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俺は水晶玉に魔力を注ぎ込むと、魔王は断末魔の叫び声を上げた。

俺は完全に盲点を突かれた。確かにチートの力を借りて地獄を除く全世界(悪魔にも生きる権利はある)から諸悪を滅ぼした。しかし、地球特有の未確認生物(ネッシーや雪男のたぐいだ)は温存しておいた。ロマンスまで葬る必要はない。それが命取りになった。
「伝説上の生き物が狂暴化することぐらい想定しなさいよ」
メリダはまだ俺の側にいるようだ。
「策はあるんだろうな?」
俺が甘い期待を寄せると彼女は冷や水を浴びせた。
「出来るならとっくに退治している。回線を開くわよ」
メリダはずかずかと店の奥に踏み込んでいく。
「おい、何をするんだ? 店を壊す気か」
狼狽えるマスターをよそに彼女はめりめりっと水晶玉を引っぺがした。
「魔王に直談判するのよ!」
彼女が指で宙に魔法陣を描くと地獄の底から怒号が沸き上がった。
呼びたてホヤホヤの魔王はすこぶる機嫌が悪い。
「この俺様を誰だと思って……」
「英雄王ヨシヲじきじきの申し立てよ。ホラ」
俺はメリダに背中を押されて前に出た。
「かくかくしかじかで」
かいつまんで苦情を訴えると魔王は哄笑した。
「ふーはっは! 下等生物どもが本能に従っているまでの事。わざわざこの俺様に教えを乞うまでもなかろう」
いちいち腹の立つ奴だ。俺は念を押した。
「無関係だというのか」

 
挿絵

















「その通りだ。貴様ら人間は俺の奴隷であり所有物なのだ」
「じゃあ俺がお前を殺せばどうなる?」
「愚問だな。俺は死なぬ。永遠に生き続けるのだ」
「だったら今すぐ死ね!」
俺が腕輪を外すとメリダが慌てて止めた。
「バカッ、やめろ!」
「お前も死ね!」
「だからやめろって!」
彼女は必死で俺を押さえ込んだ。
「こんな所で喧嘩しないの!」
「じゃあどうするんだよ?」
「魔王を召喚するのよ」
彼女は水晶玉を床に置いて呪文を唱えた。すると水晶玉は眩く輝いて、一人の魔王が現れた。
「うむ、これは勇者殿ではありませんか」
「よう、久しぶりだな」
俺が手を上げると魔王は眉間にシワを寄せた。
「魔王である私に軽々しく挨拶するとはどういう了見だ?」
「お前の出番はもう終わりだ」
「なんだと?!」
「魔王は魔王らしく、地獄に引っ込んでいるがいい」
俺が水晶玉を掲げると魔王は後ずさりした。
「こっちへ来るんじゃねえ。俺は魔王だぞ。勇者ごときに負けるわけがない」
「勇者が魔王を倒すのは当然のことだろう」
「うるせえ。俺は無敵だ!」
俺は水晶玉に魔力を注ぎ込むと、魔王は断末魔の叫び声を上げた。やがて魔王の姿が消え失せると、水晶玉も光を失った。
「やったわね」
「ああ」
俺たちがハイタッチを交わすと、店の奥からどやされた。
「何が『やりました』ですか。店を破壊するつもりなんですか?」
「まあまあ、そう言わずに」
「今日はこれでお開きにしましょう」
俺とメリダが引き下がると、マスターは頭を抱えた。
「まったく、あなた方はいつもこんな感じなんですかね」
「まぁな」
「まあいいでしょう。ここは私のおごりです。好きなだけ飲んでいってください」
「すまねぇな」
俺とメリダがカウンター席に戻ると、運ちゃんが顔を青ざめさせていた。
「おい、あんた、さっきのアレは何だよ」
「ん、さっきのって?」
「水晶玉がピカッと光ったじゃないか」
「そりゃそうだ。異世界の魔王を呼び出したからな」
運ちゃんの顔に驚愕の色が浮かんだ。
「そんなバカなことあるか!」
「本当だぜ。現に俺はあいつを倒した。魔王は滅んだ。それが事実だ」
「ウソだ。信じないぞ!」
運ちゃんは席を立った。
「おい、どこへ行く」
「仕事に戻るんだよ。俺には責任があるからな」
「ちょっと待てよ」
俺も立ち上がって運ちゃんの腕を掴んだ。
「俺が魔王を倒さなかったら、きっとあの女が殺されていた」
運ちゃんが目を丸くした。
「まさか、お前が助けたっていうのか」
「その通りだ。感謝しろ」
「嘘だ。だってお前は……」
運ちゃんは言葉を詰まらせた。
「どうしたんだ」
「何でもないよ。じゃあな!」
彼はそのまま駆け出して行った。メリダは首を傾げた。
「彼、どうかしたのかしらね」
「知らんよ」
俺も席に戻ってグラスを傾けた。それからメリダが帰る時間になるまで二人で飲み続けた。異世界からやってきた難民たちは自衛隊の部隊に収容された。彼らは一時的に保護されるだけで、いずれ元の世界に戻れる。そう信じて大人しくしている。だが、そう思わない連中もいた。
異世界難民の会は魔王討伐のニュースを報道するなり、SNS上で怒りの声を爆発させた。
曰く、自分たちは被害者だ。
曰く、加害者は自衛隊員たちだ。
曰く、異世界人を虐殺している。
異世界難民の会は魔王を崇拝するカルト教団とも繋がりがあった。彼らの扇動によって世論は自衛隊への不信感を募らせ、異世界難民たちを迫害するように動いた。
自衛隊に救出された異世界人たちは、日本という国が異世界人を受け入れる態勢を整えていないことに絶望して自ら命を絶った。そして自殺者は増え続け、自衛隊の治安出動はますます困難になっていった。
俺は自室のベッドの上で寝ころんでいた。異世界難民の会によるデモ活動が連日連夜行われているからだ。
異世界難民の会は魔王の配下に加担していたとして自衛官を激しく非難している。彼らが魔王を信仰している証拠として、異世界人が所持しているとされる魔法のアイテムを公開して見せた。
その効果は絶大で、人々は魔法の存在を知って恐怖した。そして魔法を使える異世界人は危険な存在だと認識されるようになった。自衛隊の治安出動は見送られ、代わりに警察が出動した。だが、異世界人の身体能力は人間をはるかに上回っており、警察はあっけなく返り討ちにあった。そればかりか、警察の装備では異世界人に太刀打ちできないことが明らかになった。
政府は異世界難民を射殺するように命じる始末で、俺は呆れ果てた。
「なんでそうなるんだ?!」
「魔法を使うからよ」
メリダは当たり前のように言ったが、納得できなかった。「魔法なんて使う奴は全員悪人なのかよ」
「魔法は人間の魂を堕落させるのよ。悪魔の誘惑に勝てると思う?」
「悪魔は魔王の味方じゃないのか?」
「違うわ。魔王は魔王よ。ただの道具に過ぎない」
「どうしてわかる?」
「魔王は魔王よ。それ以外の何者でもない」
俺は理解に苦しみながら、腕輪の力を封印した。
「それはそうと、この前、タチの悪い客が来て困っているんだけど」
「どんな奴だ」
「女の子を口説こうとしているのよ」
「ナンパ野郎か」
「まあ、そういうことよ」
「分かった。俺が話をつけてやる」
メリダが嬉しそうに微笑んだ。
「ありがとう」
俺は店に行くとカウンター席に座って酒を注文した。
「マスター、何か変わったことはないか」
「特にありませんよ」
「最近、妙な噂を聞いたんだが」
「例えば?」
「異世界からの侵略者が暴れているとか」
マスターが一瞬、息を呑んだ。
「その件に関してはノーコメントです」
「そうか」
マスターが気まずそうに訊ねてきた。
「ところで、さっきから気になっているのですが、隣にいる女性は誰ですか?」
「俺の連れだ」
「恋人ですか?」
「まあ、そんなところだ」

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