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第31話 二度目の告白に愛を伝える


 書面の取り交わしをして王からの謝罪を受けたシェリルは、ラルフに馬車へと乗せられてフルムルへと戻っている最中だった。

 訳を聞いたアルダルフは息子の非礼をシェリルに謝罪した。マーカスとフィランダーは認めなかったものの、マチルダは王子への疑いをますます向けて、シェリルの両親はそんな人だとは思わなかったと心を痛めていた。

 シェリルは「信じてくださらなくてもいいので」とアルダルフに言うも、王は「フルムルの王子が認めた女性の言うことを信じないわけにはいかない」と、息子には厳しい対応をすると言ってくれた。

 アルダルフは泊まっていってはと申し出た、此処を出るには夜になってしまうでしょうからと。けれど、急いでいるのでとラルフはそれを断った。

 馬車の中は二人しかいないのはラルフが騎士たちに指示を出したのだ。シェリルは前に座る彼が黙って見つめてくるばかりで顔が上げれない。

 シェリルは顔を覆いながら俯く、自身の一連の行動に合わせる顔がないような気がしたのだ。


「シェリル。そろそろ話してくれないだろうか」


 黙ったまま顔を隠して俯くシェリルに困ったようにラルフが言う。ちらりと見遣るとぴんと立っていた獣耳がへなヘなと垂れていた。

 それがなんだか申し訳なく思えてシェリルはゆっくりと顔を上げた。手で口元を隠しながらなんとも言い難い視線をラルフに向けている。


「俺がフルムル国第二王子あったことを隠していたことは謝る。驚かせてしまってすまない」


 自身が王子であることを隠していたことについて怒っているのではないかと思ったようだ。それに関しては怒っているというよりかは、困惑しているというのが心境的に近い。


「……どうして、あんなところに住んでいたのですか」


 シェリルは気になったことを聞くことにした。ラルフは頭を掻いて「環境が嫌だったんだ」と答える。


「俺は王宮での暮らしがあまり好きではなかった」


 気を使われ、常に世話をされて傅かれる環境というのは気分がいいものではない。それが普通だと分かっていてもやはり慣れなかった。

 王位を継ぐのは兄であることをラルフは知っていたので、成人したのを機に暫く一人で暮らしたいと父に頼んだのだ。適当に外を見てみたいのだと理由をつければ、父は深く訳を聞かずに「定期的に連絡すること」と条件を出してそれを了承してくれた。

 ラルフは喧騒があまり好きではなかったので、城下の町で暮らすのは嫌だった。それにできるならば身分を隠したい。だから、騒がしくないあの森で猟師として暮らしていたのだという。

 ヴィルスとはその時に出会い、魔物を退治したことで彼に集落へ招待されたのだ。それから交流を深めて彼と長にだけは自身が王子であることを明かした。腕には自信があったから魔物退治を請け負っていたのだという。

 第二王子は表にあまり出てこないというのが王都だけでなく国民の間で知れ渡っている。王都でも国の重要な祝祭以外では顔を出さないので、それもあってかラルフの顔を知っている人はそう多くないので、集落でも誤魔化すことはできたのだとラルフは話した。


「でも、戻ってこいって言われてましたよね?」
「何故、それを」
「その、老執事さんが訪ねてきているのを立ち聞きして……」


 そう言うと彼は聞かれていたのかと眉を下げてそうだと答えた。二十三歳となったラルフに父はそろそろ公務を手伝ってほしいと呼び戻していたが、ラルフがのらりくらりとかわしていたのだ。それでもそろそろ限界といったところだったらしい。


「私のせいですか?」
「断っていたのは違う。あの生活に戻るのが嫌だっただけだ」
「じゃあ、掴み取れっていうのは……」

「シェリルのことだ、じぃやは勘が鋭い。俺がお前のことを好いているのに気づいたんだ」


 ただ、もう少しこのなんでもないひと時を過ごしたかった。好きだと告げていなくなってしまったらどうしようかと、そう考えてしまってはなかなか口には出せなかった。ずっと、そうずっと傍にいたかった。共に食べる食事に、他愛のない会話、笑う姿を、楽しむ表情を傍で見ていたかった。自分の正体を告げて、告白をしたらどう思うのか考えて、臆病になってしまったのだとラルフは全てを話す。


「お前を探している人間がいるのには気づいていた。それを気にしていることも。だから、あの時に告白したんだ」


 手放したくないために、後悔しないように。自身が王子であることも告げるつもりだったのだと。ただ、どうしても準備が必要だったのであの時には言えなかったらしい。

 シェリルが連れ去られた日に出かけたのはまずは身の回りのことをできるように老執事に頼み、それから父に相談するつもりだった。


「ただ、あの時に父は用事があって会えなかった。だからじぃやにだけ頼んで戻ってきたら、シェリルが連れ去られていた」


 帰ったら伝える予定だったのだと話されてシェリルはなるほどと頷く、それはタイミングが悪かったなと。


「どうして、あそこまでして迎えにきたのですか……」


 どうして迎えにきたのか、シェリルは不思議だった。いくら王子とはいえ、他国で交渉するなど勇気がいることだ。それほどに自身の価値はない気がしたというシェリルの言葉にラルフは何を言っているのだと不思議な表情を見せる。


「どうして? 俺は言っただろう」


 ラルフはそう言ってシェリルの頬を撫でた。


「俺はずっと傍にいると。そう約束したはずだ」


 俺はシェリルを愛しているのだから——それは彼の二度目の告白だった。

 ラルフは、彼は約束を忘れてなどいなかった。好きだと、愛しているとその気持ちは本心からで、だからこそ、他国までやってきて交渉を持ちかける勇気を出せたのだ。

 彼の想いは本物だった。シェリルの視界がまたぼやけてぼろぼろと涙が零れ落ちる。それ拭いながらどうして彼を信じられなかったのだろうかとシェリルは泣いた。


「シェリル。俺では駄目か?」
「……私は、性格の悪い女かもしれませんよ」


 マーカスの言う通り、自身の性格がお世辞にも良いとは思っていない。育ててくれた両親に「もう二度と会わない」と言い切ったのだから。

 だって、娘の話も聞いてくれず信じなかったと言うのに他人のことは簡単に信じるのだ。そんな両親を愛せなどシェリルには無理で、それが性格が悪いというのならその通りだ。

 それにラルフに告白されて、約束してくれたというのにそれを信じられなかったのだ。もう駄目だと諦めていたとはいえ、酷い事をしたとシェリルは思っている。

 ラルフはそれを聞いて「そんなことか」と笑った。


「言っただろう。性格が悪くて結構。それぐらいがウルフス族の上に立つのに丁度いい。それに少なくとも俺はお前を性格悪いとは思っていない」


 ラルフはなんでもないように言う言葉は、彼の本心から出ているというのはその声音から理解できた。

 例え、短い間だったとはいえ、傍で見てきたことに変わりはない。見て、話して、感じて好きになったこの気持ちに嘘などはないとラルフははっきりと言葉を紡ぐ。


「俺がシェリルを愛している気持ちに嘘はない」


 シェリルはまたぼろぼろと涙を零した。嬉しかったのだ、その言葉が。でも、まだ思うことはあってシェリルは眉を下げる。


「お父様に……国王にご迷惑を……」

「それは問題ない。父は驚いてはいたが、迎えに行ってこいと言ってくれた」


 シェリルを迎えに行くと決めた時、父の力が必要になるとラルフは考えた。シェリルを連れ出したのがフィランダー公爵だったこと。マーカス王子の名前が出ていたことから関わりが出て来るのではないかとそう思ったのだ。

 父と交渉するにあたって自身が執務に戻ることが条件として出されるのは予想していた。王宮に戻り、第二王子としての職務を全うすることを父は望んでいる。いくら我が子に甘いとはいえ期限と言うのはあるのだ。

 もうあの森に戻れないのは寂しさもあるが、シェリルを取り戻すためならば痛くはないとそこで父に交渉したのだ。


「父にここまでの交渉は初めてだった」


 父はラルフの交渉に驚きはしたものの、本心からシェリルを想っているのを感じたようだ。なら、この手を使えと言って提案したのがあの借金の話だ、今年分は多額の返済金を支払う年だった。

 エイルーン国王が頭を痛めているのを父は知っていたのだ。それがたった公爵令嬢一人で返済が済むのならきっと条件を飲むだろうと。


「あの、その……それ、権力を使っているような……」

「国際結婚の場合、祝いの品を送り合うのは普通だ。それがどんなものになるかは国によって違うし、王が決めていいようになっている。父はその祝いの品をそれにしただけだ」


 政略結婚でも似たようなことは行われているとそうラルフが話すのだが、自分にそれほどの価値があるとは思えなかった。

 シェリルは自分なんかでいいのだろうかと不安が押し寄せる。それを感じ取ったのか、ラルフは大丈夫だと頭を優しく撫でてくれた。


「父は俺を信じてくれた。事情も軽くだが話した」


 お前がどうして逃げてきたのか、残した手紙の内容を話したがそれでも父は行ってこいと背中を押してくれたのだ。


「追いつくために時間が惜しかった。連れてくる騎士たちには迷惑をかけたが、間に合ってよかった」


 騎士たちには軽くだが事情を話していたので多少の無茶は許してくれたようだ。「それは急がねばなりません」と言ってその通りに行動してくれたことに感謝している。

 ラルフはシェリルの首筋に触れる、包帯の巻かれたそこはまだ痛みがあった。


「お前は死ぬ気だったのか……」
「えぇ」


 あの二人の思い通りになるくらいならばあの人たちの目の前で死ぬ、そう心に決めていた。だって、好きでもない男の元に行くなんて嫌だったのだ。


「だって、そうでしょう……やっと好きだと気づいたのに、愛した人のことを考えたら、死にたくもなるわ……」


 こんな自分を好きだと愛していると、傍にいてくれると言った彼のことを考えたら、他の誰かの元へと嫁ぐなどできない。それは彼の想いへの裏切り行為だ。

 だから、死ぬと決めていた。自分が死ねばあの二人の思惑通りにいかなくなるというのもあったけれど、ラルフへの想いが一番にあった。

 溢れる涙で声を潤ませながらシェリルは吐き出した。


「なぁ、シェリル」


 ラルフはシェリルの頬を伝う涙を拭って彼女の顔を自身に向き直させた。


「シェリル、どうか俺の妻になってくれ」


 はっきりと紡がれる言葉、真っ直ぐに見つめる金の瞳は捕らえて離さない。シェリルはまた一雫、涙を溢すと頷いた。


「私も、好きよ、ラルフ……」


 好きなのだ、愛しているのだ、私はとシェリルはそう呟いてまた泣いた。


「その言葉を聞きたかった」


 ラルフは優しく微笑むとシェリルの頭を優しく抱きとめた。もう離さない、ずっと傍にいるとまた彼は約束した。

 それがまた嬉しくてシェリルは涙を零しながら「私もよ」と何度も頷いた。

 ラルフを疑うようなことはもうしない、彼の言葉を信じると誓うシェリルにラルフは「俺も誓おう」と言ってまた強く彼女の身体を抱きしめた。


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