25 私の仕事
私の気持ちなど関係なく、エスメラルダはさっさと離れていきました。
ジョアンが私に言いました。
「外に行く」
「一緒に行こうか?」
「エスメラルダ」
エスメラルダがジョアンと手をつないで私に頷きました。
博士も言っていましたし、庭にはスタッフの方がいますから、私はそのまま二人を見送り博士の部屋に行きました。
「お待たせしました。ジョアンとエスメラルダは庭に行きましたが大丈夫でしょうか」
「ああ大丈夫だよ。スタッフが常駐しているし、彼らの行動は全て報告されるから」
博士は気にも留めていません。
「あの…怪我とか」
リリアナ夫人が心配を口にしました。
「伯爵夫人、少々の怪我なら子供にとっては良い経験ですよ。命にかかわるようなことはありませんから、ここは頑張って見守りましょう」
リリアナ夫人は不安そうな顔をしながらも頷きました。
「さて、ローゼリア嬢。君はどういう感想を持ったかな?」
「あんなにピュアな子供が、社会的に虐げられていたのかと思うと胸が痛みました」
「そうだね。人はみんなと一緒というのが一番落ちつく生き物だからね。人間という生き物は群れで行動するんだ。そういう意味ではあの子たちは孤高の存在なんだよ」
「孤高ですか。理解も共感も必要ないのでしょうか?」
「そうだ。だから彼らは些末なことで傷ついてはいないと思う。本当のところはわからないけどね。今までの記録から考えると、特殊能力が高ければ高いほど社会適応能力が乏しい。きっとそういうことは不要なものとして切り捨てているのだろうね。でも根気よく言い続けると、必要最低限のことはするようになる。挨拶とかお辞儀とかね。きっとそうすれば煩わしい小言から逃げられると思っているんじゃないかな?妥協するんだろうね」
「なるほど」
「だから、ここにいる子供たちほどの能力を持つと差別とか偏見で傷つくことは無いのだと考えている。厄介なのは中途半端に能力を持ってしまった場合だな」
「中途半端ですか」
「そう、本人が無理をすれば社会の一員としてぎりぎり生活できる場合だ。この場合、無理をするのは本人だけだから、正直に言うと自殺者が多い」
「じ…自殺?」
「うん。落伍者という不名誉な烙印を押されて追い詰められるんだ。親の経済状況にもよるが、自分の待つ特殊能力に気づかないまま、態度が悪いとか、暗い性格だとか、人の心がわからないとか責められ続けるんだよ」
「酷いですね」
「だからこそこの研究に意義があると私は思っているんだ。特殊能力を有する人材が、その知識を持たない奴らから、一方的に責められる前に保護する。子供を対象とするのはそれが理由なんだ」
「素晴らしいと思います。もしもそういう人たちの共通点や行動パターンを見つけ出して情報共有できれば、無知による差別は減らせそうですから」
「その通りだ。今はそのための情報収集時期なんだよ。ある種の共通点までは突き止めたが、画一的ではないし、持っている能力によっても違いがあるから難しい」
「なるほど…あっ!すみませんリリアナ夫人。二人で盛り上がってしまいました」
リリアナ夫人がニコッと笑って言いました。
「大丈夫よ。感動しているところだから。生まれたときからついているメイドにさえ懐かないジョアンが、あれほどロゼに懐く理由を考えていたの」
博士が興味深そうに言いました。
「心当たりがありましたか?」
「きっとロゼの心がピュアなんだと思うのですけど、それだけではないでしょうね。私のライフワークにしようかしら」
「それは良いですね。是非情報共有してください。とは言っても今は退屈でしょう?庭に行って子供たちの様子を見てみませんか?」
「ええ、是非お願いしますわ」
サリバン博士が夫人をエスコートして立ち上がりました。
「ロゼはアレクとドレックを見ているかい?」
「はい、そうします」
私は庭に向かう二人を見送り、南の部屋に向かいました。
私が入って行っても、二人とも見向きもしません。
こういうところが誤解を生むのでしょう。
でも、そういうものだと思えば何でもないのです。
私は自分のやるべきことが少し見えたような気がして、準備してきたノートを広げました。
残念ながら私には彼らのような特殊能力はありませんから、見て聞いて考え続けるしかないのです。
彼らの能力はきっと神から贈られたものでしょう。
もしかしたら私はもっとも神に近い人間と過ごしているのかもしれません。
エヴァンは研究所が合っていたようで、二日の参加が三日になるまで時間はかかりませんでした。
私は研究所に行くたびにノートにまとめたことをサリバン博士と専攻している授業の教授に報告しています。
私が発見した共通点は今のところ二つです。