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31話 正面からぶつかって勝ち目がないのなら…

さっきまで荒ぶっていた心が、驚くほど冷静だ。
人間は、窮地に陥れば冷静になるようだ。

これまでの情報と流れから考慮すれば、フランソワ様が裏にいることは一目瞭然だから、彼女が部屋の壁を壊して出現しても、然程驚くこともないのだけど、彼女の顔がパレードや昼前に見た時と別人だったので、僕はあまりの変貌ぶりに固唾を飲む。

「ああ、どいつもこいつも腹立たしい‼︎ ターゲットが目の前にいるのに、何故すぐに殺さないのよ!! 時間があるとはいえ、そういう行為は目標を達してからやりなさいよ!! あ…」

どうしたんだ? 気絶しているエミルを見た途端、醜悪な表情が、急に真顔へと変化して、そこから気持ち悪い笑みを浮かべていく。

「……くふふ、まあいいわ。私の手で、エミルを殺すのも面白い。それを知らない教皇どもがどんな反応をするか、今から楽しみ」

「な!正気ですか!?」

これから人を殺そうとしているのに、どうしてそんな気持ち悪い笑顔が出来るんだ? 

「あら、私は致って正常よ。魔剣、スケープゴート、主要人物たちの留守、想定した状況と少し違うけど、全ての条件がようやく揃った。あなたの底力に正直驚いたけど、もう慣れたわ。ようやく、私の願いが叶う。エミル、あなたの命を貰うわ」

杖の中から、剣が出てきた!! あれは、仕込み杖か!!
くそ、もう正面の壁にギフトを使っても意味がない!!
それなら…

「やめて〜〜フランソワ様〜〜〜」

顔の腫れたミズセが、慌てて駆けつけていくが間に合いそうにない。

「死んで、エミル」

この世のものとは思えないほどの笑みを浮かべるフランソワ様が、気絶しているエミルに対し、彼女の心臓目掛けて長剣を突き刺す……が胸に当たったまま刺さろうとしない。それとほぼ同時に、正面の壁が斬り刻まれ、ソフィア様の姿をした奴が部屋へと侵入してきた。二人の侵入時の音はどちらも相当な大音量だったのに、誰一人騒ぐものがいない。かなり広範囲の防音魔法を敷いているんだ。

「簡単に斬り裂けただ〜? フランソワ〜〜〜、てめえの仕業がか〜」

僕の正面から出現したのは、黒の魔剣を持つソフィア様の姿をした何者かだ。多分、魔剣の心が彼女に寄生しているんだ。奴はフランソワ様を睨みつけているけど、当の本人は額に血管を浮かべ憤怒の顔で、僕を睨む。

「クロ〜ド〜、性懲りもなく、エミルにギフトを使ったわね〜〜〜」
「あんたたちに、エミルを殺されてたまるか!!」

問題は、ここからだ。ここで馬鹿正直に勝負を挑んでも、絶対に負ける。フランソワ様に勝つには、彼女の目的を潰せばいいのだけど、念のため彼女に確認してみるか。

「フランソワ様、あなたの目的は何ですか?」
「そこの女から聞いているでしょ!! 私はね、欲深いのよ。システィーナ教の教皇と聖女の座、私はこの二つを手にして、世界から崇められる存在になるのよ!!」

どこまでも、欲深い女だ。自分のドス黒い欲望を叶えるため、魔剣の力を借りて、エミル、ソフィア様、エスメローラ様を殺す算段を立てていたのか。今、聖女様は他国にいる。教皇様たちがいない時を見計らい、魔剣を誰かに寄生させ、3人を殺せばいい。最後は、大方僕に寄生して、僕が魔剣の力で人殺しを実行したことに仕立て上げ、最後の最後で、フランソワ様が暴れる僕を殺し、魔剣そのものを浄化させたことにすれば、全ての手柄は彼女のものだ。今回、エスメローラ様はいないけど、彼女が騒ぎを聞きつけて駆けつけてきた場合、僕が彼女を殺す役割なのかもしれない。

【教皇】と【聖女】の座か。

ローラ、君に言われた言葉が、今になって心に響くよ。
『視野を広く持て』
君のおかげで、この事態を乗り越えることができるかもしれない。

魔剣の方は、僕をいつでも殺せると理解しているからこそ、僕とフランソワ様とのやりとりをニヤニヤして静観している。

今なら、二人だけで話し合える。
やっと突破口が見えてきたんだ、僕は諦めないぞ。

「フランソワ様、あなたは大事なことを見落としている」
「あら? 今になって命乞い? それとも時間稼ぎ?」

相手側にとって、僕を殺せば、全てが上手くいく。
だからこその余裕がある。
正直、情報だけで不安だけど、これに賭けるしかない。

「いいえ、至極真っ当な疑問です。たとえ、あなたが僕を殺したとしても、自分の夢を絶対に叶えられない。今から、それを証明してあげましょう」

フランソワ様は、訝しげな目で僕を睨む。

「へえ、その根拠を教えてもらおうかしら?」
「ここにいるミズセに回復魔法を、そしてソフィア様には浄化魔法を行使しして下さい。それで、全てがハッキリします」

僕の言葉に対して、彼女は周囲を気にすることなく下品に笑う。

「何を言うかと思えば、それで魔剣が浄化されると思ったの? この魔剣はね、長年教会地下の宝物庫に封印されていたもの。歴代聖女でも浄化できなかったことが、今の私の魔法で浄化できるわけないでしょう。残念ね、あなたにとって最後の賭けでしたのに」

声高々と叫ぶフランソワ様に対して、僕はニヤっと笑う。この人は、ある意味操りやすい人だ。僕の知りたかった情報をペラペラと喋ってくれたのだから。ソフィア様の持つ黒の魔剣、あれは教会地下で封印されていたもの、あれこそがフランソワ様の言ったもう一つの手段だろう。あの魔剣が、どうやって二人の魔力を底上げしてくれるのか不明だけど、封印から解き放ったのは、間違いなくフランソワ様とソフィア様の二人だ。

「勝手に賭けと決めないでくださいよ。それとも、聖女候補のくせに、光魔法を使用できないなんて言いませんよね?」

聖女候補になりうるには、いくつかの条件をクリアしないといけない。また、候補に選ばられた時点で、身分が伯爵と同等クラスになるから、人生が薔薇色になると雑誌に書かれていたけど、その分の代償も大きい。この代償について、深く調査しておいてよかった。

「あなた、何を企んでいるの? まあ、いいわ。ほら、この通り私は光魔法を扱えるわよ」

フランソワ様は、ミズセの顔面に手を触れ、回復魔法を行使する。顔の左側を腫らしていたものの、それがどんどんひいていき、10秒ほどで完治した。

回復魔法には、水属性と光属性の2種類の系統がある。特に、光属性を持つ人は国中を探しても、極少数しかいないため、そこに魔力量が規定値以上であれば、その者は聖女候補へと抜擢される。この中から更に、光の上位とされる聖属性の浄化魔法を扱える人物こそが、聖女としてなり得る人間なんだ。

「見事な光の回復魔法ですね」
「全く、何がしたいのかしら? ほら、これが光の上位に位置する聖属性の……え? どうして? この!!」

よし、僕の思惑通りだ!!
彼女が、どれだけの魔力を込めても、浄化魔法は発動されることはなかった。


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