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林檎パイが繋ぐ幸せ


「これ、反則だろう……」


 執務室でオーランドは目元を手で押さえながら呟いた。彼はシェリルの作った林檎のパイを食べ、その味に驚愕したのは言うまでもない。

 もう食べることはできないと思っていた、亡き妻の味にそっくりだったのだから。あまりにも似ているその味に懐かしさが込み上げてくる。書類を届けにきたラルフがその様子を見て苦笑していた。


「どうしてここまで似るんだ?」

「どうやら、エイルーンでは砂糖の代わりに蜂蜜を使うらしいですよ、父上」


 蜂蜜か、確かに妻は好きだったとオーランドは理解したようだ。ラルフの母は「お母さんの秘密」と言って林檎のパイの作り方を誰にも教えなかった。

 料理長ですら近寄らせてくれなかったのだ。だから、どうやって作っていたかなど誰も知らない。砂糖が普通に使われてるフルムル国では蜂蜜を代用するなど考えようもない。

 これはエイルーン国に暮らしていたシェリルだから再現できたことだった。フォークでパイを刺して口にすると、仄かな甘さと林檎の良い香りが口に広がった。


「しかし、また食べることができるとは……」
「それ、兄上も言っていましたよ」


 兄のティルスはラルフの予想通り泣いていた。泣きすぎて妻に心配されたぐらいには彼の求めていた味だったのだ。

 感動したのもある、もう一度食べることができた喜びも。懐かしさも感じて、泣いていた。予想はしていたものの、こうも想像通りの行動をされると心配にもなった。


「その様子に義姉上が夫のためにまた作ってほしいとシェリルに頼みにきましたから」

「これはまた食べたくなる気持ちがわかる」


 それほどに母の味なのだ、その反応になってしまう気持ちもわかる。再現できるとはとオーランドは驚いていた。


「わたしもまた食べたいと思うのだが?」
「シェリルに伝えておきます」


 気に入ったと知れば彼女が喜ぶのをラルフは知っている。口に合うだろうかと心配していたことを思い出したので、今のをことを伝えればきっと安心するだろう。楽しみだという父の嬉しそうな表情にラルフは小さく笑んだ。

          ***

「びっくりしたわ」
「だろうな」


 シェリルはまだ驚きを隠せないようだった。何せ、ラルフの兄、ティルスが林檎のパイのお礼を言いにやってきたのだが泣いていたのだ。

 涙声で何を言っているのか分からないほどには泣いていた。そこまでだったのかとびっくりすぐらいの反応だった。

 自分はただ作っただけなのだが、彼からしたら思い出の味を再現した人物なのだ。それは分かっているけれど、やはりその反応には驚くわけで。


「奥様までもらい泣きするし……」
「二人して涙もろいんだ、すまない」


 ティルスの妻には「ティルス様が喜ぶから」と、どうかまた作ってあげてほしいと頼み込まれてしまった。作る分には問題ないのでそれは構わないのだが、そう伝えるとまた泣きそうになりながらお礼を言われたてびっくりする。

 嵐のように二人が去っていって、シェリルはその風に当てられて立ち尽くしたほどだ。ラルフが申し訳ないと謝る。


「大丈夫よ、予想以上だったからびっくりしただけなの」
「あれは予想できないな、普通」
「えぇ……」


 あそこまでの反応をされるとは思っていなかったのでこういう反応になってしまうのは許してほしい。シェリルはやっと落ち着いたのか小さく息を吐いた。


「シェリルの作った林檎のパイはうまいからな」
「そう?」
「あぁ。俺はシェリルが作るからまた食べたいと思っている」


 シェリルの作った林檎のパイだから好きなんだとラルフは言ってシェリルの手を優しく握った。


「なら、美味しいのを作りましょうね」


 美味しく焼けた林檎のパイをみんなに振る舞って、語らいながら食べよう。シェリルは微笑みながらラルフの手を握り返した。


END

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