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ヒロイン集結


 異様な熱気で辺りは、包まれていた。
 俺の婚約者と名乗るハイスペック女子、冷泉 マリアの登場により、ミハイルは怒りを露わにする。
 そして、なぜか二人の話を聞いていたひなたまで、マリアを鋭い目つきで睨む。


 ひなたの視線に気がついたマリアは、何かを察したようで、「あら?」と口にする。

「ひょっとして……あなたもタクトの小説に登場するヒロイン? ここにいる彼より劣る胸部だったけど」
 酷い! 男に劣るって表現。

 ふと、隣りで立っていたひなたの横顔を覗き込むと。
 歯を食いしばり、小さな両手は拳を作っていた。
 うわっ、めっちゃ怒ってるよ。

「あなたね! いきなり人の胸を触っておいて……なんなのよ! それに、私も新宮センパイの小説に協力しているヒロインの一人だわ! 急に出てきて婚約者とか、詐欺じゃない? センパイの優しさにつけこんで、騙す気でしょ! 童貞だから!」
 えぇ……なんか、最後ディスられた?
「さっきも言ったけど。私とタクトは10年来の仲よ。小学生の時に成功率が低い心臓の手術のため……タクトは約束してくれたの。結婚してくれるってね。だから、私こそが本当のヒロインなの。高々、半年ぐらいの付き合いでしょ? 想いのレベルが違うわ」
「ハァ!? 10年前って……子供の時でしょ? やっぱり、センパイの優しさにつけこんだストーカー女じゃない!」
 と犯人はお前だ! みたいな感じで、ビシッとマリアに向けて指をさす。
 だが、マリアは何を言われても、至って冷静だ。

「優しさにつけこんだですって? こう見えて、私とタクトって抜群の相性なのよ。あなたこそ、自分の趣味や性癖を彼に押し付けてない? 無理は良くないわよ。私ならタクトのために全てを合わせられるわ。彼が望むことは全て……」
 そう言って、視線を俺に向ける。
「なっ!」
 どんな性癖にでも付き合うわ……みたいな告白を堂々とされ、言葉を失うひなた。

 
 こうして、ヒロイン達はコテンパンにされるのであった。

  ※

 覚悟の違いを見せつけられて、黙り込むミハイルとひなた。
 マリアは気が済んだようで、長い金色の髪をかきあげると、最後にこう言った。

「私、こう見えて諦めが悪い女なの。タクトを奪った泥棒猫に会って確かめたかったけど。この場にいないんじゃ、仕方ないわね。あなた、アンナっていう子のいとこなのでしょ? なら、伝えておいて」
 そう言うと、ミハイルの小さな胸を人差し指で小突く。
 彼は怯えた目で、マリアを見つめる。

「タクトを返してもらうわ、ってね」
「……」

 エメラルドグリーンの瞳を潤わせ、脚をガタガタと震わせる。
 こんなに怖がっている彼は、初めてだ。

「じゃ、タクト。またね」
「お、おう……」
 思わず、反応してしまう。

 ていうか、マリアのやつ。
 俺の身にもなってよ……。
 こんな修羅場にしておいて、残された俺はどうすればいいの?


 静まり返る廊下に、始業のベルが鳴り響く。
 昼休みが終わりを迎えたのだ。

 しかし、ミハイルは俯いて黙り込んで、一向に動かない。
 それは隣りにいるひなたも同様だ。

 余りにも重たい空気で押しつぶされそうだったので、俺が先に話しかける。

「な、なぁ……マリアのことはその、あれだ。俺も忘れていたぐらい昔のことでな。彼女も小説のヒロインになりたいと頑張っているみたいだぞ」
 自分で言っていて、変な話だなと実感した。
 しかし、俺の放った言葉に二人はピクッと身体を動かせた。

「「ヒロインになりたい!?」」

 あら、息がぴったり。
 そして、怒りの矛先は俺へと向けられた。

 まずはひなたからだ。
「センパイ! ちょっと、それ。あのマリアって子をヒロインにさせる気ですか!? これ以上、ヒロインはいらないでしょ!」
「う……まあ、それは……編集に聞いてからじゃないとな」
 悪い、白金。
「そんなこと、作者であるセンパイが決めれば、いいんですよ! アンナちゃんは確かに、ブリブリして女から嫌われること間違いなしですけど……私はライバルとして、認めてます!」
 気がつけば、涙をポロポロと流していた。
 よっぱど、悔しかったのだろう。
「しかしだな……作品のクオリティを高めるために……」
「認めません! アンナちゃんなら許せます!」
 ちょっと、さっき決めるのは、作者の俺だって言ったじゃん。


 最後にミハイルだ。
 と言っても、視線は俺に向けず。立ち去ったマリアの方を睨んで。
 誰もいない廊下に向かって、静かに喋り始めた。

「オレ、あいつだけは許さない……絶対に」

 小さなピンク色の唇を噛みしめて、怒りを抑えるのに精一杯のようだ。
 いきなり現れたマリアを見て、何も出来なかったミハイルだったが……。
 どうやら、反撃する覚悟が決まったようだ。

 ていうか……この間。
 ずっと、隣りに立っているひなたに右足を踏まれ続けて、痛いんですけど。

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