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(17)勧誘

「ロベルト。その後はどうしていたんだ?」
「国外に出て、その時々で傭兵に。『近衛騎士団第一大隊所属であれば、国外からの賓客警護に当たる可能性もある』と言われて、大陸共通語や他の外国語の習得が必須でしたから助かりました。結局、五年程で戻りましたが」
「それではこの五年は、国内で傭兵を?」
「殆どはそうです。商隊の警護が主ですが近頃は景気が悪く、あまり仕事の口がありません。それで最近は傭兵時に一緒に組んでいた奴らと商隊を襲撃し、積み荷を奪って売りさばいて利益を出していました。儲けが大きければ、数か月は楽に暮らせましたから」
 そこまで無言でやり取りを聞いていたサーディンが、凄みながら会話に割って入った。

「褒められた事ではないと、理解しているだろうな? どうして商隊を守る方から、襲う方に立場を変えた?」
「その方が危険性が少ない場合もあると、気がついたからです」
「はぁ? 意味が分からないが」
「国内だと規模が大きい商会が出す隊商には、金を惜しまず警備に加護持ちを雇うことが多いんです。攻撃系防御系双方ですが」
 そこでサーディンは、思い出したように頷く。

「そういう話は聞いた事があるな。狙った相手に矢を百発百中当てられる加護持ちとか、狙った相手を全員瞬時に眠らせる加護持ちとか」
「はい。そういう加護持ちを雇えば他に随行させる護衛を減らせて、人件費を削減できます」
「なるほど。普通の護衛の五倍報酬を払っても、十人以上の働きができれば雇い主に損はない。ただし、荷馬車に満載の積み荷を守りきれたらの話だ。その加護をお前が無効化したら、相手は大混乱だっただろう」
「ええ。もう酷い狼狽ぶりで、大抵は積み荷も随行の商会員も放り出し、真っ先に逃げ出していました」
 ロベルトが淡々と、その時の状況を説明する。それを聞いたサーディンは、如何にも嘆かわしいといった表情になった。

「加護が無くなったとしても、抵抗する気概は無いのか。仮にも護衛として雇われているのに」
「無理でしょう。加護持ちである事で驕り高ぶって、ろくに鍛錬などしていない人間ばかりです。残った他の護衛は人数が少なく、荷物を渡せば命は取らないと言ってやると、あっさり逃走しました」
「なるほど……。乱闘にならずに荷物を奪えるなら、怪我をしたり命を落とす危険性は皆無だな」
 思わずといった感じで、カイルが感想を述べた。しかし、すかさずメリアが窘めてくる。

「カイル様、感心するところではありません。自分の利益のために、この人は他人の加護を何度も奪ってきたんですよ? その人の人生を、どう変えてしまったかも分からないのに」
「ええと……。うん、それは重々承知しているが……」
「…………」
 カイルは弁解し、ロベルトが罪悪感で俯く。するとロベルトの背後で未だに直立不動状態の仲間達が、次々と口を開いて訴えてきた。

「すみません! ロベルトが、加護持ちが警護する隊商を襲うようになったのは、俺達のせいです!」
「俺達が傭兵として働けなくなって、みかねたロベルトが誘ってくれたんです!」
「ギリューは膝をやられて走れません。歩くのにも杖が必要ですが、物品の目利きや売買交渉にかけては抜群ですから!」
「エディは利き腕が駄目になったけど何か国後も話せるし、情報収集が得意なんですよ。それで!」
「良いから、お前達は黙ってろ!」
「…………」
 鋭くロベルトが一喝し、彼らは再び口を閉ざす。そんな彼らを見て、他の騎士達が囁き合った。

「なるほど……、適材適所って事か」
「襲撃犯に、杖持ちの男が混ざっているのが不思議だったんだ」
「そもそも、どうして俺達を襲おうと思った? そちらの人数的にも厳しいと思うが」
 少し前から感じていた疑問を、ここでアスランが口にした。それにエディが応じ、仲間達も説明を加える。

「それは俺のミスです。少し先の宿場町で、明日の日付で宿泊予約の一行の話を耳にした時、宿の者から加護持ちの一行だと聞き出したんです」
「それで、てっきり加護持ちが警備している隊商と思い込んだんですよ。王都からの経路を考慮して、前日はこの森のここら辺で野営するはずと踏んで、張っていたんです」
「そうしたら、立派な騎士が二十人近くいるし。駄目かと思ったけど、その分、大金や高価な物を運んでいるかもと思ったら、諦めきれなくて」
「案外、寝入りばなを襲えばなんとかなるかと思って様子を見ていたら、仲間割れを始めてチャンスだと思って」
「加護持ちっていうのが、何の加護か分からない元王子の事だと分かったし、これに乗じれば何とかなるかと」
「それで最初に六人纏めて、負傷させたんですが……」
「欲をかき過ぎたのと、誤算に次ぐ誤算が敗因というわけだな」
 そこまで聞いて、アスランは苦笑いしかできなかった。するとここでカイルが、予想外の事を言い出す。

「偶然が重なった結果か……。これも何かの縁だ。君達全員、私の下で働かないか?」
 その意味を、ロベルトは咄嗟に理解できず問い返した。

「え? 『下で』というのは、どういう意味ですか?」
「つまり、私直属の騎士として働く気はないのかと聞いている。ああ、そちらのギリューは兵站や物品管理の役目を担って貰うし、隣のエディには諜報活動をしてもらおうと思うが、どうだろうか?」
「いや、どうだろうかと言われても……。俺達を、役人に突き出さなくて良いんですか?」
 ロベルトは驚くのを通り越して、途方に暮れた表情になった。そんな彼に、カイルは根気強く語りかける。

「本来ならそうするところだが、色々事情があるようだし反省もしているようだ。積極的に人の命を奪ってはいないようだし」
「甘いですよ、カイル様。殺されかかった相手に、情けをかける気ですか? それに加護を奪われて自ら命を絶った二人は勿論、護衛をしていた加護持ちは、加護を失った後、どうなったか分かりませんよ? 二人と同様に、加護と同時に生活の糧も奪われて命を絶ったのかもしれません」
 とんでもないと言わんばかりの口調でメリアが迫り、殆どの者も心の中で彼女の意見に同意して頷く。そんな彼女に、カイルは真顔で思うところを述べた。


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