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(16)告白

「新婦側の列席者は、殆どが俺達の関係を知っています。憐れむ視線を向けられて、多少居たたまれない思いはしましたが、大したことはありませんでした。すると挙式が始まる直前、彼女と両親が列席者に挨拶に来たんです」
「わざわざお前の所にか?」
 途端にサーディンが渋面になったが、ロベルトは軽くかつての上司を宥める。

「俺だけではなく、周囲に大勢が固まっていましたから。そして彼女の父親が一通り挨拶してから、鼻高々で自慢したんです。『うちの娘はかけがえのない加護を授かって、良縁を得た。うちが仕立て屋で良かった。リリアナに、どんな加護を授かったか分からないまま、一生うだつが上がらない人生を送らせないで済んだ』とね。リリアナも『私は社交界で輝くために生まれてきたの。ロベルトには私ではなく、もっと相応しい人がいるわ』と、笑顔で言い放ちました。周囲が一斉に俺を見て誰もフォローできず、その場の空気が凍りました」
「その腐れ親父の家はどこだ。あばずれ女の嫁ぎ先も教えろ」
 サーディンが憤然として言い放つと、ロベルトが溜め息まじりに告げる。

「怒らないでください。とっくに仕立て屋ごと潰れて、一家離散しています。それに結局リリアナは、結婚していません」
「……穏やかではないな。どういう事だ」
「挙式の真っ最中に、突然彼女の加護が消失しました。彼女は気合を入れて自分の花嫁衣裳を作り上げましたが、直前まで煌びやかに輝いていたそれが、いきなり全く光沢がない木綿の生地になりました。如何にも安っぽくいガラス製のビーズが縫い付けられただけの貧相なドレスに変化してしまったら、誰だって驚愕します」
「ちょっと待て。加護が消失って、そんな話は聞いた事が…………。お前か?」
 先程の状況を思い返したサーディンが、若干顔色を変えて確認を入れた。それにロベルトが真顔で頷き、淡々と事情を説明する。

「ええ。式の冒頭、振り返った彼女と目が合ったのですが、その時に如何にも馬鹿にしたように笑われたんです。それで、さすがに頭に血が上りまして。ですが挙式の最中に怒鳴りつける真似はできず、心の中で『ピカピカ輝かせるのがそんなに偉いのかよ! お前にどれほどの価値があるって言うんだ!? そんな薄っぺらい加護なんか無くなっちまえ! それで男爵夫人になって社交界で輝けるなら、褒めてやるよ!』と悪態を吐いたんです。彼女の加護が消えたのは、その直後です」
「…………」
 なにやら聞き覚えのある台詞だなと思った者達が、無言でカイルに視線を向けた。当のカイルは額を押さえながら、深い溜め息を吐く。するとロベルトが、遠い目をしながら当時の状況を語った。

「その後は、凄い修羅場でしたね……。相手の家は仰天し、『加護はどうした!? 貴様、平民の分際で貴族を騙そうとしたのか!?』と激高。当然、彼女や両親は『そんな事はない!』と必死に弁明しましたが、試しにと持ってきた布に縫い取りをしても、全く光り輝く気配はありません。そうこうしているうちに、挙式を取り仕切っていた神官が『授かった加護を失うなど、前例がない。この娘は、よほど女神の逆鱗に触れる事をしでかした、不心得者なのでは?』と言い出し、男爵家はそれを理由にその場で婚約破棄をしました。彼女と両親は泣きわめいて懇願しましたが、相手側はさっさとその場を後にし、式は途中でお開きになりました」
「そんな家族や知人が居並ぶ場所でか……。さすがに気の毒だな」
 サーディンが、さすがにリリアナ達に同情する表情になった。それに小さく頷いてから、ロベルトが話を続ける。

「そうですね……。あまりの事態に、その直後はまさか俺が自分の加護を使って、そんな事態にしたとは夢にも思っていませんでした。ですが何日かして思い返してみて、もしかしたらと思い至ったのですが……。こんな事、迂闊に他人に相談できません」
「それはそうだろうな……」
「一か月程一人で悶々と悩んでいたのですが、その間に事態が一気に悪化しました。彼女の加護が失われた結果、光り輝く衣装を仕立てられなくなった上、過去に仕立てた物も単なる安物に変わり、怒った客が『代金を返せ』と仕立て屋に大挙して押しかけたのです。更に彼女の両親が、縁談が破談になって悪評がついたリリアナを嫁に貰ってくれと、俺の両親に泣きつきました。両親が『女神を激高させた不心得者など、うちの嫁にできるか!』と激高して叩き出したと、後で弟から聞かされました」
「そうか……。だから店は潰れて、一家離散だと……」
 先程聞いた内容に繋がり、サーディンが何とも言い難い表情になった。

「ええ。顧客も信用も一気に無くして、その仕立て屋はあっという間に潰れました。更に周囲から散々後ろ指をさされ、陰口を叩かれた彼女は耐えられなくなり、橋の上から身を投げました。下流で死体が上がったのは、行方不明になって三日後です」
「…………」
 さすがに死人が出たと聞いて、周囲の顔が強張る。そこでロベルトが、微妙にサーディンから視線を逸らしながら話を続けた。

「それでも俺はまだ心のどこかで、俺の加護のせいではなく、なにかの偶然だと思っていたかったんです。それで、他の加護持ちで試してみようと思いました。そいつの加護が消えろと念じても消えなければ、リリアナの加護が消えたのと俺は無関係ということになりますから」
「まさかお前、もう一人の加護を消したのか?」
 サーディンは顔色を変えて詰問し、ロベルトはそんな彼から視線を逸らしたまま、ぼそぼそと続ける。

「当時、城勤めの中に、目にしたものを全て記憶できる加護を持って、文書や目録の管理を担っていた官吏がいました。彼に聞けばどこにどんな文書が保管されているかすぐに分かるので、周囲から重宝されていました」
「ああ、確か以前にそんな官吏がいて……。突然、書庫で首を吊っていなかったか?」
「ええ、その方です。それで、二人の人生をめちゃくちゃにした自分が、どうして安穏と生きていけるのかと、もう本当に全てが嫌になりました。それで発作的に、騎士団を辞めて王都を飛び出したんです」
「…………」
 どちらも間接的とはいえ二人目の犠牲者の話に全員が顔色を変え、その場に重苦しい空気が漂う。さすがにサーディンも咄嗟に次の言葉が出なかったが、ここでカイルが徐に口を開いた。


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