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12話 ローラの抱える事情に、ギフト[壁]が反応した

僕たちは、目的の本屋から程近い喫茶店の中に入る。適当に飲み物だけを注文し、ローラが話しかけてくるのを待っていると、フードを被ったままの彼女は俯きながら、静かに自分の環境の一部を語り出す。

「私は孤児で、3年前まで孤児院にいたの。でも、あるお方が私の中にある素質を見抜き、それ以降、その女性を師と仰ぎ、魔法を教わることになった。この3年の間に自分の夢を見つけ、それを叶えるため、必死に勉強して魔法を幾つも習得していった。今の私は、戦術魔法の上位だって習得しているし、師匠の弟子の中でも、トップクラスなんだよ。師匠や色んな人から褒められたことで、私も自信を持てるようになったけど、最近になって私に……虐めをしてくる人たちが現れたの」

羨ましい。

普通、僕くらいの年齢だと、魔法を習得しても精々初級レベルの2~3個だ。しかも、戦争や大型魔物相手に使用される戦術魔法の上位も習得しているなんて凄いな。そんな彼女が、どうして魔法書を求めているんだ?

「犯人は私と同じ立ち位置にいる2人の女性、その人たちは私の先輩で、師匠の見えないところで私以外に悟られないよう、服を汚したり、大切な魔法の本を隠したり、魔法で勉強の邪魔をしてきたり、部屋に幽霊を仕込んだり、飲み物に下剤や便秘剤を入れたり、とにかくあらゆる手段を用いて嫌がらせをしてくる」

彼女の状況を、大凡把握できた。ローラの上達速度が異様に早いせいで、周囲の人々が嫉妬しているんだ。ただ、やることが辛辣というか悪趣味というか、うちの訓練学校とは異なる部類の虐めだ。

「私も反抗するけど、奴らの方が一枚上手、あの2人は師匠から絶大の信頼を得ていることもあって、今では私が師匠に叱られる始末、しかも傲慢になっていると怒られたりもした。毎日毎日この繰り返しのせいか、私の魔力が少しずつおかしくなってきて、魔法制御も歪になって、3日前には制御をミスって、私を虐めていた女に攻撃魔法を直撃させ、大怪我を負わせるところだった。その日以降、私は魔法を使えなくなったし、何故か魔力すらも放出させることができなくなったの。だから、この状態異常を回復させる魔法書が、どうしても欲しいんだよ。もう、時間がないの」

今の彼女からは、魔力を全く感じ取れない。多分、これは[イップス]という精神に関わる状態異常だ。確か、精神系の状態異常は、普通の薬では治らない。回復させる魔法もあるらしいけど、当人の心が大きく関与しているせいで、すぐには完治できないと先生からも教わっている。

「なるほどね、そんな事情があったんだね。生活魔法も使えないの?」

ローラは、悔しそうに頷く。自分のせいで相手を傷つけてしまったから、魔法の行使そのものに恐怖を抱いているんだ。彼女にとって、2人の女性が[壁]として存在する以上、勇気を出して乗り越えないと前へ進めないだろう。

「え?」
「どうしたの?」

僕の正面に、突然ステータス画面が表示された。青く点灯しているギフト[壁]が、点滅している。もしかして、僕のギフトが、彼女の乗り越える壁に反応している? このギフトを使えば、彼女の悩みを解決できるのか?

「君の話した内容に、僕のギフト[壁]が反応している」
「ギフトの名称が壁なの?」

「そうだよ。ローラ、魔法書を購入する前に、僕のギフトで君を治療できるか試してみないか?」

彼女は、僕の提案に驚く。

「ギフトで治せるものなの?」
「それは、僕にもわからない。でも、ギフトが反応していると言うことは、何か意味があるはずなんだ。どうする?」

呼んでもいないのに出現したステータス画面、もしかしたら、女神様がギフトで治せと告げているのかもしれない。

「わかった。今の私にとって、可能性があるのものなら、何でも試したい」

それだけ彼女も、必死ということか。
ただ、気掛かりな点もある。

彼女にギフトを使用した場合、どんな効果を起こすのか? ここで使用すると、周囲の客を巻き込む可能性がある。店を出て、人手の少ない場所へ移動して使ってみよう。


○○○


僕たちは喫茶店を出て、出会った公園へと移動する。通り沿いだと人も多いから、道から少し外れた場所へと移動する。

「よし、ここならいいだろう。君に被害が及ぶことはないと思うけど、念のため用心しておいてね」

彼女が頷いたので、僕は先程聞いた話を思い出し、早速彼女に向けて、ギフト[壁]を行使すると、彼女の身体がわずかに光りだし、その光がローラの身体から切り離され、地面と交わることで、土の中からモコモコと何かが出現し、人の形を形成していく。出来上がったのは、貴族服を着た2人の女性だ。

【長い黒髪で少し暗い印象に見える女】【金髪の縦ロールでオホホが似合いそうな女】、2人は憎しみの籠った瞳でローラを睨んでいる。

「なんで…お姉様方が…クロード」

彼女は身体を震わせ涙を浮かべながら、僕を見つめてくる。あの2人から感じる存在感と魔力、とてもじゃないけど、ギフトから出てきたものとは思えない。でも、あれは偽物で、魔力と存在感を帯びただけの土人形だ。

ここまでの話を聞いた限り、彼女は先輩の女性2人の嫉妬により、理不尽に虐められている。おまけに、尊敬する師も味方どころか、批判してくる始末だ。そんな環境下で、よく今まで頑張ってこられたものだ。僕なら怒り心頭となって…待てよ…もしかして、ここでのギフトの意図は……試してみる価値はありそうだ。

「ローラ、落ち着いて。あれは、ギフトでできた土人形だ」
「嘘だよ!! この存在感と感じる魔力は、紛れもなく本物だよ!!」

「もう一度言うよ。あれは、精巧な土人形だ。あの2人に対して言いたいことがあるだろ? せっかくだから、君の蓄積させた鬱憤をここで全部吐き出すんだ」

「無理…だよ。そんな事したら、また師匠に怒られる。もう、あの方に嫌われたくない…ひ‼︎ 師匠まで!? ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」

彼女の言葉に反応したのか、今度は60歳くらいの上質な貴族服を着た女性が出現する。威圧感・存在感・魔力を帯びているせいで、僕ですら本物だと錯覚してしまう程だ。恐怖で怯えるローラから見れば、本物だと感じるのも無理もない。

3人は黙秘したまま、ローラを激しく威圧する。それだけの行動で、彼女の素の姿が覆い隠されていき、寂しく震える頼りない少女へと変化していく。顔が真っ青となり、身震いして完全に戦意を失い、謝罪を繰り返している。これは、相当精神を拗らせているな。ローラが自分自身の壁を打ち破らない限り、魔力も復活しないかもしれない。この3人を利用して、彼女には自分で自分の壁を破壊してもらおう。

それによって、僕のギフトの真価もわかるはずだ。

「ローラ、君の目的……いや、夢を思い出してごらん」

僕は彼女の夢を知らないけれど、ローラには自分を見つめ直してもらおう。この3人が何者か知らないけれど、彼女を成長させるための足掛かりにしてやる。

見知らぬ3人には悪いけど、とことん悪者になってもらうよ。

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