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えっと、これはどういう事でしょう?

 その場所に着く頃には、日が随分と傾いていた。思いの外、皇帝と二人での話し合いは長時間に及んだようだ。無人魔道馬車に心地よく揺られながら、フォルティーネは思う。

(陛下、意外と話し易かったし聞き上手だったわ。出されたミントティーとフィナンシェもすごく美味しかったし)

 最初は敬遠し、警戒していた筈だった。だが、フォルティーネ自身も気づかない内に、皇帝に好感を抱いていた。

(まぁ、上に立つ……まして皇帝ともなれば#黒い噂__・__#の一つや二つあって当たり前だし、実際に腹黒さもないとやっていけないもんだよね)

 魔道馬車は城下町を通り抜け、自然豊かな森の奥へと進んで行った。フォルティーネの今の住処は、自然が作り上げた聖域の敷地内に造られた邸だった。二人の愛の住処にと、(元)婚約者、エリアスが建ててくれたものだ。王都から少し離れ、グラジオラス小国との国境近くにある。

 馬車はゆっくりと邸の敷地内に踏み入れた。因みに、この魔道馬車もエリアスがフォルティーネの為に造ってくれたものだ。フォルティーネの波動に合わせ、行き先を思い浮かべるだけで自動的に連れて行ってくれる波動魔術をふんだんに使用しており、フォルティーネに対して害のあるものは近づけないようになっている仕様だ。

 (あのまま、それこそ『共に白髪が生えるまで、健やかなる時も病める時も……』生涯を共に生きて行くつもりだったんだけどなぁ。適齢期の範囲内というか、私が24歳で彼が26歳。ちょうど良い年齢で結婚出来る! なんて浮かれていたから、「当て馬キャラめ、身の程を弁えろ!」とか神(?)が鉄槌を食らわせたとか?)

 一人になると、今更考えても詮無い事が脳内を駆け巡ってしまう。

 あれは、今から四か月ほど前。エリオスとフォルティーネは婚約式の際の衣装合わせに仕立て屋を訪れていた。自邸に呼びつけるのは楽だが、その時のフォルティーネは街でデートをしたい気分だったのだ。その時の自分の判断を、後に後悔する羽目になるのだが……そういう時こそ、タロット占いを活用したら良かったかもしれない。そうすれば、その日外出する事無く……。

 何度そう思った事だろう。だが、その反面こうも思うのだ。

「もし魂の番同士が出会う事が#宿命__・__#ならば、小手先の技で逆らってみても結局は二人巡り逢う事になるだろう」

 と。それに、フォルティーネには『占い師』としての#矜持__・__#があった。

『占い師たるもの、占いに振り回されてはならない。占いを上手く利用する事、それ以上でもそれ以下でもない』

 従って、自分の恋愛の事は占わない事を徹底して来た。万が一、望まない鑑定結果が出た際、それに囚われて今を楽しめなくなってしまう事を避ける為だった。

 
 その時、仕立て屋の近くだからと二人で帝国立植物園に寄った時だった。ハニーサックルの妖艶な甘い香りが漂う中、突如足を止める彼を不思議に感じた。エリオスは、我を忘れ食い入るように正面を見つめていた。その瞬間、嫌な予感がした。いつも、#当て馬__・__#で終わる恋と同じ感覚……。

 「見つけた! #私の番__・__#!!!」

彼は熱っぽくそう呟くと、矢も楯もたまらずと言った様子で駆け出した。彼の宿命の番の元へと……。

 それは、どんなに努力を積み重ねても『宿命』というモノには一瞬で結果が出てしまう。どれほど高潔で高い倫理観の持ち主でも宿命を前にしたら崩壊してしまう、逆らえないものなのだとまざまざと見せつけられた瞬間だった。互いに一目で惹かれ合い、熱い抱擁を交わす二人を見て成す術も無くただ茫然としていた。


 「お帰りなさいませ、フォルティーネお嬢様!」

馬車を降りると、侍女長と執事長、護衛騎士たちを始めとした使用人一同が出迎えてくれた。執事長のエスコートに従って馬車を降りる。皆、エリオスについて来た者たちばかりだ。彼らは律儀にも、正式に婚約解消となる迄はフォルティーネに仕えるつもりでいるようだ。一同はエリオスを慕っていたが、今回……魂の番と出会ってしまった事でフォルティーネと話し合いもせず、番と行方を晦ましてしまった事に失望してまっていた。その反動で、余計にフォルティーネに尽くす事に繋がっているのだろう。

 「あの……お嬢様……」

古き良き時代の英国紳士の見本のような彼、いつもきびきび行動し、はっきりと物を言う執事長には珍しく言いにくそうだ。改めて見てみると、他の使用人たちも動揺している様子だ。どうやら何かあったようだ。

「何? どうしたの?」

フォルティーネは出来るだけ穏やかに、親しみ易い笑顔で応じた。

 「その……つい先ほどなのですが、あの、その……エリオス様がお帰りになられまして……」
「えっ?」

 恋は盲目と言うが、今さらどの面下げて帰って来たと言うのか? どうせ番も一緒に居るのだろう、エリアスは完全に道徳心も失ってしまったようだ。

 (こういうの、#色ボケ__・__#とか言うんだっけ?)

ムカムカと不快な怒りを覚えるフォルティーネに、執事長は戸惑いながら続けた。

「それが、エリアス様お一人でして。しかも、何やら記憶を失っていらっしゃるようでして……」
「えっ? それは一体……」

 予想外の情報でフォルティーネは言葉を失った。
 

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