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今後の傾向と対策について

 「今日の予定は、小国で辺境領地の視察と警備の状況の確認、小国民たちからの『目安箱』と『ご意見ご要望掲示板』の整理と確認、検討に行って来るよ。ディナーまでには帰宅出来るようにする。その後は就寝まで書類整理をっしようろ思う」
「分かったわ。私の方は溜まっている書類整理と、出来る範囲内での処理をしておくわね」
「分かった、無理はしないでな」
「あなたもね」

 外の門前で再度確認する意味での会話を交わし、彼に抱き寄せられる。彼はそのまま額にそっと口づけを落とし、ふわりと微笑んで踵を返した。そのまま流れるように魔道馬車に乗り込み、窓から微笑みながら右手を振った。

 (『蕩けるような笑み』って、彼みたいな微笑みを言うのねぇ……)

フォルティーネはぼんやりとそんな事を思いながら、笑みを浮かべて右手を振り彼を見送った。いつも通り、一連の流れだ、エリアスが『魂の番』に出会う前の日常。かつては、そんな二人のやり取りを微笑ましく見守っていた使用人たちだったが、今は何やら複雑そうに曖昧な笑みとなっているのは気のせいでは無さそうだ。勿論、しっかりと教育された彼等の事だ、傍から見たら卒のない所作として映るだろう。幼い頃から『当て馬気質』の立ち位置でおのずと培われた、人の感情の機微に敏いフォルティーネだからこそ感じ取れる事だった。

 余談ではあるが、帝国から小国に行き来するには入出国許可証明書の提示で許可された後、魔道船や魔道飛行機、魔道列車などでゆっくり移動するのも良し、ある程度の魔力があるなら専用ワープですぐに移動するのも良し、各自の判断に任されている。

 さて、話を元に戻そう。

 彼が番との出会いから逃避行に至るまで、まるでそこだけ切り取ったかのように記憶を失ってしまった以上、その件について責め立てても仕方がない、とフォルティーネは判断した。しかし、もしも番が再び彼の前に現れたなら……彼が選ぶのはきっと自分ではない、「選ばれるのは自分」だと楽観的にはなれない。嫌と言うほど己を知り尽くしていた。
 その時の為に、婚約解消のサインだけ彼から貰っておこうと目論んでいたのだが、そう上手く事は運ばなかった。

 通常、婚約者が不貞を働いて或いは事故等で行方不明となってしまった場合、相手無しでも婚約解消が成立するのは一年、結婚していた場合は離婚が成立するのは三年、とエーデルシュタイン帝国法にはそう定められている。

 とは言うものの。一年も#仮の__・__#大公妃としての役割をし続けるのは無理だと感じた。そもそも、不義理を働いた相手に無償の愛を捧げ続けるほど聖人にはなれない。

 フォルティーネは思う。もしヒロインになれる器があったなら、健気に耐え続けた挙句に何処からか現れたもしくは幼馴染等のヒーローの救いがあったり。または紆余曲折の末に奇跡が起きて万事解決、ハッピーエンドになったりするかもしれないが、残念ながら自分は至って常識的な善人ではあるけれども、ごく平凡なβなのだ。そこまでの器は持ち合わせていない。

 あれからエリアスの腕の仲で散々泣いた後、気持ちを落ち着かせる為に入浴やマッサージを受けて少し休憩を取った。ディナーの後、今後について彼と膝を突き合わせて話し合った。どうしても婚約解消はしたくないと懇願する彼と、婚約解消に持ち込みたいフォルティーネ。二人の話し合いは平行線のまま明け方まで続き、最終的には「妥協案」で落ち着いた。

 『もし「魂の番」に再会して理性を失い、不貞行為に走るなら同意無くエリアス有責で婚約#破棄」__・__#が出来る。そのまま「魂の番」が現れなければ一年後に結婚。万が一結婚後に「魂の番」と再会、理性を失い不貞行為に走るなら同意無しにエリアス有責にて即離婚が出来る』

 婚約破棄になった場合、慰謝料に加えてハイドランジア大公の領地の一部、グラジオラス小国の南に位置する肥沃の大地に豊かな果樹園と花園を誇る場所を貰える事。離婚の場合、慰謝料とその土地の他に、小国の誇る「魔石鉱山」の内の一つが与えられる。それらの事を、翌日ハイドランジア大公家専属の弁護士を書類作成と必要な手続きを済ませた。

 互いの両親への報告については……『魂の番』が見つからない今打ち明けるのは良くない、と結論づけた。フォルティーネに至っては、エリアスが番と消えてからと言うもの、実家に帰る事なくこの邸で役割を果たし続けている。その傍らで、一年が経過して婚約解消となった際の為に就職先を探していた。

 常識として報告はすべきだと思うが、エリアスとの婚約を#生まれて初めて__・__#手放しで喜んでくれた家族とは会い辛かった。父親にメールで報告はしたが「お前の好きにしなさい。困った事があれば遠慮なく頼る事」と返信があるのみ。それが少し寂しい気もする反面、一応は信頼されて愛情もあるのだと再確認する出来事でもあった。

 (婚約解消ではなくてエリアス婚約破棄にしてくれたり、慰謝料や領土の件も私にとっては悪くない条件よね。これなら一人で悠々自適な生涯を過ごせそう。頂いた領地に『|終《つい》の棲家』を建てようかしら)

 そんな事を思いながら、書類に目を通す。

 (それはそうと、「秘書官」の件はどうしようかしら。まさかエリアスが番の事を全て忘れて戻って来るなんて思って無かったし。いずれにしても、皇帝の条件次第よねぇ……)

 ふと、フォルティーネの口元が緩む。

 (ふふふ、エリアスったらあんなに妬くなんて。そんな事ある訳なのに)

皇帝の秘書官の打診があった件をエリアスに伝えた時の事を思い出したのだ。

 「ダメだ! あの#暴君__・__#はお前に懸想しているに違いない!! 秘書官なんて飛んでもない事だ、絶対反対だ!!!」

 バンッと両手で机を叩きながら立ち上がり、激高したエリアス。だが、すぐに肩を落とす。

「……て、私がそんな事を言う資格は無いのだが……」

 彼の頭に狼の耳が、お尻には尻尾が見えた気がした。まるで、悪戯をして飼い主に叱られて気落ちしつつ反省する大型犬のように思えてつい笑ってしまうのだ。それに、エリアスに愛されている実感が湧いて心がフワフワと舞い上がってしまう。それが一時的なものである事は重々承知の上、少しだけ夢を見ていたかった。

 とは言うものの。皇帝の命に逆らえる筈もなく、秘書官の件で話し合う日を目前に控えていた。
 

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