第27話 ラルフの決断とシェリルの涙
ラルフが最初に向かったのは集落だった。ヴィスルが彼を見つけて声をかけるがその表情に固まる、彼の瞳はいつもと違っていたからだ。覚悟を決めた、鋭い眼に何かを察したのか険しい表情になる。
「どうした、ラルフ」
「シェリルが連れ戻された」
ラルフはそう言ってシェリルの手紙の話を伝えるとヴィルスはお前と呟く。
「告白したのか、やっと」
「あぁ……けれど、遅かった」
もう少し決断していれば、もっと早くに自身のことを伝えていればとラルフは悔しさを滲ませる。ヴィルスは「行くのか」と問うとそれに彼は頷く。
「父に力を借りなければならない」
「相手は公爵家と王子だからな。お父上に相談するしか連れ戻せられないだろう」
「交渉に成功したら俺が此処に来れる日は限られる」
「あっちに戻ることになるだろうからな」
ヴィルスはわかっているようでラルフに大丈夫だと返した。
「集落の面倒はどうにかする。すまない」
「気にするな、お前がいなくったって平気だ」
ヴィルスの「それよりもシェリルちゃんを迎えに行ってやってやれ」という言葉にラルフは頷いて集落を出て行った。
*
そのままラルフは城下の町を目指す。馬をこれでもかと走らせて外套で顔を隠すこともせず門までやってくれば、彼の顔を見た門番が血相を変えて姿勢を正した。
「おかえりなさいませ、ラルフ様」
深々と下げる兵士たちなど気に留めることなく通り過ぎる。目指すは城下の町の奥に聳える王城だ。ゆっくりと日が沈む中、ラルフは焦る気持ちを抑えながら馬を走らせた。
城へと到着したラルフは慌てる騎士や兵士などを気にも留めることなく駆けていく。
「ラルフ様、どちらに!」
「父の執務室だ。まだ城にいるだろう!」
「いらっしゃいますが、お一人では!」
慌てて騎士二人が駆け寄ってきた。付き添いなど要らないのだが、彼らは「何かありましたら大変ですので」と、言って聞かないので好きにさせることにする。
赤い絨毯の敷かれた長い廊下を駆け足で進むと、とある部屋の前でラルフは止まった。騎士たちに「後はいい」と命じてからその扉をノックする。
「なんだ、入れ」
低い声にラルフは獣耳をぴくりと動かして扉を開けた。広い豪奢な室内の奥、書物机に座り書類を見つめていた金の瞳がラルフを捉えると、ダークシルバーの長い髪を流して笑う。
「どうした、ラルフ」
「父上、話がある」
「うん? あぁ、お前は用事があるといって尋ねてきていたな。明日にするのではなかったのか?」
男はまだ急がそうに書類を整理していたが、ラルフに「急を要する事態になった」と言われて手を止めた。男は「なんだ、言ってみろ」と話を促す。
「交渉したいことがある、父上」
真っ直ぐに向けられたぎらりと輝く瞳に男はほうと目を細めた、そんな鋭い眼を向けられるようになったかと。
父に頼み事などしたくないと常々言っている息子が交渉をしたいと申し出ている。頼みたいことではないく、交渉にするあたり彼らしいと男は目を細める。
「いいだろう、聞かせてみろ」
男は書類を書物机に放ると立ち上がった。
***
馬車に揺られながらシェリルはぼんやりと外を眺めていた。月が昇って辺りはすっかりと暗くなっている。きっとラルフは家に戻った頃で、手紙を読んでいるだろうなと想像ができた。
勝手に出て行ってしまったことを彼は驚いているか、それとも怒っているだろうか。直接会ってお別れを言いたかったけれど、今更それは叶わなない。だから、心の中でごめんなさいと謝ることしかできなかった。
「私はどうなるのかしら?」
馬車に乗る黒服の男に問うと彼は「予定が変更される場合もありますが」と答えた上で教えてくれた。
「ご帰還後、フィランダー様がご両親と話し合いの場を提供して下さります。その後にマーカス王子と面談が」
やっぱりなとシェリルは予想通りだったことに息を吐く。三文芝居を見せられるのだろうと思うと憂鬱になった。
どうして逃げたまま放っておいてくれなかったのだろうか。私が居なくたってやっていけるだろう。正式な婚約破棄の手続きだって王子の独断でできるのだから、本人が居なくてもいいはずだ。それともフィランダー公爵が粘着質だっただけか。
出てくる愚痴を溜息に混じらせながらちらりと視線を上げる。隣も前も黒服の男に取り囲まられた状態では逃げることはできず、大人しく連れて行かれるほかなかった。
「大丈夫です、フィランダー様がしっかりと支えてくださります」
「……そう」
問題などないので安心してくださいと、何処から出てくるか分からないような自信を持って言う黒服の男にシェリルは冷たく返す。
シェリルはまた窓の外を眺めて、ぼんやりと見える月にラルフを重ねた。彼のことを考えてしまうのは何故だろうか、世話になったからだけではない。
(あぁ、きっとそうだ)
シェリルは気づいていた、もうとっくに心は決まっていたのだ。
(どうして気づいちゃったのだろう)
自身は彼のことを愛してたのだと。
「ごめんなさい、ラルフさん」
小さく呟くシェリルの頬を一筋の涙が伝った。