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空を裂く流星


 ◆◇◆◇◆◇◆◇

 空に打ち上げた一発一万円を超えるお高い花火……いや、俺の投げた銭投げが炸裂し、周囲の闇を閃光が切り裂く。

 影凶魔は一瞬だけその光を見て動きを止めた。それが単に光に反応したのか、それともセプトの意識が既視感でも覚えたのかは分からない。だけどこのチャンスを逃す訳にはいかない。

「これでも、食らええぇぇっ!」

 そう叫びながら、フライングボディアタックをぶちかまそうとしてふと気づいた。身体に当てたらマズイ!

 あくまで魔石があるのは影凶魔の頭部。セプトが身体の中に居る以上、勢いが付き過ぎたらセプトにまでダメージが行く。

「くっ!?」

 何とか落下中身体を捻り軌道修正。ミシミシと嫌な音を立てるが関係ない! ここでやらなきゃいつやるんだっ!

 そのまま影凶魔の頭部にぶつかっていき、何かが割れるような音と共に二人でもつれながら転がる。

「……っつ~っ!? アタタタタ」

 着地を考えないでやるとキツイ。痛む身体で無理やり立ち上がり、俺は慌てて影凶魔の様子を探る。

 影凶魔は大分弱っているようだった。少し離れた場所に転がり、頭部の魔石のひび割れは大きく、身体を覆っていた影のドレスも所々朧気になっている。

 周囲の影も収まりつつある。やるなら今しかない! 俺は覚悟を決めて、痛みでふらつきながらも影凶魔へと走る。

 目の前に立っても影凶魔は動かなかった。まだ影は残っている。俺を迎え撃つことも少しなら出来るだろうに、そうはしなかった。

 俺は貯金箱を取り出す。動けない今がチャンスだ! 今ならセプトをここから引っ張り出せる。

「もうちょっとだけ待っててくれよセプト! 『査定開始』」

 貯金箱の光が影凶魔を照らし出す。セプトが居るとしたら身体の中央部分。そしてその正確な位置は、


 ブローチ(光属性付与 ランク低級) 五十デン


 ビンゴっ! 俺はほつれた影のドレスの隙間に手を潜り込ませる。

 今日セプトに渡したブローチ。それを身に着けていた事を思い出して探ってみたらドンピシャだ!

「…………ここかっ! よいしょっと!」

 そして大体の場所に当たりを付け、その手に触れた物を力の限り引っ張り出す。ズルリと音を立てて影から姿を現したのは、俺の見慣れたいつものセプトの姿。胸にはブローチが微かに光を放っている。

 下半身は影に呑まれたまま。目も虚ろで酷く弱っているようだけど、間違いなく生きている。

「おい。……おいっ! しっかりしろっ!」

 下手に揺さぶったら危ないかもしれない。なので声を掛けるだけにしたが、セプトはまだ意識が朦朧としているようだ。

 待ってろ。今完全に引っ張り出してやるからな。俺はさらに力を入れて引き抜こうとし、

「Aaaaarっ!」
「何っ!?」

 止まっていた影凶魔が急に動き出した。依り代のセプトを取られまいと思ったのか、単に自身の危機に生存本能が働いたのかは分からないが、再び影が脈打ちセプトを引き戻そうとする。

「させるかっ!」

 俺はセプトの腕をしっかり掴んで必死に抵抗するが、影はまた刃となって襲い掛かってきた。防ごうにもこっちはセプトを掴んだまま。ここで離したらまたセプトが……何が何でもこの手は離せない。

 迫る刃に俺は少しでも痛くないよう身体を捩って躱そうとし、


()()


 その直前、聞き覚えのある声と共に放たれた風の弾丸が、影凶魔の頭部を撃ち貫いた。




 ピシっ。パリーン。

 エプリの放った二度目の風弾に、ヒビの入っていた魔石は衝撃に耐えきれず砕け散る。

「Aaaaarっ!?」

 響き渡る影凶魔の絶叫。ナイスだエプリ! そちらの方を見ると、エプリもこちらに駆け寄ってくる。

「トキヒサ! ()()()()()()()()()()! 早くセプトをっ!」
「分かってる! ふんぬ~ぁっ!」

 影凶魔は徐々に光の粒子となって消えつつあるが、最後のあがきで暴れられる前に急いでセプトを引っ張り出さなくては。

 さっきは腹から上くらいだったが、もう足の辺りまで見えてきた。もうすぐだっ!

「……っ!? トキヒサっ!? 上っ!」
「げっ!?」

 見ると上空に、一抱えもある大きな影の刃が数本展開されていた。刃先は全てこちらを向き、影凶魔の身体から伸びている。最後の力で俺達を道連れにする気かっ!?

 影凶魔がまだ完全に消えていないように、影の刃もすぐには消えない。このまま落ちてきたら消える前に串刺しだ。

 銭投げの威力を上げればかき消せるかもしれないが、どう考えても爆風でこっちも被害を受ける。

 そして、遂に影の刃がこちらに向けて落ち始めた。

「……くっ!? “二重(ダブル)強風(ハイウィンド)”っ!」

 エプリが重ね掛けした強風で吹き飛ばそうとするが、刃が大きすぎて吹き飛ばしきれない。

 もう柱というレベルのそれがこちらに迫り、エプリが素早く俺にしがみつくようにしながら強風を周囲に吹き荒らさせる。限界まで風の範囲を狭め、俺達から刃の軌道をずらす為だ。

 だけど直感する。まだこれだけじゃ足りない。さっきのようにシーメが護ってくれることを考慮してもキツイ。そして、

「……えっ!?」

 ()()()()()()()()()()()()()()()()

 こんな芸当が出来るのは……俺は咄嗟にセプトの方を見る。すると、セプトが震える手を空に向けて影の刃を睨みつけていた。鼻からは血が一筋垂れて、目の血管も傷つき始めたのか真っ赤に充血している。

 誰がどう見てもセプトはもう限界だった。

「うっ……トキ……ヒサ……早く、逃げ……て」
「セプトっ!? お前を置いていけるかっ! すぐに引っ張り出してやる!」
「ダメっ! 今……私……離れたら……止められない。だから……早く」

 俺が慌てて引き抜こうとするが、セプト自身がそれを拒否する。ふざけるなっ! ここまで来て、ここまで来て諦められるもんか!

「エプリっ!」
「分かってるっ! ……セプト! もう少しだけ粘りなさい!」

 エプリが竜巻(トルネード)の発動準備に入る。だけどあれだけのデカさとなるとどのくらいの溜めが必要になるか。そしてそれまでセプトが耐えられるか?

 俺は少しでもセプトが楽になるよう、身体を支えるべく体勢を移動させる。……魔力暴走の時もこうだったな。そうだ! あの時のように俺が受け皿になってセプトの負担を減らそうとし、

「トッキー! エプリ! あとは私達に任せて!」
「シーメっ!? 何でここに!?」

 陰から攻撃を防いでくれていたシーメが、影が上空に集まっている隙を突いて走ってきたのだ。

「……ありがたいけど、アナタでもあれを完全に防ぐのは難しいわ。ここから離れて遠くから支援を」
「大丈夫大丈夫! 少しでもアレの動きを止めてくれて助かったよ! ……セプトちゃん。もう少しだけ頑張ってね!」

 シーメは得意げに笑いながら額に軽く手を当てる。またアーメかソーメと連絡を取るみたいだ。だけどこんな状況で一体何を?

「……もしもし。お姉ちゃん? ……うん……()()()()()()()。細かい照準はこっちで微調整するから……()()()()()()()()()!」

 その瞬間、空気が変わった気がした。




 ◇◆◇◆◇◆◇◆

『そう。お姉ちゃんの方は一応準備よろしく。エリゼ院長にもよろしく言っといて』
「よろしくって……まあ良いけど」
『うん。標的と合図はこっちの方で……って!? トッキーっ!?』

 それを最後に交信は切れ、アーメは困ったようにため息を吐く。

「どうしたの? アーメ?」
「院長先生! それが……色々と向こうで問題が起きているようです」

 時久達と別れたアーメは、エリゼ院長と共にヒースが向かいそうな場所を伝えた後、教会で不測の事態に備えて待機していた。

 その後ヒース発見との報告を貰い、あとは迎えを待つのみとなったのに、さっきから姉妹達から伝わってくるのは荒事の気配ばかり。

 極めつけは今のシーメからの一報である。何者かの手によって自分達の友人であるセプトが凶魔化し、その場で暴れまわっているとあっては捨て置けない。

「シーメから長距離狙撃の申請が来ました。もしもの時にとの事ですが」
「あの子がそう感じたとなると、そうなる可能性は高いでしょうね。……でもアーメ。くれぐれも」
「分かっています。()()()()は一日一射。二度は無しですよね。……準備をしてきます」

 心配そうに注意するエリゼ院長に対し、アーメは心配させまいと微笑んで走り出す。

 途中自身の部屋で愛用の物を取り出すと、そのまま階段を駆け上がる。目指すは毎日鳴らす教会の鐘が安置されている場所。正確に言うと、その横に造られた彼女専用の射撃位置。

 アーメはそこに立ち、持ってきた物を軽く点検する。


 それは一張りの弓と、特殊な光沢を放つ手袋だった。


 弓は青を基調にして装飾は少なく、ある意味機能美を追求したともいえるそれだが、唯一の装飾と言える持ち手と両端に備え付けられた魔石がキラリと光る。

 手袋をはめ、軽く弓を握ってあとはひたすら待つばかり。アーメは同調の加護によって、大まかに伝わるシーメとソーメの場所を把握しながらじっと射撃位置に佇む。そして、

『……もしもし。お姉ちゃん?』

 連絡が入ったのは少ししてからの事だった。

「こちらは準備できたわよ」

 言葉少なにアーメは妹へと告げる。それと同時に腕は素早く弓を構え直す。だが、その手には()()()()()()()()()()()()

『うん……()()()()()()()。細かい照準はこっちで微調整するから……()()()()()()()()()!」
「魔力、注入」

 シーメへの返事代わりに、アーメは自身の魔力を弓に送り込む。その瞬間、青白い光と共に弓の中央から魔力の矢が生み出され、弓に矢をつがえて力強く引き絞る。

 アーメは息を整え、自分が狙うべきモノを射るべく心を静めた。その間も魔力は送り込まれ続け、矢の輝きは一層増していく。

 その場所は教会から遠く、おまけに夜で肉眼では標的も見えず、狙撃には最悪のコンディション。

 送り込む魔力で威力と射程を限界までブーストし、特注の手袋で反動を緩和。それでも身体への負荷を考えると一日一射が限度。失敗は許されない。

だが、そこにはシーメ()が居る。シーメの頭上に標的が居るのなら、そこまで届かせるだけで良い。あとはいつものように、シーメの側で誤差を正してくれる。

「届け。どこまでも、遥か彼方まで」

 自分の全力射撃でも何とか出来るという妹への全幅の信頼と共に、アーメは魔力を限界まで注ぎ込んだ矢を空に向けて撃ち放ち、それは流星のように青白い光となって飛んでいった。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇

「エプリ! あと十五秒くらいで上の奴を乱すから、それと同時にその溜めてるのを打ち込んで散らして! 私は照準の調整で光壁を張ってられないから、トッキーは身体を張って皆を守って!」

 矢継ぎ早に指示を出すシーメ。エプリは何も言わずに溜めを続行。よく分からないが、この状況を何とかできるんなら従うぞ!

「セプト。心配するな。必ず皆で帰るぞ!」
「……うん」

 セプトは今にも崩れ落ちそうな姿で気丈に頷く。




 そこからの十五秒間はとても長く感じた。

 いつ力尽きるかも分からないセプトが懸命に空に手を伸ばし、シーメは目を見開いて空を凝視し、エプリは何も言わずただその時に備えて魔力を溜める。

 俺も何が起きても良いように、貯金箱を片手にセプトを支えながらじっと構えていた。そして、




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