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生まれつつある絶望


 注意! この話からしばらくかなり暗い話となります。落ち着ける状態で読むことを推奨します。



 ◇◆◇◆◇◆

「ぐっ!? ……ぁあああっ!」

 カランっ!

 胸元の傷はやや浅いが左肩の傷は深く、青い短剣を落とすネーダ。しかし必死で赤い短剣を振るいヒースから距離を取る。

 だが、ヒースはそれ以上追撃をしようとはしなかった。まるでその必要が無いとばかりに。

「クソっ! このクソ野郎がっ! 殺してやる……殺してやらぁっ!!」

 ネーダは怒りと殺意の入り混じった目でヒースを睨みつけ、再び炎を操る短剣を振りかざす。だが、

「爆ぜろぉレッドムー……あぎゃあああっ!」

 先ほどまでと違い、炎はヒースに向かうと同時に、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 ネーダが集中を乱したため、荒れ狂う炎は途中で霧散する。これは一体どうなってんだ?

「見た所その魔剣は二刀一対の物。()()()()()()()()()()()()()()()()で、持ち主の負担を無くしていたと見える。つまり、片方だけではお前にその魔剣は扱いきれない」

 ネーダが自らの炎で右腕を焼かれて転げまわる中、ヒースはただ冷静に理由を語る。なるほ……ど? どういう原理だそれ? ただ実際にネーダは炎を上手く扱えなくなっているようだし。

「諦めて投降しろ。その傷では剣を片方振るうのがやっとだ。魔剣も片方だけでは真価を発揮できず、傷を塞ごうと薬でも使うそぶりを見せたらその瞬間斬るっ!」
「ちっ……くしょぉっ。俺が……俺が、こんな所で……」

 息も絶え絶えのネーダは、残った赤い魔剣を火傷だらけの右腕で必死に握りしめながら、恨みがましい目でヒースを……いや、隠れている俺達も含めて睨みつける。

 その時、

『ふむ……これはまいったな。なんとも面倒な事になっているようだ』
「お前っ!?」

 ネーダの後ろにどこからともなく仮面の男が現れた。ヒースが現れた因縁の相手に敵意をむき出しにする。だけど、さっきまでボンボーンさんと戦っていたはずなのに。

「待ちやがれこらっ!」

 あっ! ボンボーンさんも来た。身体の所々に擦り傷や軽い痣が見られるが、どうやら大きなけがは負っていないようだ。

『そろそろ片付いた頃だろうと見に来てみれば……誰一人仕留めていないとはな。ネーダ。予想以上に使えない奴だ』
「使えねぇだと……まあ良い。俺を助けろっ! お前なら俺を連れて逃げられるはずだ。傷を癒したら今度こそこいつらを」
『何か勘違いしているようだが、私が君を助ける理由はないな。むしろ護衛がこの体たらくとは実に嘆かわしい話だ。そうは思わないかね?』
「なっ!?」

 傷つき助けを求めるネーダに対し、仮面の男は素っ気なく返す。

「て、てめぇ。……元はと言えば、全部てめぇのせいだっ! 何が『これは英雄と呼ばれる者が持つにふさわしい武器。これを使えば君は英雄になれる』だっ! よくも欠陥品を押し付けやがったなっ!」
『心外だな。私は嘘は言っていない。確かにそれはかつて英雄と謳われた者が使っていた武器であり、使()()()()()()()()間違いなく英雄と言われるだろう。実際以前の使い手は、片方だけだろうが溢れ出る熱も冷気も制御してみせたという。制御できなかったと言うなら単にそれは……君が英雄の器ではなかったというだけの話だ』

 淡々とただ事実を述べているといった風の仮面の男に、ネーダは怒りのあまり唇を噛み切ってしまったらしく血が流れる。

 だが身体はズタボロで言う事を聞かず、掴みかかろうにも片腕はまともに動かない。ネーダに出来ることと言えば、まだ動くその舌で罵詈雑言を浴びせかけるくらい。

 少なくとも、本人や俺達はそう思っていた。……()()()()()()()()()()()()




「てめぇのことを欠片でも信じた俺がバカだったよっ! 全部嘘っぱちじゃねぇかっ! どうせアレも嘘なんだろうっ? てめぇがあの『始まりの夢』と繋がりがあるって話もよぉっ!」

 始まりの夢? 一体何のことだ? この言い方だと何かの組織みたいだけど。

『私は嘘は吐かない。私は確かにその』
「いい加減にしてもらおうかっ! ……お前がネーダを助けようが助けまいが関係ないっ! 速やかに縛に着けっ!」
『ほお。威勢の良いことだ』

 遂に我慢が出来なくなったのか、ヒースが仮面の男に対して剣を突きつけながら叫ぶように告げた。こちらも何かあったら煙幕ぐらい張れるよう硬貨を握りしめる。

『ふむ。……ネーダ。最後に身を挺して護衛としての任を果たそうとは思わないかね?』
「やなこった! むしろてめぇも道連れに捕まれや。ヒャーッハッハッハ!」

 そこには依頼人への信頼も敬意もなく、ただ相手も酷い目に遭えば良いというネーダの恨めしさがあった。

 まあある意味恨むのは当然かもしれないが、エプリの爪の垢でも煎じて飲ませたい奴だ。エプリは身を挺してでも護衛としての仕事をこなす奴だぞっ!

『やれやれ。では仕方がない。使うつもりはなかったが、このままでは私が捕まってしまうのでね。……出てきたまえ』
「な……何を?」

 その言葉と共に、先ほどまでボンボーンさんが居た倉庫の中でずっと動かずにいた人影がこちらに歩いてきた。

 それは二人の男だった。一人はまるで浮浪者のようなボロボロで、もう一人はそこらに居そうな町人風。

 どちらも目の焦点が合っておらず、ブツブツと独り言を喋っている。……うんっ!? あの浮浪者風の男どこかで見た気がするな。

「この二人がどうしたと言うんだ? こんな明らかに正気を失っている奴らに遅れを取るとでも?」
『それは当然だな。二人共魔法と薬の併用で思考力を極端に低下させている。そのような者で君をどうこうできるとは思っていない』

 何かまた物騒なこと言い出したぞコイツっ!? 薬と魔法で思考力をってコワ~っ!

『さて、そろそろ行かねばならないのでね。ここまで面倒をかけてくれた君達にせめてもの礼だ。僅かながらの敬意と悪意を残しておこう』

 そう言いながらローブの下に手をやる仮面の男。ヒースは危険物だったら即座に斬るとばかりに仮面の男の一挙手一投足を油断なく見ている。そして取り出したのは……何だアレ? 音叉?

 ここで取り出されていたのがはっきりと分かる危険物、何かの武器や薬と言ったものであれば、ヒースは躊躇うことなく仮面の男に斬りかかっていただろう。

 しかし取り出されたのは用途のよく分からない代物。ヒースから見ればただの持ち手の先がUの字型に曲がった金属の棒である。

 なのでヒースは一瞬攻撃をためらった。……その一瞬こそが仮面の男の必要な物であるとも知らずに。

「な、何をっ!」

 仮面の男はその音叉らしきもので近くの瓦礫を軽く叩いた。振動と共にキーンという音を周りに響かせる音叉。そして次の瞬間、後からやって来た二人組に変化が起こる。

「がっ!? あがあああっ!?」
「何だっ!?」

 二人が急に苦しみだしたのだ。口から泡を吐き、白目を剥いたかと思うと、その身体に変化が起きる。その肉体が膨張し、着ていた服が内側から張り裂けんばかりに張り詰める。

「……おいおい。ちょっと待ってよっ! この状況って!?」

 ()()()()()()()()()()()()

 この世界に着いたばかりの頃、監獄の中で起きた大騒動。そこでクラウンが逃げる際に、巨人族の男に魔石を埋め込んだ時と同じ。

「「あああアアアァっ」」

 遂に服が弾け飛び、二人の肌が赤黒く染まっていく。筋肉の鎧で身体が覆われ、背丈は一回りも二回りも大きくなる。

 瞳は爛々と赤く輝き、それぞれ額から角のようなものが伸びる。……そう。これは、

「凶魔化……だとっ!?」
「ぐっ……ああアアァっ!?」

 それと呼応するかのように、ネーダの持っていた赤い魔剣に取り付けられていた黒い宝石。それが怪しい光を放ちながらネーダの腕を侵食し始めた。

『ネーダが剣を片方とは言え持っていて助かった。……まだ触れる程身近でないと起動しないのでね』
「てめぇっ!? てメェアアァっ!」
「ネーダっ! 早くその剣を捨てろっ!」

 ヒースが何かに気づいて捨てるように促すが一足遅く、もう浸食は肩の辺りまで達している。ちくしょうっ! このままだとまたあの時みたいに皆凶魔になってしまうぞ。



 そして、絶望はまだ終わらない。



「トッキーっ!? セプトちゃんがっ!!」

 シーメの慌てたような叫びに俺はハッとそちらを振り向く。

「うっ!? ……うぅっ!?」
「セプトちゃん? ……しっかりしてセプトちゃんっ!?」

 セプトが急に胸を押さえてうずくまり、シーメが心配そうに声をかけている。俺は慌てて駆け寄った。

 ……セプトの胸部から、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()がネーダの魔剣の宝石と同じく怪しげな光を放っていた。




 ◇◆◇◆◇◆

 再びの凶魔化案件です。

 セプトに関しては、エリゼさん達の処置が効いているので他のメンツに比べて少しだけ症状が軽いです。あくまで少しだけですが。

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