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閑話 風使い、後輩、三人娘(末っ子) その四


「……一応言っておくけど、私達にここに留まる義務はないわ」
「存じております。しかしながら、この取引が失敗すると都市長様にご迷惑がかかります。それは皆様も本意ではない筈。何卒ご協力をお願いできませんか?」

 私達はあくまで部外者だ。ネッツの言う取引に関わる義務もない。なのでさっさとトキヒサと合流するつもりだったが、都市長を引き合いに出されて少しだけ思案する。

 都市長は雇い主(トキヒサ)の支援者であり町の有力者だ。戦闘ならともかく交渉事で自分達に何か出来るとは思えないが、ここで無理に押し通って都市長の心証を悪くするのはトキヒサに不利益だ。

 かと言って、長く留まるのは護衛の仕事が疎かになる。今回は偶々こちらに厄介ごとが来たが、あの歩く事件吸引機のようなトキヒサを長く放っておくのは危険すぎる。

「あの、エプリさん。私、残っても良いと、思います。ネッツさんも、困ってるみたい、ですから」
「あたしもよく分かんないけど残っても良いっすよ! センパイの方でヒースって人を見つけたんなら、慌てて迎えに行かなくても良いんじゃないっすかね?」

 二人共残ることは問題なさそうだ。ただ、ソーメはネッツとも繋がりがあるから協力したいというのは分かるけど、オオバはもう少し考えて発言して欲しい。

「……分かったわ。取引が一区切りつくまでは待つ。この分は貸しということで良いのよね?」
「それで構いません。ありがとうございます。……では、しばしご同席願います」

 少し考えてからそう言うと、ネッツは深々と頭を下げる。腕利きの商人にしては珍しい口約束。貸しと言ってもどのくらいか分からないのに了承するなんて、それだけこの取引が重要という事かしら。

 こうして私達はこの取引に立ち会う事となった。これがどのような意味を持つのかも知らずに。




『待たせたか?』
「いえいえ。予定よりも早いくらいですよ。私共が大分早めに来ていただけなのでお気になさらず」

 やってきたのは妙な相手だった。体型の出ない黒いローブを着ているが、背の高さや仕草からしておそらく男だ。

「うわぁ……メッチャ怪しいっすね。あの人達」
「こ、怖そうです」

 オオバとソーメがこっそり話しかけてくる。怪しいというのは同感ね。

 先頭の男は白い仮面を着け、声もその効果か不自然に細工されている。正体を隠すにしてもかなり徹底しているわね。

 他にも後ろに控えているようだが、立ち位置からして護衛だろう。少し違和感があるけど。

『ならば良い。……そいつらは?』
「私の護衛兼立会人です。人数が多いのはお許しください。なにせこんな場所と時間ですので」

 ネッツはなんてことないように説明する。この場に同席するに従い、私達は仮ではあるがネッツの護衛という立ち位置となった。あくまでこの取引の間の限定的なものだが。

 ただ確かに数は多い。ネッツの他に元々いた部下と衛兵のまとめ役の男。飛び入りで私達の計八人が付き従う構図だ。取引の規模にもよるが、静かに進めたいのならやや多い。

 対して相手側は仮面の男と、その後ろに控える三人の男達。それぞれ服装も風体もバラバラで、一人などまるで浮浪者のよう……んっ!?

『……良いだろう。では取引を始めよう。品物は?』
「こちらにございます」

 ネッツの言葉と共に、部下達が荷車に積まれている袋を抱えてくる。複数人で抱えるほど重量があるようだ。それを取引相手と私達の中間にゆっくりと置く。

『確認させろ』
「はい。……君達」

 ネッツの部下が袋の口を広げて中身を相手に見せる。こちら側からではよく見えないわね。

『直接触れて確認したい。構わないか?』
「お待ちを。その前にお代の方を確認させていただきたく」
『……これだ』

 向こうも懐から袋を取り出し、こちらに向けて中身を見せる。あれは……金貨のようね。それもかなりの数。仮に中身が全て金貨だとすれば、どう少なく見積もっても三、四十万デンはいく。

「す、すごい大金、です」
「……意外ね。都市長とも繋がりがあるのだから、大金は見慣れているかと思ったけど」
「教会は、質素倹約を旨と、しているんです。だから、あんまり」

 確かに、凶魔用の部屋があるとは言え、教会の規模自体はあまり大きくはなかった。金の管理はエリゼ院長がしているとして、それならソーメ達が金貨を見慣れないというのも納得できるわね。

『先に確かめさせてもらうぞ』
「ようございます。どうぞ」

 ネッツの言葉を聞くや否や、仮面の男は置かれている袋に近づき中を探り始める。そして一つ何かを掴みだすと、袋からゆっくり引き抜いて観察し始めた。

「あれは……魔石?」
「はい。今回の取引の品です」

 私が何気なく呟いた言葉に、ネッツがぼそりとそう返す。ただ口元を手で隠しながらこっそりとだ。それを見て私も口元を向こうから読まれないよう隠す。

「あの袋の中身が全部? ……それにしては向こうの出した額とは釣り合わなそうね」

 魔石の質にも依るけれど、あの量ならおよそ金貨十枚くらいといった所だろうか? その数倍の額を普通に出すのは妙だ。

「詳しくは話せませんが、特殊な細工が施されている魔石でして」
「……相手からすればそれだけの価値があるという事ね」

 仮面の男は何か納得したように一度頷くと、懐から取り出した紙と魔石を見比べ始める。どうやら照らし合わせているようだ。

「……ところでネッツ。向こうの後ろに控えている奴らだけど」
「はい。……あの方々は妙ですね」

 最初は護衛だと思っていたのだけど、よく見るとどこかおかしい。

 浮浪者のような身なりの男と、普通にそこらを歩いていそうな町人風の男。それと冒険者風の男の三人だが、前者二人はどう見てもそうは見えない。

 明らかに目の焦点は合っていないし、口元がずっと動いているが独り言か何かのようだ。

 冒険者風の男はその限りではないが、嫌な感じの笑みを浮かべてこちらを見る瞳はまた別の意味で淀んでいる。あれは出来れば雇い主にしたくない類だ。

「……それと、あの中の一人に見覚えがあるわ。確か以前商人ギルドに居たわよね?」
「ダストンさんですね。勿論覚えています。前と大分見かけが変わっているようですが」

 以前トキヒサ達と一緒に商人ギルドに行った時、騒ぎを起こしてネッツに投げ飛ばされた男。ダストンという名前までは忘れていたが、顔は薄っすら覚えていた。

 何があったのかは知らないが、それが今では浮浪者のような姿でそこに立っている。奴隷にでもなったかと思い首元を注視するが、隷属の首輪を着けている様子もない。

「そのダストンさんってのは知りませんけど、あれどう見ても普通じゃないっすよ? お酒の飲み過ぎか変な薬でもやっちゃったんじゃないっすかね?」
「……かもしれませんね。一応取引が終わったら、ダストンさんの方も調べてみないといけませんね。場合によっては荒事になるかもしれません」

 悲しい事ですけどね。とネッツは軽く帽子を被り直す。先の一件を根に持っているのならあり得る話だ。……と言っても、向こうがこちらを認識できているのかも不明だが。

『……良いだろう。品物に間違いはなさそうだ。そらっ!』

 仮面の男は確認を終えると、ネッツに向けて金の入った袋を投げ渡した。ネッツは慌てて何とか袋を受け止めると、中身の金貨を数え始める。

「……確かにお代を頂戴致しました。品物の運搬は如何しましょう? こちらの荷車とヒトをお貸ししましょうか?」

 袋にぎっしり詰まった魔石はかなりの重量がある。普通に運ぶのはそれなりに苦労するし、相手側の荷車も見当たらない。ネッツの指摘はもっともだ。

『構わん……と言いたいが、折角の厚意だ。荷車だけ借りるとしよう』
「かしこまりました。返却の際は五日以内に商人ギルドまでご連絡いただければ、ノービス内であればどこへでも取りに伺います」

 ちなみに荷車云々は決して厚意だけのものではない。先ほどの衛兵達の動きからも分かるように、おそらくこの仮面の男達は、ここに来た時から見張られている。

 すぐに捕まえるという風でないのは、多分泳がせているからだろう。この男が誰かと接触するか、又は根城に戻るのを待っているといった所か。

 どちらにせよ見張るのであれば、荷車で荷物を運ぶ方が見張りやすい。ネッツの部下も一緒に行くという事であれば尚のことだったが、流石にそれは向こうから断ったのでどうしようもない。

 荷車に魔石の詰まった袋を乗せ、牽き手をダストンと町人風の男が務める。

『では、取引はこれで終了だ。荷車は()()()返却する』
「はい。本日はありがとうございました。またの取引をお待ちしております」

 ネッツはにこやかに笑いながら片手を差し出す。握手の体勢だ。仮面の男はそれを見て一瞬考えこみ、『ああ。()()()()有意義な取引だった』とその手を握り返した。




「ふぅ。終わったっすねぇ」
「そう、ですね」

 荷車を牽いて男達が去っていったのを確認し、オオバとソーメは大きく息を吐いてその場に座り込む。アナタ達は特に何もしてないでしょうに。ふと空を見ると、今まで雲に覆われていた三つの月の一つが顔を出していた。

 ネッツはそこらに散らばる瓦礫の一つに腰かけ、煙管を取り出すと指先から火を点けて一服し始める。火属性の使い手だったらしい。

 部下達も思い思いに休んでいる。やけに疲労の色が見えることから、もしかしたらここに来る前にも何かあったのかもしれないわね。

 そうして疲れを取っていたネッツの所に、取引に立ち会っていた衛兵の男が歩いていく。

「では我々はこれで。あの者の後を追い、魔石が何処へ流れるか突き止めねば。……ギルドまで送らせましょうか?」
「いえいえ。お気遣いは無用です。私共の仕事はこれで終わりですので、ここで少し休んでから戻ります。皆様は構わず職務を全うしてください。それと、都市長様によろしく」
「分かりました。……それと、貴方方」
「……私達のことかしら?」

 急に衛兵がこちらを振り返る。もうこれ以上は付き合うつもりは無いのだけど。そう思っていると、急に男はこちらに頭を下げた。

「この度は都市長様の客人に無礼を働き、誠に申し訳なく思います」
「えっ!? どしたんすか急に? さっきまでとはまたえらく感じが違うっすね?」
「先ほどまでは取引を滞りなく進めることが第一でしたので。それも終わり、次の職務に向かうまでの間に是非謝罪をしたく」

 オオバが驚く中、男はそう言って頭を上げる。

「別に良いわ。アナタはただ職務に忠実だっただけ。それを責めるつもりは無いわ。……分かったなら早くあのヒト達を追う事ね」
「ありがとうございます。では、これにて失礼します」

 そう言い残すと、衛兵の男は素早く身を翻して仮面の男を追って行った。……周囲に潜んでいた者も少しずつ移動していくわね。

「それにしても、皆様お疲れさまでした。この度は急な頼みに応じていただき感謝致します」
「お疲れ様、でした。ネッツさんも」
「……私達はただここに居ただけよ。それほどのことはしていないわ」

 一服が終わったのか、今度はネッツが話しかけてきた。ソーメも丁寧にお辞儀をする。ただ本当に大したことはしていないので、この分では貸しも大したことにはならなそうだ。

「それでもです。時は金なりと申します。貴重な時間を割いていただきましたので。……お礼の方は後日改めてさせていただきます」
「お礼っすか! 良いっすね! それならあたしは買ってほしい物がた~くさんあたっ!?」
「いつまでも喋ってないで行くわよ。……予定外に時間が掛かったけど、早くトキヒサ達を迎えに行かないと」

 出しゃばろうとするオオバを風弾でお仕置きし、今度こそ出発しようとした瞬間、

「ぐわあああぁっ!?」

 衛兵達が追いかけていった方角から、夜の静寂を裂くような大声が響き渡った。

しおり