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第11話 思い出の林檎パイを作ってあげよう


 林檎のパイをラルフは食べながらシェリルを見遣ると彼女はキラキラとした瞳を向けていた。これが初めてのことではので驚いたりはしない。

 シェリルは美味しそうに食べるラルフを――その獣耳を見つめていた。林檎のパイを作って食べた日はラルフの獣耳を触れるのだ、林檎のパイの対価として。

 彼の獣耳をシェリルは気に入っていた。ふわふわもこもこしていて毛感触と触感がたまらなく、ずっと触っていたくなるほどにクセになる。尻尾も気になるのだが、そこは流石に悪いと思って獣耳だけにしていた。

 ウルフス族の獣耳と尻尾は狼に似ているらしい。狼を触ったことがないので分からないのだが、見たことはあったので見た目は確かに似ているなと思った。触り心地も似ているものなのだろうかと少しだけ気になったものの、野生の狼は危険なので触るのは断念する。


「ほんと、好きだな」


 様子を見ていたラルフに笑われてシェリルは「だって本当に触り心地が最高なんですよ!」と主張してみるも首を傾げられてしまった。

 ウルフス族にしたら獣耳と尻尾は身体的な特徴というだけで特に何も思わないのだという。自分で触っても耳だな、尻尾だな、といった感想しかでないらしく、どうやらこれは人間だけの反応らしい。


「何度も言いますけどね。見た目は人間なのに、獣の耳と尻尾が生えているってやっぱり気になるものなんですよ。人間からしたらどうなっているのかなとか、触り心地とか。なのでこれは仕方ないことなのです」


 早口で話すシェリルにラルフは若干、引いてはいたものの「そうか」と一応は納得してくれた。

 これは仕方ない、仕方ない。シェリルは引かれているのを分かっていながらも触りたい欲には敵わなかった、誘惑が強すぎるのだ。

 触れるのならば触りたい、ふわふわもこもこを堪能したいし、むぎゅっと握ってみたい。やりたい欲をぐっと堪える。獣耳は立派な身体の一部なのだから、傷ついたり痛みを与えるようなことはしてはいけない。


「まぁ、触るのはいいが」


 林檎のパイを食べ終えたラルフが顔を向いて獣耳を動かすとシェリルは立ち上がった。「もういいですか!」と手をわきわきさせている。

 ほらとラルフが頭を傾けてくれたので、シェリルはではと彼の獣耳に手を伸ばした。ふわふわもこもことした毛感触にこれだ、これとたまらない触感に思わず顔がにやける。

 無言でひたすらにふにふにと堪能しているシェリルをラルフはちらりと見遣る。楽しそうな嬉しそうな、にやけ顔にふっと小さく笑んだ。


「楽しいか?」
「楽しいというか、たまらないというか。とにかく最高なんです」
「そうか」


 話ながらも獣耳を離さずふにふにするシェリルにラルフはまた笑う。笑われているのに気付いてはいるけれど、シェリルは獣耳を触り続けていた。

 いや、本当にこれはクセになるのだ。ふわふわのもこもこなのだぞ、癒されるぞこれはとシェリルは内心で叫びながらふにふに触る。


「飽きないか?」

「飽きません! 私はお父様が動物嫌いでペットなんかを飼えなかったので、もふもふと、ふわふわとか、もこもことか感じたことないのですよ」


 ペットと比べるのはよくないだろうけれど、動物特有のふわふわやもこもこ、もふもふといったものにシェリルは縁がなかった。父は動物が嫌いなのでペットなど飼わせてもらえず、かといって触る機会もない。だから、この毛感触というのは初めて体験したことだった。

 ペットと比べてすみませんと謝るが、ラルフは獣と変わらないから問題はないと特に気にしていないようだ。ただ、やはりこの毛感触のどこが良いのかは理解できていないらしい。

 半獣人であるウルフス族にとっては普通のことで、ふわふわやもこもこも珍しいことではないのだ。シェリルはすごく良いのになぁと思いながらふにふにと触る。


「ラルフさん、嫌じゃないですか?」
「いや。シェリルの楽しそうににやける顔が見えるからな」
「そ、それは良いのですか!」


 そんなにやけ顔してましたかとシェリルは恥ずかしげにするけれど、獣耳から手は離さない。ラルフは「分かりやすいな、お前は」とシェリルの様子に突っ込む。


「お前が来た当初はそんな顔していなかっただろ」


 初めて会った時、その表情は不安と悲しみで溢れていたけれど、家政婦として暮らすようになって少しずつそれも消えていった。獣耳を触っている時は楽しそうで、嬉しそうで、そんな表情もできるのだなと思ったのだとラルフはシェリルを見る。


「お前のその表情は嫌いではない。笑った姿の方が似合っていると思う」


 ラルフの「だから、獣耳を触られるは嫌ではない」という言葉にシェリルは目を瞬かせる。彼は心配してくれていたのだろうかと。

 不安と悲しみで溢れていた、そんな顔を自分がしていたなんて知らなかった。人から見ればそう思えるほどに顔に出ていたのだ。あの時は確かに逃げてきたことへの不安と、信じてくれなかった悲しみで心が締め付けられていた。それでも何とかしようと気力を振り絞ってきた。

 今は不安がないわけではないけれど、最初の頃よりかはだいぶ楽になっている。落ち着ける場所にいるというのもあるのかもしれない。こうしてラルフの獣耳を息抜きのように触れるのもそうだ。


「きっと、息抜きになっているのかなって」
「耳を触るのがか?」

「はい。触っているとなんだか落ち着くので。気分転換にもなっているのかなと」


 そうシェリルが話せば、ラルフは少し考える素振りをみせて小さく「気分転換か」と呟く。


「この耳で息抜きになるなら触るといい」


 お前に触られるのは嫌ではないとラルフは獣耳をぴくりと動かす。シェリルは彼に少しだけ気を許されたのだろうかと思うと、それがなんだか嬉しかった。


「なら、美味しい林檎のパイを作りますね」


 だから、彼の思い出の味である林檎のパイをまた作ろうと思った。

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