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第33話 花嫁姿を彼らに


 フルムル国は賑やかだった。第二王子の婚約が決まったこと、その相手がエイルーン国の令嬢で人間であることが広まったからだ。人間とは珍しいと話に花を咲かせている。

 正式な発表は後日あり、それはお披露目式というらしくその式典で国民たちに報告するのだという。

 式までまだ日があるというのにシェリルは白いウェディングドレスを見に纏っていた。結婚はまだ少し先であるのだけれど、今日はこの姿を見てもらうために準備をしていた。

 ラルフから王族の結婚式は一般公開されることはないと教えられた。そういう慣わしなのだという。王族だけで結婚式は行われるのだが、その代わりにお披露目式というのがあるらしい。

 なら、どうして身に纏っているかというと報告したかったのだ、集落の皆に。ラルフは世話になった彼らに一言、挨拶がしたいと言った。それにシェリルが私も行きたいと賛同したのだ。

 召使いにドレスの裾を持ってもらいながらシェリルは馬車から降りた。数日ぶりの集落は変わりない様子だ。知らせを聞いていたのか、集落の人々がやってきてシェリルの姿に感嘆の声を上げている。

 黒い正装に身を包むラルフに「本当に王子だったとはな」と彼らは笑っていた。ラルフは気恥ずかしそうにしながら世話になったと挨拶をする。


「シェリル、綺麗!」
「ユラさん」


 ユラはキラキラと目を輝かせながらシェリルを見つめている。彼女はラルフがシェリルに気があるのを察していたようで、無事に結ばれたことに安堵していた。


「ラルフさんったらもう少し早く伝えればよかったんだよ」
「それは俺が一番、思っている」
「だろうな。かなり焦っていたもんな」


 ヴィスルがそう言えば、ラルフは仕方ないだろうと眉を下げた。彼の気持ちがわからないわけではないようなので、二人もそれ以上は言わなかった。


「ほんと、よく似合っている」
「ありがとう、ユラさん」


 ユラはシェリルの手を取って包み込むように握った。


「あのね、何かあったのかって少しだけお兄から聞いたの。シェリルはずっと辛かったんだよね」


 両親にも信じてもらえなくて、婚約者には酷いことをされて。辛くて悲しくて、だから此処まで逃げてきた。それを誰にも言えないのはもっと辛かっただろう。ユラは「気付けなくてごめんね」と謝った。


「言えないことだからさ。それって吐き出せないから苦しいでしょ?」

「そうね……。でもラルフやヴィルスさん、ユラさんがいたから平気だったわ」

「ワタシ、何かできたかな?」
「一緒にお話ししたの、楽しかったわ」


 話をしている時というのは苦しいとは思わなかった。いろんなことを忘れらる気がして気分が楽だったのをシェリルは覚えている。

 ユラは話したり、一緒に城下に出かけたの楽しかったと笑った。それはシェリルも同じだったから、うんと笑みを見せて頷き返す。


「あのね、ワタシ、うまいこと言えないけど、シェリルはもう不安に思うことはないんだよ」


 もう国に戻ることも、嫌な人に会うこともしなくていい。怯える必要もなくて、ゆっくりと落ち着いていいのだとユラはぎゅっと握っていた手を強める。


「だからね、シェリルは幸せになっていいんだよ。ラルフさんにうーんと幸せにしてもらってね!」


 きっとワタシには想像できない大変なこともあるかもしれない。王族に嫁ぐのだから苦労もあると思う。けれど、二人なら乗り越えられるからさと、ユイはねっと笑みを見せる。彼女からの心からの祝福にシェリルは泣きそうになるのを堪えた。


「私、幸せになってもいいのかな?」
「当然じゃん! 思いっきり幸せなって!」


 周囲が羨むぐらいに幸せになればいいんだよとユラは大丈夫だと自信を持って言う。なんだか本当にそうなれるような気がした、それほどに彼女の言葉というのは力強かったのだ。


「幸せになればいいわよ!」


 遠くの方からそう声がした。誰だろうかと見てみれば、リミィがつーんとした表情でそっぽを向いていた。彼女なりの祝福の言葉だったらしい。シェリルがえぇと頷けば、彼女はそのままどっかへと行ってしまった。

 そんな様子にユラが「あれはきっと悔しくて泣くぞー」と言う。リミィは失恋すると悔し泣きしいながら酒を煽るらしい。なんという子だろうか。


「まーさ、またいつでもここにおいでよ。ラルフに愛想尽かした時とかさ、喧嘩した時とか。ワタシたちが匿ってあげるから!」


 ユラの言葉に便乗するようにヴィルスがそうだそうだと言う、いつでもこっちに来るといいと。


「いつでも逃げてくるといい。おれたちは歓迎するぞ」
「お前ら……」
「えぇ、その時は頼りにするわね」
「シェリル」


 シェリルの返事にラルフは獣耳を垂らして眉を下げていた。シェリルはそんな彼の様子が可愛らしく見えてくすりと笑う。


「いいじゃない。居場所がわかるからすぐに迎えに来れるわよ?」
「それはそうだが……。あぁ、喧嘩しないように気をつけよう」
「そうね、お互い溜め込まないようにしましょうね」


 ラルフの言葉にシェリルは頷く。夫婦となるのだから喧嘩をしない日は無いかもしれない。ちょっとしたことで相手を悲しませてしまうこともあるだろう。そんな時はお互いに溜め込まず、話し合っていこうと決める。

 短いお披露目と挨拶だった。王子という身であるが故に長居はできなかったのだ。シェリルはユラをぎゅっと抱きしめるとアナタも幸せにねと笑む。

 隣に立っていたリンバが「約束します」と言ってくれたので、シェリルは二人ならきっと大丈夫だろうと思った。ヴィルスも彼らを支えると言っている。


「お幸せに、シェリル!」


 ユラたちに見送られながらシェリルは馬車に乗った。軽快に走り出す馬車にシェリルは少しだけ名残惜しい気持ちになる。

 ユラとヴィルスには滅多に会えなくなることに、それでもラルフがたまに会いに行こうと言うのでその言葉を信じることにした。


「シェリル。何かしたいことはあるか?」


 何かしたいことがるのかと問われるともう随分と良くしてもらっているので、これ以上の我儘は言えないなと思うぐらいだ。


「ラルフはあるの?」
「そうだな……」


 だから、問いに問い返すとラルフは少し考えてあぁと頷いた。


「シェリルの作った林檎のパイがまた食べたい」


 なんでもない昼下がりに林檎のパイを二人で食べたい。その日にあったことを話して、愚痴を言って、笑い合って、そうやって一日を過ごしていたい。ラルフのやりたいことを聞いてシェリルは頷く。


「私もラルフと食べたいわ」


 また一緒に食べるあのひと時を感じたいとシェリルも思った。だって幸せなのだ、彼と食べるパイは。

 シェリルが「作らせてくれるかしら」と首を傾げると、「俺から伝えておこう」と彼は言った。自身の母が作っていたのだから、それを知っているじぃやも料理長も駄目だとは言わないと。

 そうか、ラルフの母も林檎のパイだけは手作りしたのだ。シェリルはなら大丈夫かしらと微笑む。


「林檎のパイをまた食べよう」
「一緒にお話ししながらね」


 二人はそう言って笑い合った。

 森で暮らしていた時のようになんでもない時間というのは難しいかもしれない。でも、林檎のパイを食べる時は一緒に笑って思い出話に花を咲かせよう、あのひと時のように。


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