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(25)とんでもない疑惑

 カイルが用意された私室に案内されると、そこには既にメリアが待機していた。寝室に続く居間のソファーにカイルが落ち着くと、ほどなくしてお茶の支度を整えた侍女がやって来る。
 彼女がカイルにお茶を淹れている間に、従僕が冊子を何冊か抱えて運んできた。

「伯爵様、ご指定の物を揃えて持って参りました」
「お茶の支度をいたしましたので、それではごゆるりとお過ごしください」
「ありがとう。下がって良いよ」
 カイルが穏やかに微笑むと、二人は一礼して退出していった。彼らの姿がドアの向こうに見えなくなると同時にメリアが動き、淹れたばかりのお茶にティースプーンを入れて中身を掬い取る。

「メリア……。到着したばかりだし、流石にここで毒を盛るとは思えないのだが」
「念のためです」
「……そうだな」
 生真面目に職務を遂行中の侍女にこれ以上余計な事は言えず、カイルは溜め息まじりに頷いた。するとここで、隣室から呼びかけられる。

「カイル様、失礼します」
「ああ、入ってくれ」
 カイルは即座に了承の返事を返すと、ここまで同行した後、一旦この場を離れていた四人が入室してきた。

「取り敢えず、この階と上下階の構造を確認してきました。当面の警備計画も立案済みです」
「早いな。ああ、それから言われていた警備兵の全名簿は、これの筈だ」
「お借りします」
 テーブルに置かれた冊子を取り上げ、アスランとロベルトが確認し始める。カイルはそれを横目で見ながら、リーンに声をかけた。

「それで、どうだリーン。連中の反応は」
 それを聞いたリーンは舌打ちを堪えるような表情になりながら、密かに聞き取った内容の概要を伝える。

「なかなかのろくでなし揃いですね。これまでここを、好き放題にしていたみたいです。紛争地帯ですから、カイル様が流れ矢に当たって死んでもおかしくないそうですよ?」
「それはそうだろうな。小遣い稼ぎに小競り合いをしている連中だ」
「アスラン?」
 すかさず吐き捨てるように言葉を重ねてきたアスランに、カイルは驚いたように顔を向けた。その視線を受け、アスランが淡々とした口調で語り出す。

「ここに来る前に、王城に保管されているトルファンの国境付近でのこれまでの戦闘報告を確認してみましたが、どれも変わり映えしない内容でした」
「どういう意味だ?」
「つまり相手が農繁期や雨期以外の時期に攻めてきて、それを奮戦して多少の死者や負傷者を出しながらも撃退し、国境を死守したと、そういう内容です」
「それが何か問題でも?」
 言われている意味が分からず、カイルは首を傾げた。しかしロベルトにはピンときたらしく、微妙に顔つきを険しくしながらアスランに確認を入れる。

「アスラン。変わり映えしないって、何回同様の報告がされていたんだ?」
「この二十数年ほどの記録しか確認していないが、その間に19回だ」
「うわ……、駄目だこりゃ」
「ええと……、ロベルト。何が駄目なんだ?」
 変わらず無表情のままアスランが告げると、ロベルトは片手で顔を覆いながら呻いた。しかし相変わらず困惑しているカイルを見て、詳細を説明し始める。

「伯爵。さっきアスランが『小遣い稼ぎに小競り合い』と言いましたが、おそらくここの警備隊の上層部は、国境向こうの部隊の上層部と繋がっていますよ」
「エンバスタ国と⁉︎ どうしてそうなる⁉︎」
 さすがに聞き捨てならない発言に、カイルは瞬時に顔色を変えた。と同時に意見を求めようとアスランに視線を向けたが、対する彼も不快そうに顔を歪めたままなのを見て、ロベルトの推察が恐らく正しいのだろうと察する。

「普通、紛争というものは様々な要因が重なり合って、偶発的に起こるものです。それは理解して貰えますよね?」
「それは分かる」
「そしてごく短期間で終結する場合もあり、長期間ダラダラと続く場合もあります。それが集結する場合の条件ですが、大きく分けるとどちらか一方に壊滅的な被害が出た場合と、紛争をする意味が無くなった場合です」
「それはそうだろうな」
 カイルは素直に頷きながら、ロベルトの説明に耳を傾けていた。するとここで、アスランが説明に加わる。

「通常であれば壊滅的な被害が出たら、王城に被害報告と増援要請の報せがくる。それを受けて、それ以上攻め込まれないよう王家から近衛軍を派遣すると同時に、戦闘を継続させるための物資や遺族への弔慰金を大量に供出する筈だが、その記録が殆ど無かった。それなのに、自然消滅的に紛争が終結している。両国間で休戦協定なども取り交わされていないから、エンバスタ国の首脳部が部隊に撤退を命じたわけでもないはずだ」
 ここまで聞いたカイルは、真顔で考え込んだ。

「つまり……、国境を挟んだ二国間の部隊がどちらからともなく攻撃を加え、被害が大きくなる前に頃合いを見てお互いに撤退しているから、自然消滅的に紛争が収束していると?」
「そういう事だ。平和になって全く紛争が無くなったら、存在理由も無くなって兵士の数や予算が減らされる。しかし定期的に小競り合いが発生していれば、駐留軍が必要だと王都にアピールできる。それでそれぞれの国の上層部には、『相手が攻めてきたのを撃退した』と、都合よく報告してるんだろう。よくもまあ、今までこんなでたらめがまかり通っていたもんだな」
「上層部の目が、揃いも揃って節穴なんだろう。宰相閣下が一地方の紛争報告まで逐一目を通していたら、閣下はとっくに過労死している」
 ロベルトが呆れ顔で感想を述べ、アスランが淡々と応じる。しかしここで、カイルはある事に気がついた。

「ちょっと待ってくれ。宰相の管轄でないのは確かだが、近衛騎士団の軍監は国内紛争の全ての報告を目にするのではないか?」
「……《《あれ》》にまともな仕事ができると?」
「え? 《《あれ》》って……」
 途端に冷え切った声でアスランから問い返されたカイルは、本気で戸惑った。するとロベルトが、記憶を掘り起こしながら口を挟んでくる。

「あぁ~、俺が出奔した時と変わってなければ、軍監って確か二十数年前に就任した、現国王の加護無し同母兄だったっけ? 色々問題があり過ぎて実動部隊を任せた日には下の騎士達が気の毒だって事で、肩書だけは騎士団内では団長に次ぐやつを与えられたんだよな。つまり……、おそらくそいつが軍監になって以降、報告書の精査なんかされてなくて、要求通りの物品や金銭をこっちに垂れ流していたか?」
 その推察に、アスランが同意を示す。

「十中八九そうだろうな。死んでもいない人間や兵士の名前を使者としてでっちあげて、その分の弔慰金をここの奴らが懐に入れていても驚かない」
「連中なら、それ位のことはやりそうですね。この経理簿の内容も、かなり怪しいです」
「ダレン?」
 この間ずっと話には加わらず、テーブルにあった経理簿を取り上げてざっと目を通していたダレンが、不機嫌そうに言葉を発する。反射的にカイルが振り向くと、ダレンが経理簿から視線を上げて説明を始めた。




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