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(3)別れ

 カイル達の一行は連れていく子供達と合流するため、まず王都内にあるルーファスの屋敷に立ち寄った。
 隊列を保ちながら屋敷の門をくぐると、子供達の移動や荷物運搬用の幌馬車が3台準備されており、出発を待つばかりの状態になっている。カイルが乗った馬車が正面玄関に近いところで停まり、彼が地面に降り立つと、前庭で遊んでいた子供たちがそれを目にして笑顔で駆け寄って来た。

「あ、王子様だ!」
「おうじさまー、いらっしゃーい!」
「王子様じゃないよ、カイル殿下だよ」
「それも違うな。フェロール伯爵様だ。皆、きちんと整列!」
「はーい!」
 囲まれてもみくちゃにされるかとカイルは一瞬警戒したものの、遠くから駆け寄ったディロスの指示で、子供達は即座に年齢順に横一列に並ぶ。

「カイル・フィン・フェロール様、いらっしゃいませ。それから、これからよろしくお願いします」
「よろしくお願いします!」
 ディロスの挨拶に続いて一斉に頭を下げた子供達を見て、カイルは(これなら色々な意味で大丈夫そうだな)と安堵しながら声をかけた。

「皆、良い子だね。皆の事は、今後は私が責任を持つから。これから少し旅をしていくのだが、準備はできているかい?」
「はーい、できてまーす!」
「旅行なんて初めてだよね」
「王都の外って、どうなってるんだろ?」
「外でおやすみするんだよね?」
 子供達の、高揚感と好奇心を押さえられない様子を微笑ましく眺めてから、カイルは側近たちを振り返った。

「それではダニエル、シーラ。ディロスと一緒に持参する荷物を確認してくれ。チェックが終わったら出発しよう」
「分かりました。ディロス、分類はどうなっている?」
「こっちの荷馬車には衣類と小物、寝具とか纏めてある。この箱は医薬品だね。あとは食料と食器と……」
(やはりディロスは目配りができて、管理能力に長けているようだな。子供達の世話に関しては、頼りになりそうで良かった)
 三人で分担しつつ手早く積み荷を確認しているのを、カイルは横目で眺めていた。すると門から一台の馬車が入って来る。それはカイルの目の前で停止し、中からルーファスが現れた。

「まあ、あなた。遅いですよ? 皆の出発に間に合わないのではないかと、随分気を揉んでしまったわ」
「すまん、リーリア。つまらん奴がつまらん難癖をつけてきてな。抜け出すのが遅れてしまった」
「ルーファス様!」
「お帰りなさい!」
「いっしょにおでかけしよう!」
 子ども達を見送る為、当初の予定ではカイルの儀式が終わると同時に城から戻る予定だったものの、大した用事でもないのに引き留められたらしいルーファスの機嫌は微妙に悪かった。苦言を呈してきた妻には渋面で返したものの、駆け寄って来た子供達には笑顔で向き直る。

「皆、すまないな。私は一緒に旅行はできないんだよ」
「そうだぞ、リック。ルーファス様とリーリア様は、僕達とは一緒に行かない。ちゃんと説明したよな?」
 ルーファスに続き、ディロスが真顔で言い聞かせた。すると子供達の中で一番小柄な少年が、心細そうにルーファスを見上げながら尋ねてくる。

「ええと……、じゃあ、いつくるの?」
 その問いかけにルーファスが口を開く前に、ディロスが若干強い口調で言葉を重ねる。

「だから、二人とも行かないんだ。ここでお別れだから、ちゃんとさようならって挨拶しろ」
「ふえぇっ……、そんなの、やだぁ……」
「あのな……」
 リックが涙ぐみ、釣られて周囲の子供達も俯いてしまう。ディロスが困惑しながら、どう言い聞かせたものかと考えていると、いつの間にかカイルがリックの前にやって来た。そして膝を曲げてリックと視線を合わせながら、穏やかな口調で話しかける。

「君はリックと言ったかな?」
「うん」
「ルーファス様は仕事が忙しくて、私達がこれからいく場所には行けないんだ。だけどその代わりにディロスや私達がいるから、ルーファス様やリーリア様がいなくても、我慢してもらえないかな?」
 顔合わせをしていた後であり、目の前の人間が偉い人だとの認識があったリックは、取り敢えず手で涙を拭ってから大真面目に尋ね返した。

「おうじさまはおしごと、いそがしくないの?」
「うん。王子様ではなくなったからね」
 率直な問いかけにカイルが笑ってしまうと、リックが驚いたように問いを重ねてくる。

「おうじさまじゃないの!? おうじさまじゃなくなったら、なにになるの⁉︎」
「さっきディロスが言ったけど、伯爵になったんだよ。その仕事をするために、違う場所に行くんだ。後でルーファスも遊びに来てくれるから、それまでそこでリックが一杯遊んで、ルーファスに楽しいところを教えてくれたら嬉しいな」
 カイルが笑顔で説明すると、リックは勢いよくルーファスに顔を向けた。

「ルーファスさま、あとでくる?」
 その問いに、ルーファスは溜め息を吐いて反論しようとする。

「殿下、それは」
「もう伯爵です」
「…………」
 先程アスランに指摘された時のように、カイルは笑顔で相手の発言を遮りつつ訂正した。それでルーファスも押し黙り、少しの間、無言のにらみ合いが続く。しかし根負けしたのはルーファスの方で、今度は彼が膝を折ってリックと目線を合わせながら口を開いた。

「リック。仕事が休めたら、リーリアと一緒に伯爵の領地にお邪魔しようと思う。その時は、領地を案内してくれるか?」
「うん、わかった! ぼくがおしえてあげる!」
「ああ、頼んだよ」
 そこでルーファスは笑顔でリックの頭を撫で、その場に安堵した空気が漂った。

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