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閑話 都市長と用心棒と衛兵隊長


 ◇◆◇◆◇◆◇◆

「急げっ! あと一時間で出発だぞっ!」
「分かってる! 納品にまだ時間が掛かるんだ。……おいっ! 準備はどうなってる?」
「八割方といった所だ。終わるまでもう少しかかるっ!」」

 ここはノービス中央会館の近くに建てられている衛兵の詰め所の一つ。ノービスにはこのような詰め所が分散して配置され、それぞれ数十人から百人単位で衛兵が常駐している。

 ただしこの詰め所はノービスの中枢と言うべき中央会館に一番近いということで、有事の際には要人が避難し立てこもる想定がされている為、規模としては最も大きく砦と言っても間違いではない。

 衛兵の人数も、常に交代制で五百近い人が居ると言えばどれだけ破格か分かるだろう。
 
 ちなみにあくまでノービス内の警備や治安維持に当たるのが衛兵であり、戦争等で主に戦う常備軍とは異なる。

 さて、そんな詰め所ではあるが内部は喧騒に包まれていた。慌ただしく衛兵が通路を行き来し、もはや罵声に近いレベルの声が飛び交っている。

 その中の一室、貴賓室において三人の男が向かい合って座っていた。ドレファス都市長とアシュ、そして衛兵隊長のベンである。

「出発まであと僅か。急な申し出によく応じてくれたなベン。働きに感謝する」
「感謝など不要ですよドレファス都市長様。我々はただ責務を全うするのみですから。……しかし驚きましたな。まさか先日の荷車横転事件がここまでの大事に発展するとは」
「そこについては目の前で関わった俺も同感だな。まあこうなるって分かっていたら、もう少しやり方が変わっていたかもしれないが」

 アシュがどこか苦い顔をしているのを横目に、都市長が景気つけとばかりにグラスに酒を注いで口に含む。その一連の動きは優雅ではあるが、決してそれだけではないのはその鋭い瞳を見れば明らかだ。

 先日、初めて時久がこの町に来た時、目の前で急に荷車が横転した事件。その荷車の御者であるラッドを衛兵が聴取した所、その裏に隠された問題が明らかとなった。




 事のあらましはこうだ。まずラッドを使って荷物、正確に言うと荷物に紛れ込ませた魔石を運ばせていたのは、ラッドの証言によると商人ギルドの仕入れ部門トップのネッツだという。

 ギルドを通さないこと自体は問題行為ではない。多少金を多く積む必要があるが、仕入れ部門トップとなればその程度の額は誤差の範囲だ。だが、

「しかし、まさかネッツ氏も()()()()()()()()()()()()()とは思っていませんでしょうな」

 ラッドを医療施設に運び、荷物の依頼主であるネッツに確認を頼んだ所、そもそも荷物を依頼していないというのが発覚した。

 ラッドの持っていたサインを調べるとよく出来た偽物だと判明。荷物の代金を支払わされたネッツとしてはいい迷惑だっただろう。

「だが本来ならそれも発覚しないはずだった。襲撃が未遂に終わったのは不幸中の幸いだったと言える」

 衛兵達が事故の後周辺を捜索した結果、近くの裏通りにそれなりの人数が襲撃の準備をしていた痕跡や証言があった。

 おそらく荷車が横転したのも事故ではなく故意。横転した所を襲撃してラッドを口封じに殺害、荷物を奪取する計画だったのだろう。

 しかし横転してすぐに時久達が来たこと、しかもその中に都市長と繋がりのあるラニーやアシュがいて襲撃を断念したというのがここの面子の見解だ。

「ラニーの口利きで審査を顔パスしたから、その分前との間隔が短くて間に合ったんだろうな。ツイてたと言っちゃあツイてたな」
「こちらとしてはそれを部下の怠慢と叱るべきか、まわりまわって人命が助かったのだから褒めるべきか悩ましいですな。……まあ両方するとしますが」

 誰がネッツの名を騙ったかは現在調査中だ。しかし状況的に商人ギルドの誰かの可能性が高く、そしてサインを偽造できるとなると限られている。もう数日もすれば進展があるだろう。




「それにしてもドレファス都市長様。疑う訳ではないが、本当に確かな情報ですかな? ヒトの人為的な凶魔化、それに必要な魔石を精製しようする輩がこの町に居るというのは?」
「可能性が高い……という所だがな」

 押収した魔石を詳しく調べた所とんでもないことが判明した。時久達がダンジョンにおいてバルガスから摘出した魔石。それと同じ細工が押収した魔石にも施されていたのだ。

 調べる際に偶然その手の知識のある者が担当になって発覚し、都市長の耳にも入ることとなった。

 送った相手も現在調査しているが、こちらに関してはラッドはただの中継で、受け取った品が何処から来たかまでは知らされていなかった。

「それとネッツから妙な話を聞いた。一応荷物の受け取り主として受け取ったものの始末に困っていた魔石を、わざわざ欲しいという連絡が来たと言う。それも荷物に在った品と指定した上で相場より大分高い値段でだ」
「よく言うよ都市長殿。事情を話した上で囮としてネッツさんに渡したんだろ? この魔石を欲しがるヒトがいたら知らせてくれってな」

 アシュはそんな事を言って笑う。その魔石の意味を知っている者からすれば、それは多少の金を積んでも取り返したい筈だ。そう考えて協力を頼んだ都市長だが、ネッツは都市長に貸しが出来ると喜んで協力した。

 そして現在、ネッツは信頼できる少数の護衛と共に取引場所に向かっている。指定された場所は大通りから大分離れた場所で、後ろ暗い取引にはぴったりの場所だ。

「取引が終わり次第取引相手の後をつけ、ねぐらを掴んだらそのまま包囲して強襲。分かりやすいやり方ですな」
「作戦は準備こそ綿密に行うものだが、内容自体は単純な方が良い。……あえて取引場所に一番近い詰め所ではなく、やや離れた場所であるここで準備をしているのは用心の為だがな」
「用心深いのは結構なことですな。()()()()()()()()()()()殿()()()()()()()()()()()もその用心の一種ですかな?」
「その通りだ。最悪間に合いそうもなければ置いていくつもりもあったが……なんとか間に合いそうで安堵している。必要無いなら無いで良いのだがね」
「左様ですか。……さて、では私は準備の方に戻ります。お二方はしばしこちらでおくつろぎください。では」

 そう言ってベンは敬礼し、きびきびとした動きで部屋を出ていった。




「ふむ。……飲むかね?」
「いえ。酒は好きなんですが弱いもんで。特にこれから忙しくなりそうなんで止めときます」

 都市長が酒を勧めるが、アシュは軽く手を振って断りを入れる。公式の場では不敬にあたる態度だが、この場には二人しかいないという事でそれなりに緩い。

「しかし、都市長殿自ら出張るとは珍しいんじゃないですか? 書類仕事なんかも溜まるんじゃ?」
「一応今日の分は昨日できるだけやっておいたので気にするな。それに、私の出番がないに越したことはないよ。……今回はそうも言ってられんかもしれないが」
「つまり、場合によってはそれだけ大物が絡んでいる可能性もあると?」

 アシュの疑問に都市長はまた軽く酒を呷って頷く。これだけのことだ。どんな権力者が絡んでいてもおかしくない。その際衛兵だけでは権力で押し切られる可能性がある。都市長はその可能性を懸念したのだ。

「それに、それを言うのならアシュ殿に同行してもらえるとは予想外だ。頼みこそしたがジューネから離れないと思っていたのだがね」
「……まあ普通なら如何に前の雇い主の頼みでも、今の雇い主をほっとくってことは筋が違うんですがね。一応ネッツを通してジューネにこのことはざっと連絡してますし……ちょっと気になる言葉を聞きまして」
「『始まりの夢』……か?」

 その言葉を聞き、アシュから闘気とも言える気配が漂った。肌を刺すようなものではなく、他者を害そうというものでもなく、ただ単に一瞬我を忘れたという感じで。

「『始まりの夢』。かつて伝説と言われた幻のギルドであり、その噂は数多い。曰く全ての冒険者ギルドの基礎を作った。曰く対価と引き換えに一国の王にすら立ち向かった。曰く()()()()()()()()()()()()()()()()など、眉唾な噂が多く今では実在を疑問視されている。……ネッツに連絡を取ってきた者の一人が自らをそう名乗ったというが、アシュ殿はどう思うかね?」
「どうとは?」
「幻のギルドの構成員を名乗る。それは単に箔を付けたいだけのお調子者か、あるいはそれだけの実力がある故か。……先ほどの反応からすると、無関心ということではないのだろう?」
「……さあて。どうですかね」

 そこでアシュは、周囲に漂わせていた闘気を霧散させる。

「どちらにせよ、まずは会ってみないことには何とも言えませんや。それでもし、万が一本当の『始まりの夢』だったりした日には……俺も本気出さなきゃいけませんね」

 腰に差した刀の内の一振り、それを縛る赤い砂時計を模した錠をそっと撫でながら、いつものように飄々と返すアシュ。それを満足そうに見ながら、都市長は残った酒をグイっと一息に飲み干した。

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