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24 決意と変身

 気がつくと、私の口からはそんな言葉が飛び出していた。
 体は震えている。怒りによる震えだというのは、自分でもわかった。
 一度言葉として外へ飛び出していってしまった怒りは、もう止めようもなかった。
 そんな私を、ディータもミアもアヒムも、驚きの表情で見ていた。

「生贄を捧げた程度で、邪竜はどうにかなるのですか? せいぜい数年抑えられる程度でしょう? それなら、領民たちのため、この国の人々のために根本の原因である邪竜を滅ぼすべきではないのですか?」

 私の中に渦巻くのは、怒りと疑念だ。
 ミアの言っていたことを信じるのなら、エーリクとレーナが生贄に選ばれたのは神託でもなんでもない。ただ単に国内の不穏な勢力を削ぐために、大義名分を与えて始末しようとしているだけだろう。
 彼らが本当に国家転覆をはかろうとしているなんて、私をはじめ、きっと誰も思っていない。彼らにクーデターをするほどの知能があるとは思えないから。
 おそらく、ただ単にエーリクが王家に連なる血筋だから「あたしの大好きな彼氏が王様になったらいいのに♡」と、あの何も知らない平民の女の子が口走っただけなのだろう。
 彼女は無邪気だから、願うことくらいは自由だと信じている。だから、人の婚約者を奪ったとしても「好きになっちゃっただけ」なんて言えるのだ。
 今回の件だってきっと、無邪気に願望を口にしただけなのだろう。
 自身の言葉に責任を持たなければいけないことを、知らずに生きてきたから。どうなるのか、想像できなかったに違いない。
 エーリクもエーリクだ。ただでさえ私との婚約破棄で社交界での立場が悪くなっているのに、それに気づかないはずもないのにレーナを野放しにした。
 あの夜会で私に言い放ったように、本当にレーナを〝守ってやらなくちゃいけない〟と感じたのなら、こんなことになるのを止めるべきだったのだ。
 レーナはまだ仕方ないと言える。でも、貴族としてずっと生きてきた彼が、何も知らない〝無邪気な〟レーナを教え諭さなかったことは罪だ。守ってやるとは、そういうことのはずだ。
 とにかく、彼らは愚かさの償いとして生贄に捧げられようとしている。彼らを放っておけば、エーリクを旗印として国家にあだなそうとする連中が出てくるかもしれないから。
 でも、そんな人間都合の生贄で邪竜とやらの怒りが鎮まるのか、この異変が止むのかは甚だ疑問だ。

「……イリメル、きみはまさか、まだ婚約者のことを……?」

 恐る恐る、ディータがそんな疑問を口にした。
 彼はつまり、こう聞きたいのだろう。
 まだエーリクのことが好きで、死なせたくないから邪竜を倒しに行くのかと。
 彼の疑問が理解できて、私の中の怒りはさらに燃え上がってしまった。

「……違います」

 努めたけれど、それでも声に怒りが滲むのを抑えられなかった。
 ディータに対して怒っているわけではない。
 当然、怒りの矛先はエーリクとレーナだ。

「一生、汚名なんか返上できずに生きればいいんだわ……!」

 恥も外聞もなく口が正直になってしまったら、素直なむき出しの言葉が飛び出した。

「誰があんなやつら、後の世の英雄と聖女になんかにしてやるものですか!」

 純度120%の本音を口にすると、それを聞いたアヒムが大笑いした。彼がこんなふうにお腹を抱えて笑うところを、私は初めて見た気がする。

「最高! そういう理由なら、僕はイリメルさんの話に乗らせてもらうよ。いやー、素直に感情爆発させる人、大好き」

 彼が声を立てて笑ったことにより、ミアもつられたように笑いだした。
 そんなふうに笑われると、自分がとんでもないことを言ったのではないかと不安になるけれど、嘘偽りない本音なのだから仕方がない。

「じゃあ、あたしも乗る。あいつらが邪竜のところへ到着する前にさっさとぶっ倒してやりましょ。そんで邪竜の死体引きずって王都へ凱旋パレードよ。ついでに用無しになった生贄二人も市中引き回しね」
「市中引き回し……素敵な響きですね」
「生き恥晒して今後も元気に生きてもらおうじゃない」

 ミアの言葉に、私は大いに励まされた。
 あの夜会のときに傷つけられた心が、回復していくのがわかる。
 私の心にとっては、怒ることも大切だったのだ。それを蔑ろにしたから、今の今まで傷つき続けていた。
 でも、もうあのときの弱い私ではない。

「あの……ディータさん」

 フランツは仕方ないにしても、ディータも呆然としているのが気になった。
 私の本音に、もしかしたら|幻滅《ドン引き》されてしまったのかもしれない。
 それでも、できたら彼には一緒に来てほしかった。ミアもアヒムも心強いけれど、私が一番信用しているのは、ディータだから。

「ディータさんにとっても、都合がいい話でしょう? 歴代ディートリヒたちの悲願が、ここで叶うのですから」

 何と言って説得すればいいかわからない私に代わって、アヒムがそう言った。彼が言っていることは全くわからないけれど、どうやらそれはディータに届く言葉だったらしい。

「俺は……こんな俺の都合がいいように進んでいいのか……?」

 アヒムの言葉に、ディータはあきらかに動揺していた。きっと、二人にしかわからない会話なのだろう。
 それを知りたいと思ったのだけれど、フランツが傍らでずっと何かを言いたそうにしているのに気づいてしまった。私と目が合うと、彼は意を決したように口を開いた。

「あの、イリメル……私が王都からこの屋敷に戻ってきたのは、お前に知らせなきゃいけないというか、謝らなければいけないことがあって……」
「え? エーリク様たちのことですか?」
「違う違う! あれはもらい事故! 屋敷に帰ってきたら勝手にいたんだよ! 許可してないからね!」
「そうですか。たとえお兄様の手引きであったとしても、別に怒りませんけれど」

 よほど言いにくいことなのか、フランツはどう話したものかと考え込む様子を見せた。
 一体何なのかわからないけれど、今の私はちょっとやそっとのことでは腹が立たない気がする。これ以上ないほど腹が立つ出来事が、先ほどあったばかりだから。

「えっと……スイーラのことなんだが」
「あの子がどうしたんですか?」
「実は……おっきくなってしまったんだ」

 ようやく口を開いたフランツは、そんなことを言い出す。
 それが一体どうしたのか尋ねようとしたとき、屋敷の外に振動が走った。

「おっきくなったって……それはどうしてですか?」
「母さんが、たくさんおやつというか、魔石をあげすぎてしまって……好物だって聞いてたから、たくさん用意したんだと。そしたら、何かみるみる成長というか、巨大化してだな……」
「まあ……!」

 フランツの話を聞きながら、私は嫌な予感がしていた。
 というより、屋敷が揺れていた。
 ドシン、ドシンと、地面を震わせる気配が近づいてきている。
 深く考えなくても、この振動とフランツの話が無関係なわけがない。
 その音が本当にすぐ近くまで迫ってきているのがわかって、私は思いきって扉を開けた。
 するとそこには、スイーラの姿があった。
 王都を立つときに見たのより、十倍くらいは大きくなっただろう状態で。

「……おやつ食べさせ過ぎたらこうなった?」
「ご、ごめん。本当に母さんはやりすぎたと思う」
「いえ……おやつでこんなになるんですか」

 別の生き物かと思ってしげしげ眺めたけれど、どうやらスイーラで間違いないらしい。
 白くてふかふかの毛をはやした、背中に大きな翼を持つ四足の不思議な生き物。
 大きくなったとはいえ見覚えがある姿だ。
 それに何より、こちらをまっすぐに見つめてくる可愛い目は、洞窟で見つけて拾ったときから変わっていない。

「……スイーラ?」

 私が呼ぶと、目の前の大きな生き物は嬉しそうな表情をして、私にその頭をぶつけてきた。
 懐いてからするようになった、この子の〝大好き〟の仕草。
 よろめかないように両足で踏んばっておでこでそれを受け止めたその瞬間、スイーラの体が光りだした。
 そして、それに呼応するかのように私の体も光りだす。

 

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