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11話 不思議な女の子ローラには悩みがありました

僕の隣で歩いている女の子ローラ、彼女の正体は高位貴族だと思うけど、詮索しないでおこう。多分、今もこの周囲には護衛の人たちが僕達を監視しているはずだ。その気配を全然読めないけど、迂闊な事を口走らないように注意しよう。

まず、案内するにあたって彼女の希望を聞いたら、平民区にある冒険者ギルド、商業者ギルド、農業ギルド、建築ギルドなどを見たいと強く訴えてきた。観光案内で僕を雇ったのに、どうしてギルドばっかりなのか不思議に思ったけど、僕は彼女の望む場所へと連れて行く。彼女の希望で、各ギルドの正面玄関を入ってすぐ見える受付付近だけを案内したのだけど、僕自身も冒険者ギルド以外へ入ったことがないので助かった。

色々と案内している最中、ずっとローラを見ていたけど、どの場所に行っても目を輝かせている。他の大きな街にも、こういったものは沢山あるはずなのに、まるで初めてみるかのような目の輝きだ。てっきり、ドレスや貴族服、宝石、アクセサリーといった服飾関係の店を案内してほしいと思っていたけど、そういった言葉が全然出てこない。結局、ギルドの見学を終えた頃には、もうお昼の時間になっていた。

「そろそろお昼の時間帯だし、昼食にしようか?」
「昼食!! いいね、いいね!! ここ!! この雑誌に載ってる定食屋のカツ丼!! 私はこのカツ丼を所望する!!」

何故、カツ丼? 余程楽しみなのか、ぴょんぴょん飛び跳ねている。雑誌に載る定食屋は平民の間でも有名な店で、僕も一度行ってみたいと思っていた場所だ。僕は、生姜焼き定食にしよう。


………一言いいですか、この人の胃は底なしかよ!!


「ふおおお~カツ丼、親子丼、他人丼もいいけど、かき揚げ丼や牛丼も美味い~~~」

観光を続けてわかったけど、これが彼女の素の口調のようだ。何故か店の中でもフードを被ったまま、カツ丼、親子丼、他人丼を同時に注文して、それらを全て食い切り、次はかき揚げ丼と牛丼をそれぞれ1人前ずつ注文して、今凄い勢いで食い続けている。何故、丼に拘るのか不思議だけど、相当気に入っているのだけはわかる。

この子、本当に貴族なのか?
口調が、平民の女の子なんだけど?
う~ん、不思議な子だ。

「丼ばかり食べているけど、他は良かったの?」

「今回は、丼が目的で来たの。丼を食べたら、どんな犯罪者でも自白するという話を聞いて、どれ程の味なのか知りたかったんだ」

この子、いつの時代の話をしているんだよ。

「ローラ、それ70年くらい前の話だからね」

その頃は周辺諸国との戦争もあって、食材の確保が大変だったと聞いたことがある。当時の王家は養鶏場などの畜産関係と農場を必死に守り抜き、皆が飢えぬよう配慮していたという。その時に創作された料理が、1皿だけで十分な栄養を摂れる丼だ。民衆向けの話だと、捕虜となった敵国兵士たちの食事に丼1杯を与えたところ、あまりの美味さに食いつき、敵国の情報を洗いざらい吐いたという。当然、そんな都合の良い話はなく、捕虜たちに自白剤を入れた丼を与え、その丼の美味さも重なって、彼らは抵抗することなく、次々と自白したというのが真実だ。この子は、その真実を知らないようだ。

「そうなんだ。でも、丼の美味さは本物だよ。これを食べたら、自白する気持ちもわかる」

言えない、そんな輝いた目で真実を君に言えないよ。周囲のお客さんも、純粋な彼女の心を聞いたせいか、涙ぐんでいる人もいるし、『真実を言うな』と僕に目で訴えている。

「ああ、美味しかった~。今度、ここへ来た時は定食類を制覇しよう」

結局、この店にある丼シリーズを全て制覇した。合計5人前も食べているのに、平然としているし、お腹がぷっくりと膨らんでもいない。どういう胃袋をしているんだ? 彼女の一言で、周囲も驚いている。この子の食欲を考えたら、本当に制覇するかもしれない。

「ローラ、次はどこに行きたい? 貴族用の商業区にあるアクセサリー店にでも行ってみる? 店内には入れないけど、外から覗くくらいはできるよ」

「興味ない」

一言で、会話をバッサリと打ち切ったよ。
高価なアクセサリー類に、興味がないのかな?

「クロード、次は魔法書を販売している本屋へ行きたい」

「魔法書!? いや、構わないけど、魔法書は術の種類にもよるけど、かなり高価な部類に入る。最低でも、2万ゴルドはするよ」

僕も訓練学校で魔法の基礎を色々と教わり、去年マーニャと一緒に魔法書専門の本屋へ行ったことがある。魔法書があれば、容易に魔法を覚えることができるから、ウキウキ気分で見に行ったけど、その額に驚愕したのを覚えている。上位魔法ともなると、最低でも100万ゴルド以上の値段だ。いくら子爵令息と子爵令嬢とはいえ、初級魔法を安易に覚えたいだけで、2万ゴルドも支払う気はない。

「それはわかってる。でも、今の私には絶対に必要なの。もう……それしか手段が残されていないから」

さっきまで明るく振る舞っていたのに、急に真剣な表情となり、何か覚悟を決めた目をしており、そこには怒り、悲しみといった様々な感情が渦巻いているように見える。彼女の本命は、魔法書専門の本屋なのか。

「何か込み入った事情がありそうだね」

彼女は神妙な顔となり、静かに頷く。

「クロード、あなたは良い人だね。あなたになら、私の事情を話せそう。詳しくは言えないけど、誰かに話したい気分なの。それを聞いた上で、私に魔法書が必要かどうか判断してほしい」

「わかった。目的の本屋の近くに喫茶店があるから、そこで話を聞くよ」
周囲の目もあり、そういったところの方が、ローラも話をぼかしやすいだろう。彼女が何を抱え込んでいるのか不明だけど、出来る限りのアドバイスをしよう。


○○○


このローラとの出会い、これこそが不幸の始まりだということを、僕は後に痛感することになる。

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