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第24話 彼が拾ってくれた理由

 フィランダー公爵の追っ手を見つけてから数日、シェリルは落ち着かない日々を過ごしていた。いつ此処が見つかってしまうかもわからない状況でのんびりなどできるわけもなく、そわそわとしていた自覚はある。

 それでもラルフは何か問うようなことはしなかった。彼は城下へ用事があってもシェリルを誘うようなこともせず、なるべく一人にしないようにしてくれていた。いつも朝方に帰ってくるというのに夜には戻ってきて、集落への用事の時は必ずシェリルを連れて行く。

 ユラやヴィルスにはシェリルを室内で見守ってくれと頼んでいた。彼は薄々気付いているのかもしれない、シェリルが誰かに怯えているということに。それでも聞こうとしないのは言いたくないことを無理して言わせないためで、それは彼の優しさだった。

 どうしてそこまでしてくれるのかシェリルには分からなかった。身も知らない人間で、家政婦として雇っているだけだというのに。お人好しなのだろうかとも考えたが、そうは見えなかったので違うのではないか。じゃあ、何故だと考えるけれど答えは見つからない。

 シェリルは首を振る、雇った本人であるラルフじゃないのだからわかる訳がないと。ならば別のことを考えようと見つかってしまった時のことを思い浮かべる。

 フィランダー公爵の部下は命令に忠実だ。見つけるまで探し続けるか、捜索が困難だと把握するまでは居座り続けるのでいつまでも此処が見つからないとは限らなかった。

 ラルフには迷惑をかけたくはない。彼は何もしていないのだ、親切心で雇ってくれたのだから。逃げられるかも分からない現状、大人しく出て行く方が彼の身のことを考えるといいのかもしれないとシェリルはそう思った。

(ラルフさんには迷惑をかけたくはない……)

 今のうちに荷物をまとめておこうと思ってベッド脇に置かれた旅行鞄を取り出した。

          ***

「あの、ラルフさん」
「なんだ、シェリル」


 昼下がり、起きてきたラルフに紅茶を淹れてシェリルは声をかけた。彼はまだ寝起きなので少しだけ眠そうな表情をしている。


「その、どうして私を雇ってくれたのですか?」


 ずっと気になっていたことを思い切ってシェリルは質問してみることにした。ラルフはなんだと眉を下げながら紅茶を飲む。

 シェリルは「気になったもので」と返す。身も知らない、国を出た訳を離さない人間をあの状況で雇うなど普通の人ならしないのではないかと思ってしまうのだ。そう話せば納得したのかラルフはティーカップをテーブルに置く。


「無茶をしそうな顔をしていたからだ」


 不安と悲しみ、自分の無知さ。それらによって青い顔をしながら何かを決意したような、そんな表情に無茶をするだろうなとラルフは思った。

 人間が無茶をして辿り着く場所など限られている。大体が破滅していくのだ、皆。それは人間に限ったことではない、ウルフス族だってそうだ。


「まだ若い人間の女をあそこで放っておくほど、俺は非情ではない」


 知っている店を紹介してもよかったが、城下の町で住むにはシェリルでは金も心も余裕がないように見えた。だから、家政婦がいてもいいなと考えていたこともあって話を持ちかけたのだ。

 身も知らないウルフス族の男の元で働くのは恐怖もあるだろうから、断られても別によかった。そうなったら集落の方で身を任せられる人物に引き渡そうと考えていたのだという。


「お前は国を出た訳を話したくはないようだったから聞かなかった。誰だって話したくないことはある。俺にだってあることだ」


 断られた時のことも考えてくれていたようで、それがまた彼の優しさを実感させた。不安だったのだ、無理して雇ってもらったのではないかと。けれど、ラルフはそうではないと言ってくれた。


「無理して雇うなど面倒なことはしない」


 そんな不安がることはないと言ってラルフは微笑みながらシェリルの頭を撫でた。それが嬉しくて、泣きそうになるのを堪える。不安だったのかと聞かれてシェリルは頷けば、彼はすまなかったと謝る。


「ちゃんと訳を話せばよかったな」
「いえ、その……聞かなかったのは私ですし……」
「それで不安にさせてしまっては駄目だろう」


 ラルフはそう言ってまた謝るとシェリルに微笑みかけた。それは安心させるようで、なんて綺麗に笑うのだろうとシェリルは見惚れてしまう。


「その顔は反則だな」


 ぼうっと見つめるシェリルにラルフが小さく笑う。はっと我に返ってシェリルは自身の頬を押さえた。変な顔になっていなかっただろうかと慌てる。


「す、すみません!」
「謝ることじゃないが?」
「いや、だって変な顔に……」
「可愛らしかったが?」


 何を言っているのだとラルフは不思議そうしている。可愛らしいとシェリルは頬を赤らめながら動揺した、そう真っ正面から言われるのは初めてだったものだから。

 シェリルの慌てぶりにラルフはまた小さく笑うと紅茶を飲み干した。

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