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第1話:料理人、神地に立つ

 水の中? なんだかフワフワ浮いてるような感じがする。
 周りは真っ黒だし少し不安になる……けど、不思議な安心感もあって変な感覚。
 なんだろう、いつか思い出せないけど、この感覚は初めてじゃないような……。

 ……をさ……のじ……。

 え、なに? ちゃんと聞こえないよ? 後ろに居るの?
 なんだこれ、上手く動けない?
 後ろ、後ろ!
 んーーーー!!!

 駄目だ、なんでか後ろを向くことができない……でも、身体に力を込めたからなのかな?
 真っ黒だったところに白い線がピーッと一本走って、徐々に白が埋め尽くしていく。
 あーそっか、ただ目を閉じてただけで、白いのが本当の姿だったんだね。

 あのフワフワした感じもなくなってきたけど、ここはいったいドコなんだろう?
 あっちには木……かな? 真っ白な木。
 こっちには草が生えてるのかな? やっぱり真っ白な草。

 何もかも真っ白だけどちゃんと地面もあるし、真っ白な場所だってのはよーく解った。
 私じゃなきゃ見逃してたかもしれないね!

「もし、そこのお嬢さん」

 お嬢さん? 誰のこと? さすがに私じゃないよね?
 気になってちょろっと後ろを見てみると、なんか落ち込んだ様子の三人組が。

 一人はお爺さん。
 上から下まで真っ白な服で、少し見える肌だけが白じゃない。
 叩かれたら痛そうな長い木の杖を持ってる。

 左には気弱そうな男の人?
 金と紫の刺繍が綺麗な黒いローブを着て、フードをスッポリ被ってる。

 右には筋肉質(マッチョ)な女の人。
 おっきいおっぱ……胸に、赤いマイクロビキニを着てる。
 なんかヒーローが付けてそうなマントがヒラヒラしてる。

 間違ってたら恥ずかしいけど……。

「……わたしの事……ですか?」
「いかにも。儂は輪廻を司る神、ちとお嬢さんに話があっての……」
「はあ……」

 ここに四人しか居ないし、まあそうだよね。
 これは雰囲気的に聞かないといけないやつかな……?

「すまんの、では此方に……」

 お爺さんが手で指す方を見ると、さっきまで無かったのに畳と卓袱台が置かれてた。
 言われるままに畳に座ると、三人は反対側に並んで座る。
 あー、畳の匂いってなんか懐かしい気持ちになるよね。

「回りくどい言い方は良くないからの……申し訳ない、そなたは儂の失敗で死んでしもうたんじゃ……」

 仄かに香る匂いを嗅いでると、お爺さんがそう言って一斉に頭を下げてきた。

「うえっ!」

 話はちゃんと聞こえてたけど、急に頭を下げられてビクッと少しお尻が浮いちゃった。

「えー…………いやー、よく分からないんですけど、どういう事ですか?」

 言ってる意味がよく分からないんだけど……わたしここに居るし。
 困惑していると、お爺さんが頭を少し上げて言葉を話しを続けた。

「まず、そなたは【七節(ななふし) 綴文(つづみ)】といっての、料理を愛する女性じゃった……」

 ゆっくりと、わたしが誰で、どんな生活をしてたのか。
 誰と出会って、将来の夢は何で……。
 話が進むについれて、身体の真ん中辺りがチリチリってした。
 わたしは黙ってお爺さんの話に耳を傾け続けた。

「……そなたが亡くなった日も、幼少から出続けておった料理大会の後じゃった」

 少しずつチリチリが大きくなって、パンッと弾けると涙が頬を伝った。
 お父さんの死、お母さんとの二人暮らし、料理人への道、自身の死によって断たれた夢と希望。
 これまでの人生が早送りのように一気に駆け抜けて、全てを思い出した。

「本来ならば九十数歳まで生きるはずじゃった……そなたはあの日、死ぬ運命には無かったのじゃ……」
「……なんで……なんで死んでしまったんですか……」

 心臓がバクバクと早鐘を打って頭に響いてくる。
 その鼓動の速さに合わせるように涙がジワジワ溢れてきて、声が震える。
 わたしが死んだ事はどうでもいい、お母さんを一人残して先に逝ってしまった、その事に涙が止まらない。

「儂等神々は、才能溢れる者の芽が枯れぬよう少しだけ手助けする事があるんじゃ……。料理大会の準優勝者もその対象の一人じゃった。『敗北をバネに前を向いて歩いてほしい』、その者の両親の願いもあって後押しをする手筈じゃった……」

 お爺さん、いや、ジジィの顔が一層青さを増したように見える。

「此れに携わったのは、右に居る男神『嫉妬』を司る神、左に居る女神『前進』を司る神。少しの対抗心と強い前向きな気持ちを与えるはずだったのじゃが……その……」

 ん?視線が右に左に泳ぎ始めた……汗も浮き始めてるし……。
 隣で黙ってた二人も、なんか重苦しい空気が増してる気がするし……。
 なんか凄く嫌な予感がする……涙がヒュッと引っ込んだ。

「……ゴッドノーズがの……」
「神のみぞ知るって……神はジ、あなたじゃないですか……」
「その……ゴッドブレスで……」
「いや、幸運を祈られても……回りくどいのは好きじゃないのではっきり言ってください」

 さすがにイライラする!つい語気も強くなるってもんだよ!
 神を名乗るなら、言うべき事はしっかり言いなさいよ! 子供じゃないんだから!

「……二柱が【想人の思叶(オモキカノウ)】を授けようとした時に、儂にその……クシャミが舞い降りての……驚いた『嫉妬』が何十倍もの力を飛ばしてしまって……その……」
「…………は?」

 頭が真っ白になった。
 たっぷりの嫉妬心に前向きな力を少々加えて、濃厚な殺意スープの出来上がりって?

 っていうか、そんなバカみたいな理由で死んだの?
 こんなクソみたいな理由で……お母さんを独りにしちゃったの……?
 目の前で畳に額を擦りつけて謝り続ける神が居るが、もう視界には入っていなかった。

「そんな……そんな事のせいで……あの子は殺人犯にされて……」

 お母さんの事もそうだけど、あの子の事が頭から離れない。
 何度も料理勝負をしてきた良き|好敵手《ライバル》であり、普段会ったり遊んだりはしないけど、同じ夢を追う良い友人だった。
 時には涙を流し、励まし合い、次は負けないからと競い合ったあの子が、こんなつまらない理由で殺人犯にされて、生きながらに夢を奪われることに……。

 許せない……こんなこと絶対に許せないよ……!
 怒りで身体が震えるのを抑えられない……溢れる涙で視界が滲む。
 涙をボロボロと零しながら、ジジィをキッと睨みつけた。

「誠に申し訳ない!」
「申し訳……ご、ございません……でした……」

 今まで黙っていた二柱の神が、より一層頭を下げて謝罪の言葉を口にした。
 怒りが収まることはない、でも、ほんの少しだけ冷静さが顔を出す。

「……悪いのはそこの白いのだけでしょ……二人に謝ってもらう理由はないです……頭を上げてください……」
「し、しかし!」

 ゼンシンが顔だけ向けて声を上げるけど、首を振って反論を止める。
 どれだけ考えても、誰がどう聞いても、悪いのは全部白ジジィだ。

「あなた方が意図的にそうしたと言うなら絶対に許しません……違うなら今すぐやめてください」
「す……すまない……」

 そう言って少し居住まいを正してモジモジし始める。
 その様子を見ていたシットも、オドオドしながら身体を上げてくれた。
 白ジジィ……テメーは駄目だ……でも……。

(もう、どうにもならないんだよね……)

 起こってしまった事は元には戻せない、死を覆せないし時間も巻き戻せない。
 絶対に許さないし納得もしないけど、もうどうにもできないんだよね……。
 なんとか自分に言い聞かせていると、また強い悲しみが表に出てきた。
 ちょっとだけ引いた涙がまた、決壊したように押し寄せて子供のように声を出して泣いた。


--

 むむ……なにやら右頬に柔らかいものが……それに正面には見事に六つに割れたチョコレート(腹筋)……。
 ちらりと視線を左に向ければ、それはもう大層見事な双子のプリン……食べきるのは大変そうだ……。

 ってそれはどうでもよくて、ゼンシンが膝枕をしてくれてたみたい。
 ずっとそうしてくれてたのかな、そっと頭を撫でてくれる。
 優しく、とても優しく撫でるその手に顔がふやけてしまう……。

「もう大丈夫かい?」

 身体がモゾッと動いたのに気付いたのか、優しい笑顔で声をかけてくれる。
 それはそう、紛うことなき慈愛溢れる|筋肉女神の微笑み《ゴッスルスマイル》。

「もう……大丈夫です」

 おっといけない、緩みきった顔をどうにかしなければ。
 身体を起こしてヨダレが垂れてないか確認して、両頬をムニムニ揉んでなんとか元の顔に戻すことができた。
 ハッ! ……シットさん、なにこっち見てんですか。

「……本当に申し訳ないことをしたね……あたし等のせいで人生を台無しにしちまってさ……」
「もう謝らないでくださいって……お二人を恨むなんて絶対しませんから」
「ありがとう、ツヅミちゃんは本当に心優しい子だね」

 もう一度頭を撫でてくれるけど、また顔が緩みそうなのでその辺で……どうかその辺でお願いします。
 ハッ! ……シットさん、なにこっち見てんですか。

 ちゃんと座り直してから、改めて正面からゼンシンを見る。
 慈愛に満ちた視線も、優しい手も、鍛え上げられた腹筋(アブ)も、どれをとっても素晴らしい女神様だ。

 いかんいかん、顔を引き締めて白ジジィの方を向く。
 背中を丸めて真っ青な顔で地面を見てるけど、その視線はどうも焦点が合ってない。

「……不慮の事故とはいえ、あなたのことは許せません。ですが……取り返しがつかない事をチクチク言い続けるのも好きじゃありません。本当に申し訳ないと思ってくれてるなら、謝罪ではなく行動で示してください」
「勿論そのつもりじゃ……儂ができる最善を尽くさせていただきたい」
「はぁ……それで、わたしはどうすればいいんですかね? ここで生活……ってわけじゃないんですよね?」
「それはないんじゃが……」

 なんでも白ジジィが言うには、料理という概念が生まれなかった世界に転生することになるらしい。
 どんな危険があるか分からないから、手っ取り早く強くなれるスキルセットを付与してくれるとかなんとか。
 危険が減るなら安心だろうけど、よりによって料理人を志す人間が、真逆の世界に送られることになるなんてね……。

「料理という概念がないからの、食材や調味料といった物も存在せん」
「料理に関わりのある事も含まれるってことですかね?」
「そうじゃ。食べるという行為はあるが、【食】という習慣・概念がないんじゃ。肉は焼くだけ、野菜や果物はそのまま囓る。国や地位、種族に関係なくドコに行っても同じじゃ。食べる物に対して食材という考えや言葉は生まれんし、類似する言葉もない。そのまま焼く以外の行為をせんのじゃから、当然切る以外の調理や調味料も生まれるべくもない……といった感じじゃ」

 なるほど、食べるという行為はあるけどそれだけで、原始人がマンモス倒して焼いて食べるみたいな、そんな食文化レベルってことね。

「ん? それってタイミング的に都合良すぎですよね? もしかして、そのためにわざと殺したとかじゃないですよね?」
「いやいや! ソレは無い! 創造神に誓って潔白じゃ!」
「本当ですか……?」
「本当じゃ! ……第二候補ではあったが寿命を迎えた際に同じように呼ぶ事になっておったんじゃ。まぁその……時期が早まりはしたがの……」

 ジーーーッ

「ヒッ! 嘘じゃない! 本当じゃから! そんな目で見んでおくれーーーー!」
「……分かりました、信じます」

 まあ嘘を吐く意味ないし、嘘だったとしても証明できないしね。
 しょうがなくなんだからね!

 そんなやり取りをしてると、シットがお茶を用意してくれて、ゼンシンは蜜柑の入った籠を卓袱台に乗せた。
 そのままストンと隣に座って、丁寧に皮を剥いて差し出してくれた。
 えへへありがとう、もぐもぐ、ズズーッ。

「先に伝えた通り、儂等の願いを聞いてもらう礼にスキルを付与しようと思うとる。それと、最大限の謝罪の形としてソレとは別にスキルを付与、更に可能な限り願いを聞き入れさせてもらおうと思うとる」
「もぐもぐ……かなり大盤振る舞い……もぐもぐ……ですね……もぐもぐ……」
「……当然のことじゃ、それでも足りんと思うとるぐらいじゃよ」
「そうですか……ズズーッ……では遠慮なく……もぐもぐ……貰いますね」

 最後の一房を口に放り込むと、まるでタイミングを見計らったように次の蜜柑がスッと出てくる。
 完全にワンコ蜜柑状態だ、ここが天国か。
 白ジジィの視線がゼンシンに飛ぶけど、気にした様子もなくニコニコ笑顔だ。

 延々と供給され続ける蜜柑とお茶を楽しみながら、呆れて瞳から光を失った白ジジィと話を進める。
 最終的に幾つかのスキルと、わたしの要望を採用した豪華特典が決まった。

 その後は新しく暮らす世界のことと、地球との違いを教えてもらった。
 おかげで普通に暮らすぶんには困る事がない程度には知識を得られたと思う。
 そんなまったりした時間を過ごしている時、身体が仄かに光り始めた。

「そろそろ時間のようじゃな」
「……なんだかあっという間だったなぁ」
「あっという間……かの……? ゲフンゲフン! 寝床に困らぬよう幾らかの金と、今し方話した事を含めた【説明書】を用意しておいた。例の【持物】に入れておいたからの、何か困ったら活用してやってくれ」
「ありがとう、読ませてもらぶっ!!」

 最後まで言い切る前にゼンシンの柔らかな凶器が眼前に迫ってきて、思い切り抱擁される。
 いっ息が……でき……ない……。

「自分から危険なことに飛び込んじゃ駄目だからね? 危なかったらちゃんと逃げるんだよ? 寝る時は安全な場所を選びなね? 知らない人に付いて行っちゃ駄目だよ? 拾い食いなんかするんじゃないよ? 困ったらちゃんと周りを頼りなね? あたしの事忘れちゃ駄目だからね? あーん!! あたしゃ心配だよー!!」
「か、可愛いのは……分かった……から……し、信じて……あげよ……?」
「うぅ……うわーん!! 達者で暮らすんだよー!!」

 むにょんむにょんしてるよ! うわわわわわふっかふかだけど……息が……あっこれもう無理……。
 そんなコントじみたことをしてると、光が一層強まった気がする。

「そうじゃ、大事なことを忘れておった。そなたの姿形は地球のままじゃが、一つだけサービスさせてもらったぞい」
「んーーーっぷはっ!! はぁ……はぁ……サービス……?」

 なんとかデカメロンの呪縛から離脱すると、更に光の強さが増す。

「そなたが好んで遊んでおった【げいむ】とやらがあるじゃろ?」
「え? まあ移動時間の暇つぶしにかなり遊んでたね」

 ちょっ光強すぎだって、なんかもうほとんど周り見えないんだけど!

「大層好んで使っておった【白髪】【赤眼】にしておいたからの! なーに、さぷらいずというやつじゃ! 新しい世界を楽しんでおくれ!」
「ななななななにしてくれてんだ!!! クソジジイイイイイイイイィィィィィィィィィ…………」

 そう叫ぶと、途中で意識が途切れるようにフッと視界が黒くなるのだった。


--神界Side

 パチンッと光が弾けて綴文の姿が消えると、怒号の残響だけが残った。
 ハラハラと舞う光の粒の中に涙が混じっていたのは、ゼンシンとシットだけが気付いたことだろう。
 何故ならリンネは、消えた直後に白目で膝から崩れ落ちてしまったのだから。

「なんでそんな事したんっすか? いろんな意味で地雷じゃないっすか」
「クッ……クソ……クソジジィ……」
「じ、自業……自得……です……」
「そういえば、後で協力してくれた【和み】にもお礼しておいてくださいっすね?」
「クソ……ク……ソ……」
「「はぁ……」」

 ピクピクと身体を震わせ、しばらく立ち直ることができないであろうことは明白。
 当然ながら、このことを綴文が知るはずもなく、この先知ることも無い。
 そして、本当に思い出さなければならなかった、綴文に伝えるべき【伝言】があった事を、この神々が思い出すことはあるのだろうか?

しおり