第14話 ミーアと戦うことになりそうです
ラスク亭の専属冒険者となって意気揚々と初仕事に来た森で、魔人さんと会ってしまった。
「何だと!人間が魔人と戦わないだと?
うーん、そ、それは困る。
戦ってもらわないと。
我の使命というか、約束というか、ペナルティというか……
「用が無ければ、俺は行きますね。
じゃあ、魔人さん。さようなら。」
ま、待て、待ってくれ、待って下さいってば。」
待てが待って下さいになっちゃったよ。
人間と戦わないと何か問題でもあるのかな?
俺は立ち止まって、魔人、ミーアの方に振り向く。
「ミーアさんとおっしゃっいましたか。
何かお困りごとでも?」
あーまたお節介をしてしまいそうだ。
「おっ、聞いてくれるのか。
実はな、このあいだ、親父が大切にしている花瓶を割ってしまったのだ。
それで、怒った親父に勘当を言い渡されたんだけど、母様が間に入ってくれてな。
せっかく母様の取りなしで、親父の怒りが和らいだと思ったんだが、親父から許す条件として、武者修行に出て兄上より強くなって来ることが出されたのだよ。
ところが、兄上は魔人の中でも5指に入る強者。
どうしたものか分からなくなって、とりあえず人間の街に近いこの森で人間を待っているのだ。」
「どのくらいここにいるのですか?」
「10年くらいであるかな?」
「10年も!!」
「10年なんてそんなに長くはないぞ。
人間は全く来なかったけどな。
でも魔物と戦ったり、魔法の練習をしてたら、そんなに退屈でもなかったかな。
いや、ホント言うと、ちょっと飽きてきて困っていたのだが。」
「どうしてこんな森の奥深くに人が来ると思ったのですか?」
「そりゃこの道を抜けたら魔国に行くからに決まってるでしょ。
人間の一番強い勇者とかっていうのがここを通るんだろ。
弱っちい人間を相手にしても、全然物足りないしね。
勇者が魔王様を倒しに来るって、小さい時に読んだ絵本に書いてあったからな。」
こいつちょっと変?
まあでも、かわいそうっちゃかわいそうか。いろんな意味でね。
「勇者は来ないと思うけど。向こうでもそんな噂は聞かなかったし、10年も待って来なかったんでしょ。
たぶん待つだけ無駄だと思うけど。」
「そんな......じゃあ、お前、やっぱり相手して。」
「お断りします。」
「ええー。そんなあ。」
ミーアはとっても悲しそうな顔をする。
「修業しないと屋敷に帰れないのに......」
あーあ、べそをかきだしたよ。
「しょうがないなぁ。じゃあ、ちょっとだけだよ。
でも俺あんまり強くないと思うから、本気では来ないでね。」
「ええー、相手してくれるんだ。うれしー。じゃあ行くよ。」
ミーアの全身に黒い靄がかかり、少し身体が大きくなったみたいだ。
「本気で行くよ!」
「おい、本気はダメだって!」
まじかよ、嬉しくって約束を忘れてるみたいだ。
「高速演算!」
黒い靄に完全に包まれたミーアが近寄ってくる。
普通に早歩きくらいで。
あっ、爪が伸びた!
俺はすれ違いざまに伸ばされた手を軽くよけて、左足でミーアの足を引っかける。
ズデーン!
ミーアが前のめりに倒れた。
倒れた、倒れ......起き上がってこない。
「おい、大丈夫か?」
手を貸してやると、俺の手を掴んで立ち上がる。
「くそお、石にでも躓いたか。今度こそは殺ってやる。」
殺ってやるって言ったよ。おい。
ミーアは速足でその場を離れ、また全身を黒い靄で覆う。
「せーの!」
また速足だ。さっきよりはちょっと早いけど、充分よけられる。
足を引っかけてもいいけど、ちょっとかわいそうだし、とりあえず避けながら水魔法でミーアの進路に水を撒いてやる。
ズテーン!
今度は水でぬれた落ち葉に足を取られて、仰向けに滑っていった。
こんな感じで30分くらい相手をしていたら、ミーアがついに泣き出してしまった。
「ぼ、僕が一撃も入れられないなんて…
兄上には敵わなくても、僕だって魔人の中じゃ、結構強い方なのに。
このあいだの校内武闘会でも優勝したのに。
それに、それに、……
ねえ、人間ってみんな君みたいに強いの。
さっき、強くないって言ってたよねぇ。ねぇー。」
急に弱々しげに話し出したよ。
それに言葉も女の子らしくなっちゃったよ。
「本当はね、僕が強いか弱いか、分からないんだ。
だって、この世界に来て未だ数日だよ。
虫や犬っころとは戦ったことはあるけど、人間と戦ったことなんて無いんだから。」
「…決めた。僕は君と一緒に行くことにするよ。
君は、僕より強いし、もしかしたら兄上と同等、いや上かもしれないし。
一緒に居て、僕も強くなるんだ。
それにここにも飽きたし、ちょっと寂しかったし。
う、嘘、最後のは無し。
寂しかないもん。」
最後のが本音みたいだね。
「うーん、一緒に来るのはいいけど、面白いかどうかは分からなくよ。
それに君のその格好、それじゃ街で浮いちゃうね。
人間みたいに変身出来ない?」
「出来るよ。えい!
こんな感じでどう?」
頭から出ていたツノは引っ込み、顔に浮いていた入れ墨も消え、真っ赤な血のような色の瞳も綺麗なグリーンになっている。
真っ黒だった装いも、明るくポップな魔法少女風になっているし。
「ど、どうよ。」
はにかみながらうわ目使いに見てくるミーア。
むっちゃ可愛い。
持って帰りたい。いや、本人が望んでるからね。
誘拐じゃないからね。
「うん、可愛いじゃないか。」
「可愛いならもっと褒めなさいよね。」
おっ、次はツンデレか?
「ところで、あんた名前なんて言うのよ?」
そういや自己紹介が未だだった。
「俺の名前は榎木広志。
違う世界から数日前に来た日本人だ。
こっちでは、ヒロシって呼ばれているな。
ミーアよろしくね。」
「ヒロシか。変な名前。
ヒロシよろしくね。」
こうして、これから長い年月行動を共にするミーアと出会ったんだ。