289章 頼もしい
ミサキの出勤はすぐに知れ渡ってしまい、店はあっという間に満席状態になった。閑古鳥の鳴いていたときと、状況は明らかに異なっていた。
あれだけのお客様を、二人だけで相手するのは不可能。シノブは状況を打開するために、ユタカ、シラセ、フユコに電話をかけていた。マイは猫アレルギーであるため、今日の出社は厳しいと思われる。
電話の結果は芳しくなかった。ユタカはつながったものの、シラセ、フユコは留守だった。休みということもあって、どこかにおでかけをしているようだ。
従業員問題をどうするのかなと思っていると、予想しない人物が店内にやってきた。
「ミサキちゃん、ヤッホー」
「ミサキちゃん、久しぶりだね」
「ホノカちゃん、ナナちゃん」
シノブは三人に深く頭を下げる。
「ユタカさん、ホノカさん、ナナさん、ご迷惑をおかけします」
ユタカ、ホノカ、ナナの順番で言葉を返す。
「気にしなくていい」
「店長に相談したら、手伝ってこいといわれたよ」
パン屋の勤務を中断して、焼きそば店にやってくるとは。本来の順番が完全に間違っている。
店長もよく許可したと思う。通常では絶対にありえない。
「私も店長にOKをもらったよ。一時までには戻ってくるように言われた」
シノブは三人に指示を出す。お客様であふれかえっているため、私語を交えている余裕はなかった。
「ユタカさん、ホノカさん、ナナさん、焼きそばを作ってください」
「わかった」
「前のレシピ通りに作るね」
「シノブちゃん、レシピはどこにあるの?」
ホノカ、ナナの退職後に、オリジナルレシピに変更された。ルール変更を知らないのも、無理はなかった。
「ホノカさん、ナナさん、焼きそばを好きなように作ってください」
ホノカはパイロットさながらのポーズを取った。あまり似合っていなかったので、心の中で苦笑いをする。
「ラジャー」
「オリジナリティーのある焼きそばを作るね」
ホノカ、ナナは意欲にみなぎっている。忙しいところは苦手だけど、誰かに料理を作るのは大好きなようだ。
「ミサキさんは、サイン会、握手会をお願いします」
いつものポジションに落ち着いてしまった。許されることなら、焼きそばを作り続けていたかった。ミサキはサイン、握手をするよりも、焼きそばを作りをしたい。