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見つかった敵を前に


「ハフ……ハフ。やはり張り込みにはあの店の餃子が一番だ」
「ホントに気に入ってたんだな」

 俺達は明かりを抑え、目当ての倉庫から少し離れた所に陣取っていた。張り込み中に腹ごしらえを始めるヒース。……やはりあの店の餃子かい。

「私も今日食べたんですけど、この餃子美味しいですよね! 肉汁もタップリで」
「そうだろう。あの店はラーメン以外も美味い。少々匂いがきついのだけが難点だな」

 確かに少し匂いがきついよなあ。そう考えると張り込みに不向きじゃないか?

「…………」
「……くっ!? 分かった。分けてやるからそう見つめるな。ほらっ!」
「ありがとう。……どうぞご主人様(トキヒサ)
「あ~。俺は良いからセプトが食べな」

 セプトの凝視に負けて餃子を手渡すヒース。だがセプトは俺に渡そうとするので丁重に断った。

 いくら何でも小学生くらいの子から餃子を恵んでもらうのは外聞が悪すぎる。なので代わりに以前換金したパンを取り出して摘まむ。

「ほう。空間収納系の能力か。便利なものだ」
「そこまで便利でもないんだけどなヒース……さん。にしてもまだ迎えが来ないな」
「そうだね。お姉ちゃんはともかく、ソーメはそんなに時間はかからないと思うんだけど……ちょっと待ってて」

 そう言ってシーメは目を閉じると動きを止める。加護で他の二人と連絡を取っているのだろう。今の内にちょっと聞いておくか。

「そう言えばヒース……さん。ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
「何だ?」
「さっきボンボーンさんと話している時、雇い主に心当たりがあるみたいなこと言ってたよな? それって誰なんだ?」

 つまりその雇い主はトンネルのことを知っている。そしてトンネルのことを知っているならヒースの追っている組織のボスとも繋がりがある筈だ。

 相手に当たりが付いているなら何故直接乗り込まないのか。そういったことも含めて訊いてみたら、ヒースはどこか困ったような顔をした。

「あくまで可能性だ。それに証拠がない。多少政治的な話にもなってくるし軽々には話せないな」
「つまりそれだけ大物ってことか」
「そういうことだ。……まあこの件が片付いたら、父上に報告して背後関係を調べてもらえば」

 ガターンっ!

 その言葉と共に、何か倒れるような音が倉庫から聞こえてきた。俺達が一気に警戒度を上げる中、

「くそがっ!」

 突如倉庫の扉が中から破られ、誰かが転がるように飛び出してくる。あれは……ボンボーンだ。さっきの二人を引きずっていて、見れば全員身体のあちこちから血を流している。

「ボンボーンさ」
「待てっ! まだ中に誰かいる」

 急いで駆け寄ろうとしたら、突如ヒースに肩を掴まれた。そして大きな音を立てないよう静かにそう囁く。……そんなことを言っても酷い怪我だ。早く手当てしないと。

「分かってる。だがせめて相手の出方を伺いたい。もう少しだけ待て」
「……分かった。だけどこれ以上ヤバいことになったら飛び出すぞ。セプト。援護を頼めるか?」
「大丈夫。出来る」

 返事と共に、僅かな明かりで照らされた影が一気に蠢き始めた。シーメも連絡が終わったようで、緊張した面持ちで向こうの様子を伺っている。

「出てくるぞ」

 ヒースの言葉に俺達は倉庫を注視する。ボンボーンが内側から開けた穴。そこから出てきたのは、

『やれやれ。先ほどの取引のように有意義な時間はおくれそうにないな』

 白い仮面を被り、妙な声をした謎の男だった。……誰だあれ?




 白い仮面の男が出てきた瞬間、

「……っ!?」
「えっ!?」

 一陣の風が吹いた。いや、そう思わせる程の勢いでヒースが飛び出したのだ。

 ヒースはそのまま流れるような動きで剣を抜剣。仮面の男に向けて振り下ろす。だが、

 ガキ―ン。

「ハッ! アブねぇアブねぇ。いきなり随分なごアイサツじゃねえか」
「くっ!?」

 仮面の男の後ろから出てきたどこか淀んだ目をした冒険者風の男が、剣を二振りの短剣で受け止めたのだ。あの一撃を受け止めるなんて相当だぞ。……というかヒースが最初に突っ込んでどうするんだよ!

 その後ろにまだ誰かいるようだが、ここからじゃよく姿が見えない。

「……せいやあぁっ!」

 ヒースは鍔迫り合いをせず、一度剣を弾いて軽く距離を取った。そして仮面の男に向けて睨みつけるような視線を向ける。

「ようやく見つけたぞ。その仮面、その言葉遣い。あの時から何度夢に見たことかっ! 今日こそはお前を捕縛し、あの時の罪を償わせてやるっ!」
『ほう。……よく見ればあの時乗り込んできた者の一人か。元気そうで何よりだ。調子はどうかね? まあすぐにお別れすることになるが』
「うるさいっ! お前にそんな事を言われる筋合いはないっ!」

 何が何だか分からないが、どうやらあの仮面の男がヒースの話していた組織のボスらしいな。しかしヒースが突っ込んだってことは……よし。俺も行くぞ!

「セプトはここに隠れながら援護を頼む。俺はヒースを助けに行く。……シーメは」
「…………よし。緊急事態をお姉ちゃんとソーメに伝えたから、もう少しで到着するよ! 私はボンボーンさん達を見てくる。手当も必要だし、気を失ってちゃ危ないから叩き起こさないと」
「分かった! じゃあ皆、時間を稼ぎながら怪我しないよう命大事にで行くぞ!」



 ◇◆◇◆◇◆◇◆

「この……どけえぇっ!」
「やなこった! そっちこそサッサとくたばりなっ!」

 ヒースと冒険者風の男は激戦を繰り広げていた。ヒースは素早い剣捌きで果敢に攻め立てるが、男は器用に繰り出す二振りの短剣で凌ぐ。

 二人の実力は伯仲……いや、ややヒースの方が優勢だ。相手はほぼ防戦一方で反撃に移れない。このままいけばヒースがいずれ勝つだろう。だが、

「土よ。槍となりて我が敵を貫け。“土槍(アースランス)”」
「ちいっ!?」

 それは相手が一人だけの話。仮面の男の魔法で地面から突き出された土の槍がヒースに襲い掛かり、それをヒースは体勢を捻ってすれすれで回避する。

「ヒャッハー! 横っ腹ががら空きだぜ~!」
「ぐあっ!?」

 そこを冒険者風の男が切りかかり、ヒースは咄嗟に剣で防ぐも体勢が悪く躱しきれない。浅くだが脇腹を切られ血が滲み、そのままヒースはゴロゴロと転がって距離を取る。

「ちっ! 仕留め損なったか。だがこれはこれで悪くねえ。嬲り殺しショー開幕ってな! ヒャーッハッハッハ!」
『ネーダ。楽しむのは結構だが、あまり時間をかけて追手が来ては面倒だ。速やかに終わらせて引き上げるぞ』

 高笑いをする冒険者風の男……ネーダに、仮面の男が静かに言う。その言葉にはまるで揺らぎが無い。あたかも目の前のことなど、この男にとってどうでも良いことのように。

「分かってるって。ってなわけでそこのお前、どこの誰だか知らねえがとっとと死ねやぁっ!」
「ぐぅっ!?」

 ネーダの一撃を何とか受け止めるヒース。しかし傷のせいか、その動きは僅かに精彩に欠けていた。

 最初とはうってかわって一気にヒースが劣勢になり、その上仮面の男からの土魔法の対処で余計に動きが悪くなる。ここ数日アシュとの訓練、特に流れ弾を考慮したものをしていなかったら、今頃とっくに動けなくなっていただろう。

「はあっ! はあっ!」
「おいおいどうしたよぉ! 息が上がってんぜぇ」

 だが、それにも限界はある。……一つ、また一つとヒースの身体に傷が増えていき、どんどん体力を消耗していく。

「黙れっ! ……僕は……アイツを……必ず」
『ふむ。大した意気込みだ。だがこちらとしても早々に退散したい所なのでね、速やかに死んでもらえると助かるのだが……どうだろうか?』
「ぐっ……このっ!」

 ヒースは怒りで身を震わせる。やっとだ。この二か月間、毎日のように夢に見た敵が目の前にいる。

 あの時、盗賊団の本拠地に乗り込んだ時、ヒースは目の前の仮面の男と会っている。仮面の男は、()()()()()()()()()()()本拠地とトンネルを崩落させ、数多くの犠牲者を出した。それをヒースは決して忘れない。

 怒りが崩れ落ちそうな体を支え、その手の剣を握る力は衰えない。だが、

「いい加減くたばれよ。この死にぞこないがぁっ!」
「しまっ……」

 怒りは良いことばかりではない。仮面の男への怒りに気を取られ、一瞬ヒースはネーダの動きを忘れた。その代償は大きく、ネーダに懐に入り込まれる。

 繰り出される双短剣。ヒースは何とか捌こうとするが、懐に入られては圧倒的に短剣の方が取り回しが良い。ガキンと音を立てて何とか止められたのは片方のみ。もう片方の短剣が、ヒースの喉元目掛けて突き出される。

(ここまでか……)

 その瞬間ヒースの脳裏によぎったのは、忘れようと思っても忘れられないあの時の記憶。

 あのトンネルを偶然発見した時、突入の指示を出したのはヒースだった。あの選択が本当に正しかったのか、ヒースは今でも考えている。

 状況的に、相手がトンネルを使った直後だったため追撃をかけるのは当然だ。時間をかければトンネルは内側から封鎖される。時間はなかった。だがあの時、富裕層からの催促があったとは言え、自分は功を焦っていたのではないかとヒースは自問自答する。

 応援を待つべきだったのではないか? あるいは本拠地を探ることだけに全力を尽くし、後日準備を整えてから改めて襲撃をかけるべきだったのかもしれない。

 だが、結局あの時突入を決めたのは自分だ。結果として多くの強盗団を捕縛できたが、犠牲はあまりにも大きかった。

 調査隊や衛兵に死者が出ていない? ()()()居ないだけだ! 怪我が元で退役することになった者もいる。

 強盗団側はもっとひどい。崩落に巻き込まれて死者多数。おまけに死者の多くは、自由意思を奪われて働かされていた奴隷達だ。罪が無いとは言わないが、明らかに他に比べて罪の軽い者達だ。

 だというのに……()()()()()()()()()()()()()()

 皆がアレは仕方のなかったことだと言って自身を慰める。父も、同僚も、恋したヒトも、怪我をした者達までが口々に。……だが、それがヒースにはたまらなく苦痛だった。

 悪党から責められても自業自得としか返せない。罪なき者は大半が死者で責められない。

 故に、ヒースは自身と同じく罰を受けるべき者を追い続けた。あくまで信頼できるごく少数の者にだけ協力を求め、周囲から自身の素行が悪くなったと見られてもなお動き続けた。

 あの仮面の男に、正しく罪の報いを受けさせるために。

 そうしなくては……自分で自分が許せなかったから。

 そうすれば……もう一度胸を張って先に進めると信じたから。

 だが、どうやら自分はここまでらしい。喉元に迫りくる短剣。命を刈り取るそれを前に、せめて目を閉じることだけはすまいとヒースは敵を睨みつけ、

「諦めんなこのバカっ!」
「なっ!?」

 突如ヒースの前に、見覚えのある物が聞き覚えのある言葉と共に飛んでくる。ヒースは咄嗟に訓練を思い出し、力を振り絞って飛びずさった。次の瞬間、

「金よ。弾けろっ!」
「チィッ!?」

 飛んできた石貨がヒースとネーダの中間で炸裂し、素早く動いたヒースは回避できたもののネーダはその閃光で一瞬目が眩む。そこへ、

「どおりゃあっ!」

 駆け寄ってきた時久が、貯金箱を走る勢いそのままにネーダに叩きつけた。ネーダは咄嗟に短剣でガードするが、目が眩んでいたこともあってガードしきれず距離を取る。

「土よ。ここに集え。“(アース)……むっ!?」
「お前の相手は俺だっ!」

 ネーダの援護に土魔法を使おうとした仮面の男だが、横から殴り掛かったボンボーンの攻撃に詠唱が中断される。

 駆け寄ってきたボンボーンの身体は最低限の応急処置が施されていて、短期間の戦闘なら問題なさそうだ。

「お前達……どうして?」
「どうしてもこうしても無いっての! お前何いきなり突っ込んでんだっ!」

 ヒースがどこか呆然としながら訊ねると、時久は怒ったような態度で返す。

「途切れ途切れに聞いただけだけど、あの仮面の男がヒースの追っていた奴だってことはなんとなく分かる。だからって一人で行くなよ! 付き合うってさっき言っただろうがっ!」
「俺はそっちの都合は知んねえけどよ。見張りしてたら急に襲われた。売られた喧嘩は買うだけだ」

 ボンボーンの方は単純に迎撃しているだけ。味方ではないが敵は同じだ。

「……なるほど。だが良いのか? 予想より手強そうだぞ?」

 時久はヒースのその言葉に相手をチラリと見る。先ほど貯金箱をブチ当てたネーダはもう体勢を整えているし、仮面の男もまだ余裕が有る。倉庫の中に控えている誰かが全く動きが無いのも不気味だ。

「そりゃあ真正面から戦ったらヤバそうだけどな、こっちは応援が来るまで粘れば良いんだ。ならやりようがあるだろ?」
「ふん。……付き合ったことを後悔するなよ。それと」

 そこでヒースは剣を構え直しながら一瞬だけ言葉に詰まり、

「……先ほどはありがとう。助かった」

 時久達に顔が見えないよう、少しだけそっぽを向きながらそうぼそりと呟いた。

しおり