閑話 ある奴隷少女の追憶 その十二(終)
大分駆け足になりましたが、何とかここまで終わらせることが出来ました。長いセプト視点の話でしたが、これまでのおさらい的な感じで読んでもらえれば幸いです。
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『……“影造形”』
『魔力注入……障壁、展・開っ!』
トキヒサに飛来する火球を私の影で出来た槍が貫き、ヒースの方に来た分はシーメの翳した盾から出る薄青色の幕に弾かれる。
これはシーメが言うには魔力盾というもので、魔力を注ぐ限りこのように攻撃を防ぐ幕を周囲に張ることが出来るという。本気を出したらちょっとしたものだよとシーメはさっき言っていたけど、実際かなり頑丈そう。
『やっほ~! 大丈夫トッキー? あとヒース様もご無事ですか? どこか火傷とかしてませんか?』
『トキヒサ。大丈夫?』
途中で体力の違いからか追い抜かれてしまったけど、シーメの後から私もトキヒサの所に走り込む。怪我は……良かった。見た所してないみたい。服の裾からこっそり覗くボジョも元気そう。
『セプト! 隠れてろって言ったじゃないか! ここは危ないぞ』
『ごめんなさい。トキヒサが心配だから、隠れながら来た。近い方が、掩護出来ると思って』
命令を破ったから怒られるのは当然だ。私は申し訳なく思いながら顔を伏せる。だけど、トキヒサはそのまま『来ちゃったものは仕方ない。危ないからなるべく俺から離れるなよ』と私に言いつけた。
これは……つまり私に護衛をしろということなのだろう。なら何としてでもトキヒサの身を守らないと。私はこくりとその命令に頷いた。
その後の流れは途中まではとても良かったのだと思う。ヒースはシーメから魔力盾を借り、ネーダの懐に飛び込むため私達全員で一芝居打った。
ネーダの放つ炎をヒースが魔力盾で受け止めるように見せかけて、陰からシーメが光属性の“
アルミニウムは粉にして燃やすと強い光を放つらしく、その光で一瞬ネーダの目を眩ませている間にヒースは素早く近くの瓦礫に隠れる。そして居なくなったことを気づかれないように私が影造形を発動し、ヒースのように見える影を同じ場所に身代わりに置く。日頃練習していた影造形が役に立った。
あとはわざとシーメが魔法を弱めて炎に壊させ、ヒースに似せた影を焼き尽くさせてネーダが油断した所をヒースが奇襲するという流れ。
それは上手くいき、剣と盾の両方を持ったヒースは剣のみの時より鋭い動きでネーダを翻弄した。そしてそれなりの深手を負わせてあと一歩のところまで追いつめた時、
『そろそろ片付いた頃だろうと見に来てみれば……誰一人仕留めていないとはな。ネーダ。予想以上に使えない奴だ』
ボンボーンと戦っていた仮面の男がこちらまでやってきたのだ。さらに援軍なのか、明らかにふらついて目が虚ろな二人の男もやって来て、その後からすぐボンボーンも仮面の男を追ってきた。
だけどもうネーダは大怪我でまともには戦えず、仮面の男も一対一ならヒースが多分勝てる……と思う。トキヒサには下がってもらうとして、私とシーメがトキヒサの護衛をしながら援護。そしてボンボーンが加勢すれば多分負けは無い。
だから……私は油断してしまっていた。仮面の男がローブの中から変な形の棒のようなものを取り出した時、一瞬魔法を使うべきかどうか迷った。
そして、仮面の男がその棒で瓦礫を軽く叩き、周りにキーンという高い音を響かせた瞬間、
ドクンっ!!
例えようのない痛みが身体を襲い、痛みには慣れていると思っていた私でも胸を押さえて蹲ってしまう。ドッと嫌な汗が流れ、息遣いも荒くなる。
その痛みの出所は、以前クラウンに埋め込まれた魔石。それがどくどくとまるで脈打つように変な光を放っている。
『セプトちゃん? ……しっかりしてセプトちゃんっ!』
異変に気が付いたシーメが慌てて私に駆け寄る。
おかしい。確かに前受けた説明で、この魔石がいつか凶魔化するかもとは聞いていた。だけどそれを抑えるための器具もあるし、毎日魔力も使っていたからここまで急になるとは思えない。
器具が壊れたかなとちょっとだけ思ったけど、目の前のシーメが器具を確認していることから多分そうじゃない。
じゃあ何故こんなことに? ……決まってる。あの仮面の男の仕業だ!
『おいそこの仮面野郎。セプトとこの人達に一体何した?』
こんな怒ったトキヒサの声は初めて聴いた。トキヒサのその言葉に周りを見ると、さっきまで居た虚ろな目をした男達の姿が変わっていた。鎧のような筋肉で体を覆い、瞳を赤く輝かせて額から角のようなものを生やした怪物。
私の知るそれとは大分違うけど、その二体は間違いなく凶魔だと判断する。
それとさっきまでヒースと戦っていたネーダも、持っていた剣から浸食されたみたいで半分凶魔みたいになってそこら中に炎をまき散らしている。
凶魔二体とボンボーン、半分凶魔のネーダとヒースの戦いが始まる中、元凶である仮面の男に殴り掛かるトキヒサ。だけど仮面の男は懐から球のようなものを取り出して地面に叩きつけ、そこから出た薄紫の靄に紛れて姿を消してしまう。
その靄には毒性もあったみたいで、凶魔二体と戦っていたボンボーンがそれで身体がふらついたところを殴り飛ばされた。
何とかトキヒサの機転で凶魔達を振り切り、瓦礫の影に隠れてシーメの張った膜の中に退避したけれど、もう皆ボロボロでヒースともはぐれてしまった。
そして、
◇◆◇◆◇◆◇◆
「心配するなセプト。必ず助けるから。シーメはセプトとボンボーンさんを頼むっ! こいつらはこっちで引き付けるからっ!」
「それは無茶だってっ! トッキー一人じゃ無理だよっ!?」
「勝つのは無理だけど時間稼ぎくらいはできる。今の内に早くボンボーンさんを治してくれっ! ほらほらっ! こっちだこっち!」
そう言ってトキヒサがここを離れ、今に至る。幕の中ではシーメが、普段とは違う切羽詰まった真剣な顔でボンボーンの治療をしている。
自分の胸に埋め込まれた魔石は真っ黒に染まり、それを抑える器具の魔石もほぼ漆黒に近い。まるでもう一つの心臓のように脈を打つ魔石だけど、多分私の心臓の鼓動の方がずっと煩いほどに鳴っている。
このままだと、私もさっきのヒト達みたいに凶魔になるのだろう。
トキヒサが、私のご主人様が必死に戦っているんだ。危ないからなるべく俺から離れるなよと護衛を言いつけられた私が、こんな所で蹲ってなんかいられない。
「……はぁ……はぁ……ふぅ」
このままじゃトキヒサが危ない。そう考えるだけで胸が苦しくなる。凶魔になりかけている痛みとは別の痛み。だけど、多分こっちの方は慣れることはないのだろう。
だから呼吸を整えて少しでも痛みを和らげる。……大丈夫。痛みも落ち着いてきた。我慢できる。
そこで思い出したのはこれまでの記憶。奴隷の子として生まれ、生まれながらの奴隷として生きた日々。クラウンに買われ、ジロウに戦い方を教わり、エプリとの戦いではクラウンに使い捨てにされ、そしてトキヒサの奴隷として着いて行くことになった記憶。
一つずつ思い返す中ふと気が付いた。トキヒサが危ないと考えると胸が痛くなる。だけどそれとは別に、普段のトキヒサの事を考えるとどこか胸が温かくなったように思えた。
これが多分、以前ジロウの言っていた大切なものが出来たということなんだろう。なら、私のするべきことはもう決まっている。
私はシーメがボンボーンに完全に集中した一瞬を見計らって膜の外に出、そのままトキヒサを追ってなんとか走り出した。
後からこちらを見て慌てるシーメだけど、丁度ボンボーンの治療も肝心な所に入っていたから私を止められない。全部終わったら、ちゃんと謝らなきゃ。
僅かに聞こえてくる戦いの音。そして馴染みのある破裂音を頼りにトキヒサを追う。
先ほどから周りに漂っている薄紫の靄だけど、
そして遂に、トキヒサと二体の凶魔の戦っている場所に辿り着く。だけど、そこで急に戦っていたトキヒサがバランスを崩した。今頃になって靄の影響が出てきたみたい。
「“
距離的に自分の影では間に合わなかったので、僅かにこちらの方に伸びていたトキヒサの影を使って鬼凶魔の腕を刺し貫き受け止める。
ドクンっ!
魔法を使ったらまた魔石の脈動が強くなった。少し息が切れかけたけど大丈夫。まだ頑張れる。
「……うぅ。大……丈夫? トキヒサ」
「セプトっ!? なんでこんな所にっ!?」
トキヒサが足止めのために硬貨を凶魔に投げつけ、自分もふらついているというのに私を心配して駆け寄ってくる。
「トキヒサを……はぁ……追ってきたの。あとは、私が……頑張るから」
ピシッ! ピシッっとさっきから胸の器具から、何かヒビの入るような嫌な音が聞こえてくる。チラリと見ると、器具に備え付けられた魔石の方にヒビが入っていた。これが割れたらもう一気に凶魔化するだろう。
あともうどのくらい保つだろうか? あと何度魔法を使えて、あとどのくらいの時間私は私でいられるだろうか?
だけど最悪凶魔になったとしても、今この時間トキヒサを護れるのならそれで良い。もう少しでエプリ達も駆けつけてくれる。そうすればトキヒサは助かる。……私の方は分からないけど。
今度はもう間違えない。例え自分が傷ついてでも、トキヒサは優しいから私の事で悲しむのだとしても、絶対にこれ以上傷つけさせない。
私はトキヒサの奴隷で…………トキヒサは私の大切なヒトなのだから。