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ヒースの追っているもの

 ◆◇◆◇◆◇◆◇

 ヒースと合流した俺達は、迎えが来るまでの間これまでの経緯を尋ねることにした。

 ちなみに場所はボンボーン達の居た倉庫前。中に入りたかったけれど、ボンボーンが言うには今夜いっぱい使いの者以外を追い払う事も仕事だそうで入れさせられないとのこと。

「そうか。ならば仕方ないな」
「あんだけ詰め寄っていたにしちゃあ随分と素直じゃねえか」

 それを聞いたヒースの言葉に、ボンボーンがどこか拍子抜けしたような顔で言う。確かにこんな時間まで何かを探していたにしてはあっさりだ。

「使いの者が来るまで待ってからなら文句はあるまい? まあ僕に先に迎えが来ているだろうが、引継ぎしておくのでその者に調べさせる」
「……ケッ! なら良いけどよ。じゃあ俺達は戻るが……ついてくんじゃねえぞ!」

 そう言うとボンボーンは、縛られて転がっていた男達を引き摺って倉庫に戻っていった。嫌っているとは言え二人を連れて行くのは意外に真面目だ。

 余談だけど、中に入ってすぐ小さな椅子が外へ飛んできた。さっきからボンボーンの評価がうなぎ上りなんですけど! ……ただ一人分足らない所に微妙に私怨を感じるな。





「さて、何から話すとするか」
「最初から話してくれよ。こっちは全然分かんないんだから」
「そうだよねぇ。私なんかさっきヒース様のことを聞かされたばっかりで、もっと何が何やら分かんない状況だし」

 当然のように椅子を持っていくヒースに対し、俺一人石に腰かけているからちょっと痛い。自分の椅子を差し出すセプトを何とか宥めながら、ちょっとだけ恨み節も込めて訊ねる。

 ……シーメならそこまで良心は痛まなさそうだけど、ちゃっかり二番目に椅子を確保してたもんな。

「良いだろう。事の発端は二か月前、僕がある事情により調査隊副隊長を退くきっかけになった時だ」

 そう言えばジューネがそんなことを言っていたな。何かミスをして、それが元で副隊長を一時的に退いているって。

「ちなみに何やって副隊長をクビに?」
「クビじゃないっ! 一時的に退いているだけだ。……ラニーを待たせているからな」

 確かに、ラニーさんはヒースに対していつ戻っても良いというスタンスをずっと通していたな。あくまで兼任だから、仮にヒースが戻ったらすぐ副隊長の座を譲れるわけか。

「じゃあ早く戻ってやれよ。ラニーさんの口ぶりだと戻れるんだろ? 今一時的にって言ったしな」
「今やっていることが済んだらすぐ戻るさ。……話が逸れた。まず最初に、調査隊とは言ってもダンジョンの調査のみが職務ではない。むしろそれ以外の方が多い。正式名称は父上の私兵という意味も込めて、都市長直属特別総合調査隊という所か。長いので大抵調査隊とだけ呼ばれるがな」
「凄そう。とっても」

 セプトが珍しくポロリと口から出るくらいに、なんか一気に凄い名称になったな。こっちだと何でも調べる集団みたくなった。

「調査隊は対人、対モンスター問わず対応できるよう訓練を受けているため、場合によっては衛兵や常備軍に協力することもある。そしてあれは、町の治安維持のため衛兵と合同任務をしていた時だった」

 そこでヒースは少しだけ遠い目をする。

「当時この町で、富裕層を標的とした組織的強盗事件が多発していた。犯行の手口は大勢で家に押し入り、家人を拘束して金目の物を根こそぎ奪っていくというものだ」
「あっ! それなら私も聞いたことがある! 逃げ方が不思議だって衛兵さんの噂になってた。私達が巡回している場所からは離れていたから直接は知らないけどね」
「不思議? なんのこっちゃ?」

 手口が凶悪とか残虐とかはよく聞かれるけど、逃げ方が不思議というのはあまり聞いたことが無い。

「妙なことに、奴らは逃走中に突然消えるのだ。まるで霧か風にでもなったかのようにな」
「消えるって言うと……転移系の術者か道具持ちが居たとか?」
「魔法に反応する探知機等も用意していたが、まるで反応がなく捜査は難航した。当初は衛兵だけで調べていたのだが、富裕層から早く解決しろと圧がかかったことから、調査隊と合同になったのだ」

 なんか刑事ドラマかミステリーっぽい話になってきたな。異世界でそれはどうかと思うけど。

「その後調べていく内、その犯罪集団の恐るべき手口が明らかになった。奴らが突然消えた理由は分かれば実に単純。……トンネルだ」
「トンネル? まさか逃走先に抜け穴でも掘っていたとか?」
「ああ。だが厄介なことに、()()()()()使()()()()()()()()()だ。これでは魔法探知機に反応しない」

 割と良くあるネタで肩透かしを食らった感じだったが、魔法無しの手作業となると話が変わる。

 この世界では魔法が、特に土魔法があるから工事自体は結構楽だ。その代わり、人力では逆に大幅に効率が悪くなる。魔法があるから育たない技術という奴だ。

「違法奴隷を大量に集めることで、無理やり目的地までのトンネルを掘らせていたんだ。作業環境は劣悪。どれだけ犠牲になったか今も正確には分かっていない」

 その言葉に、セプトが軽く自身の首輪を撫でて反応する。何か思う所でもあるのかもしれない。しかし違法奴隷って……穴掘るだけなら奴隷以外でも良いだろうに。

「ご丁寧に一度使い終わった後は、内側から封鎖して外から分からなくしていてな。結局これが分かったのは、そいつらの犯行時丁度近くを見回っていた調査隊員が駆けつけたためだった。偶然抜け穴に入る所を見なければまだ捜査は行き詰まっていただろう」
「だけど偶然でも事件が解決できたんなら良いんじゃないか?」
「全部解決できたのならな。……話はそう上手くいかなかった。トンネルを逆に辿り、奴らの本拠地に突入したまでは良かったが、その際に奴らの首魁は仕掛けていた罠を作動させたんだ。トンネルと本拠地の一部ごと俺達を生き埋めにしようとな」
「……つまり最後の手段の自爆スイッチみたいなもんか?」

 俺の脳裏にドクロのマークのスイッチが浮かび上がる。悪の組織に自爆スイッチはお約束だよな。これも一種のロマンだ。……実際にやられたらシャレにならないけど。

「調査隊と衛兵達に死者は出なかったが、崩落の際に怪我人が多数。相手の側も死者が出る酷い結果になった。肝心の首魁は盗品の一部を持って逃走。今も見つかっていない」
「…………そっか」

 ヒースはどこか辛そうな顔をしていた。シーメやセプトも息を呑んでいる。思ったより悲惨な内容に、俺もどう言葉をかけたものか分からない。

「トンネルを塞がれる前にと慌てて突入指示を出したのは僕だ。結果奴らの多くを捕らえることは出来たが、こちらにも多くの怪我人を出した。それに盗品も全ては取り戻せていない。……誰かが責任を取らないといけなかった」
「それで副隊長を辞めることになったのか」
「だから辞めたんじゃない。……本来なら辞めるべきだったのだろうが、父上やゴッチ、ラニーたちの口添えもあって一時的に任を解かれただけだ。実質は謹慎処分のようなもの……気を遣われたんだろうな」

 それを言うならヒースだけが責任を取る必要なんてない。そう言おうとしたが、ヒースの目を見ると下手な慰めは逆効果になりそうだった。

「そうして僕は屋敷に連れ戻され、謹慎が解けるまで講義と鍛錬の日々を送ることとなった。そこの話はもうお前達には話したな?」
「えっと……数度受けただけで大体理解できてしまう講義なんかやっても意味がない。それなら外へ出てラニーさんと一緒に行く店を見繕った方が有意義だ。って話だったかな?」

 以前ラーメン屋で聞かされたこと。今回はシーメもいるので大雑把に意訳すると、大体合っているという風にヒースは頷いた。

「でも結局、今までの話と夜中まで出歩いて何かを探していたこととどう繋がるんだ?」
「これまでの話は前提として知っておくこと。ここからが本題だ」

 ようやくか。その言葉を聞いて俺も背筋を正す。

「結論から言うと、あの倉庫の中には()()()()()()()()()()()()()()()()()()可能性が高い。僕の目的はそれを使う何者か、そしてそれを辿って逃亡した組織の首魁を捕まえることだ」

 そう言ったヒースの目に一瞬見えたのは、抑えようと思っても抑えきれない激情だった。




「え~っと、よく分からないんですけど、どうしてそのトンネルの残りがあるってことが分かったんですか? 捕まえた犯人が口を割ったとか?」
「いいや。捕らえた奴らは自分達の使っていた分しか把握していなかった。トンネルを掘らされた違法奴隷も大半がその時死亡。助かった奴隷に全体を把握している者はなく、判明した分も駆けつけた時には崩落していた。全てを知っていたのはおそらく首魁一人だ」

 シーメの言葉にヒースはそう返した。情報は知っている人が多いほど洩れやすい。多分その点を考えてのことだろう。

「まだ残っているトンネルの存在を知ったのは、謹慎中に僕が懇意にしている情報屋からの連絡があったからだ。似た手口の事件がまた起きたとな」

 情報屋ねぇ。……もしかしてキリじゃないだろうな? 俺の頭にあのもふもふに目がない情報屋が浮かび上がる。

「規模こそ小さかったが手口はほぼ同じ。以前向こうも組織が半壊したからな。あまり大規模な動きは出来ないと見える」

 そりゃ本拠地を自爆させたくらいだしな。仮に()()()()()()だったとしても、簡単には補充出来ないはずだ。

「それから俺は情報屋と協力し、町中に存在するトンネルを探して幾つかの場所の候補を絞り込んだ。だがそれ以上は直接現地で見ないと分からないし、下手に突入すればまた崩落させられる恐れがある。なら後は……使う瞬間を狙うしかない」
「つまり出口候補で待ち伏せして、入るなり出るなりした所を捕まえるつもりだったと? なら何で都市長さんに言わなかったんだよ!」
「今の僕は謹慎中だ。父上の兵は借りられない。個人的に付き合いのある調査隊は現在ダンジョンを調査中で動けない。おまけに大勢で動けば察知されてまた雲隠れされる可能性も有った。……動くなら少人数でだ」

 下手な所で真面目なんだからまったくもう。都市長さんならそういう隠密系の人の心当たりくらいあるだろうにな。

「じゃあこれまで講義を抜け出していたのは」
「場所を探し、候補の場所で張り込む為だ。これまでの事件発生は全て夜。だから現行犯で捕らえるなら夜に動くしかなかった」
「……なんともまあ人が聞いたら呆れるぞそれ。……で? その候補の一つがここらへんなのか?」
「ああ。これまでの場所は全て空振りだった。残るはここともう一つだけだ。もう一つの方はやや可能性が低めだったので、個人的に信用できる者を向かわせた。……出来れば情報屋にも協力させたかったが、急に仕事が入ったとかで数日前から町を離れていてな」

 やっぱりそれキリの気がするな。指輪の情報探しでこの前出かけてたし。かち合っちゃったか。

「そしておそらくこの倉庫群のどれかだと当たりを付けていたが、わざわざ見張りまで居るとなるとあの倉庫でまず間違いない」

 見張り、それも今日のみの短時間という事は、今日何かやらかす可能性が高い。それこそトンネルがあるとしたら使うほどの何かを。

「大体話は分かったよ。だけどやっぱり危ないからさ。迎えが来たら素直に帰ろうぜ。……都市長さんも何だかんだ心配してるみたいだし、後はその迎えに来た人に引き継いでもらおう」

 何故か「ご主人様がそれを言うの?」って視線がセプトから来ている気がするが気にしない。

「……どのみち候補はここを合わせてあと二つ。おそらく今日事態は動く。それが僕が見張っている間か、引継ぎが来てからの違いだ。……僕としては自分でケリを着けたいところだがね」
「……分かった。じゃあそれまではこっちも張り込みに付き合うよ。相手が何人で来るかは知らないけど、そんなに多くはないだろうしな。それにエプリ達もこっちに向かってるし」

 このくらいの人数なら気付かれたりもしないだろ。わざわざ見張りを置いたってことは、自分の手が回らないからって考えられるしな。

「私も付き合いますよ~っ! どうせお姉ちゃんもソーメも来るまでまだ間があるし、町の平和を守るのが『華のノービスシスターズ』の仕事ですから」
「私も、付き合う」
「お前達……ふっ! 良いだろう。付き合わせてやる」

 ヒースは一瞬呆けたような顔をして、そのまま少しだけ表情を和らげた。

「……ただし一つ条件がある」
「何だよヒース。条件って?」
「単純な話だ。……名前は呼び捨てではなくさんか様を付けろ」

 あっ! そこは拘るのね。

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