人を見て、夜月は少しふてくされながらボソリと呟いた。
「何だよ、そんなものをあげていたのか。 ・・・何かムカつく」
突然不満そうな声が聞こえ、苦笑しながら彼の方を見て返していく。
「また嫉妬か」
その発言に、夜月は首を小さく横に振りながら更に言葉を返した。

「いーや。 それもあるけど、ユイは何でも一人でできちまうから何か負けた気がするんだよ」
「でも俺は、夜月のイケメンさには負けるぞ」
「そんなの釣り合わねぇ」

結人よりも夜月の方がモテるのは互いに分かっていたことだった。 だからこんなくだらない言い合いでさえも、この時間を幸せに感じる。 
ここで丁度歩いていた仲間が立ち止まり、結人たちも自然と歩みを止めた。 そして前の方へ意識を向けると、赤信号だから歩くのを止めた、という理由が分かる。
綺麗に区切りがつき、これを機会に話題を次の学年のものにしようと考え始めた。
「えっと・・・。 次は4年か。 理玖が転校した後のことだろ・・・。 何かあったっけ・・・」
真面目に考え込む結人をよそに、夜月は一言だけを言い捨てる。
「俺に関しては特にない」
「んー・・・」
それでもなお4年生の頃の出来事を思い出そうと必死にもがいていると、突然近くから名を呼ぶ声が聞こえた。
「ユイー! この後、ファミレスでみんなご飯食べようだって!」
優だ。 癒しの笑顔を周囲に振りまきながら、声を上げてくる。
「おう、了解!」
そんな彼に対して結人も負けじと笑顔で返すと、ふと4年生の出来事が頭の中に蘇ってきた。
「あ・・・。 優か。 そうか! 4年生は、俺が優とコウと初めて会った年だ。 そうなると・・・他にも出来事があったな。 ある意味、考えさせられた年かも。
 俺目線の話になるけどいいか?」
その発言に両隣にいる夜月と伊達が頷くのを確認すると、再び過去の話を語り出す。
「これは・・・理玖が転校した後の話だ」


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