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5.初めてのデモ

 店に現れたのは、銀糸のゴージャスな刺繍をした黒の燕尾服の一団だった。
 朱墨ちゃんに説教されていた人たちだ。
「しどろもどろ騎士団? 」
 安菜! 言い方!
 私は「シロドロンド騎士団……」と、ささやき声で伝えた。
 それにしてもあの騎士団、さっきよりも表情が曇って見えるよ。
 何をしにきたかは知らないけど、ああいう表情を見ると、いつもこっちまで暗くなる。
 ハンター・キラーになると、ああいう思いつめた表情をよく向けられるんだもの。

「やあ。ファントム・ショットゲーマー」
 朱墨ちゃんをヒーロー名で呼んだ。
 ん?
 着ている服が、さっきより黒く見える。
 あれは、ぬれてる?
 汗だろうけど、きっとテントからここまで歩いただけじゃない。
 朱墨ちゃんにとっても気の毒だね。きっと恐怖からでる汗だよ。
「このお代を払ってもいいかな? 」
 なんとか表情は、笑顔だとわかる。
 引きつってる顔で、私たちのテーブルを指差した。
 一方の朱墨ちゃんは、私を見てる。
 ダイジョウブ。
 さっき私が言ったことを覚えてるはずだね。

――◆――◆――◆――◆――◆――◆――◆――◆――◆――

「世界が代われば、ルールも違う。
 それがほんのわずかな雰囲気の違いでも、相手の世界では「話を聞く価値なし」とされちゃうかもしれないよ」

――◆――◆――◆――◆――◆――◆――◆――◆――◆――

 表情は今にも、あのドスの効いたキンキン声で怒鳴りそうだけど。
「では、お願いします。できれば、この2人の分も」
 覚えていてくれた!
「ハイ。じゃあ、何かおごるよ。
 一番高いやつでもいいよ」
 アレ?
 シロドロンド騎士団は、下手なナンパをしている?
 あちらの世界のやり方じゃムリだと思って、方法を変えてきた?
 りりしい目、細身で引き締まった体。
 普段なら綺麗でかっこいい、と好かれていそうな、おじさまが!?
 その手がテーブルの上にあるメニューに伸びた。
 バッ!
 ひえ〜。先に朱墨ちゃんがそのメニューをひったくった!
 勝手に決められたくないって怨みが、オーラとなって全身からにじみ出てるよ。
 その直後、朱墨ちゃんの顔が青ざめた。
 凍りついたように、私を見る。
 わ、私にもわかんないよ!
 大丈夫。私は信じてる!
「そ、そこまでは、いりません」
 朱墨ちゃんは、ようやくやっと、という雰囲気でメニューを戻したの。
 おじさまは、手をテーブルに伸ばした姿のまま、固まっていた。
(……どうしよう)
 ムダかもしれないけど、すがる思いでおじさまの部下たちを見た。
 一緒に朱墨ちゃんに怒鳴られた2人だよ。
 20から30代の男女で……それだけ。
 おじさまと同じ服、同じ表情で、なす術もなく直立不動。
 ……アレ?
 2人の後ろに、もう1人いる。
 背はだいぶ小さくて、朱墨ちゃんと同じくらい。
 10歳かな。
 男の子らしい。
 そしてこの子も、本当に暗い表情。

 その時、スマホによばれたの。
 LINEのメッセージ。
 ハンター・キラー仲間から送られてきた。
 でもその内容は……え、こんなこと起こるの?

ドン!

 後ろから、いきなり叩かれる音!
「うさぎ。なんだアレ」
 安菜は、こんな時でもゴウタンだね。
 私の後ろを指さしてる。
 アレ、景色そのものが暗い?
 私が向いているのは入り口側で、壁とステージがあるの。
 後ろには海が見える全面の窓がある。
 ベランダがあって、道があって、その向こうには漁港が見える。
 でも、海は見えなかった。
「あら、何かしら」
「ドッキリ? 」
「フラッシュモブっていうやつだ」
 お客さんも口々に騒ぎだす。
 窓の外は、一面の人だかりになっていた!
 みんな、ハンター・キラーだ!
 しかもその視線は、私たちを。
 いえ多分、シロドロンド騎士団を見てる。
「きっと、このLINEの件だよ」
 朱墨ちゃんにもメッセージ来たんだ。
「私のロボルケーナが仕様書どうりに作られなかったことに対する、抗議デモをする。だって」
 とまどいながらも、誇らしげでもある声だ。
 窓の向こうから突き刺さる、怒りに燃える無数の視線。
 その中で、好奇心から笑っているお姉さんがいる。
 手にしたタブレットのカメラを向けてる。
「ああ、宇潮 心晴さん」
 朱墨ちゃんが歓迎する様子でいった。
「ウチのアナライズ担当です」
 その活発そうな女性が、後ろに向かって手まねきをはじめた。
 呼ばれたのは、お兄さんで、ホクシン・フォクシスで。
「コラー! 」
 いきなりドナってきた!
 その手には、書きたての{装備は仕様書どうりに! 作れ! }
 ねえ、彼もたしか……。
「茂 しゅうじさん、ウチの新入りです」
 その時、騎士団の息を飲むのが聞こえた。
 心配になるよ。
 でもアレ?
 なんだか、とまどいより、怒りが先にでてるみたい。
 相手とどうやってなだめようか、より、追っ払いたいのにそれができない。
 そのことに怒っているような……。
「ええっと……」
 どうして良いのかわからない。
 自分が反対デモにあうことはたくさんあった。
 味方がしているデモにあったことなんかない。
 そもそもハンター・キラーが、これだけ集まるなんて、めったにないもん。

「さがしたよ」
 入り口から声がした。
 それは、見事な太さのドラ声だった。
 安心をくれる声。
 赤いモフモフ神を信じる獣、ボルケーナ先輩だ。
 眠け覚ましかな。
 先輩のワニそっくりの顔には、おでこから鼻の先まで冷却シートが貼られている。
 ああ、それで顔だけ毛がないんだ。
「シロドロンド騎士団のみなさん。お話があります」
 話すたびに、フランスパンぐらいの硬さでプワンプワンとゆれるはずの口が、今はエクレア並みになって垂れ下がってるよ。
「イチゴ味エクレア……」
 ああっ。自然と口から出てしまう。
 自分の食い意地が嫌になる……。
「それとも、もう君たちが話したかな? 」
 MCOパートナーにはあった装備が必要だ、と言うことなら、朱墨ちゃんが……。
 1話で言い忘れたけど、先輩には大きなネコ耳があるの。
 その耳が垂れさがっている。フキゲンのしるしだよ。
「そうかー。じゃあ、これからについて話したいから」

ごぼごぼ

 ……アレ?
 まるで溺れるような泡だつ音が、先輩の声に交じってる?
「私たちのブースへきてください」

ゴボゴボ

 これって、さっきも見た。
 会議での舞台の上で。
 もしかして、先輩の体が維持できなくなってるってこと!?

――◆――◆――◆――◆――◆――◆――◆――◆――◆――

 私は恐ろしい想像をした。
 先輩は全身が赤い毛でおおわれて、白い羽が生えてる。
 それらが、溶けてる。
 まるで、あげる前の天ぷらみたい。
 そうだ、もともと先輩は液体なんだ。
 自分でこうなるところを何度も見てきた。
 でも、これから大事な話をするのに、こんなオフザケをしたっけ……?

ベチャ

 顔が床に落ちた。
「アレ?」
 先輩のその言葉と、見上げる緑色の目には、強いとまどいがあって……。

――◆――◆――◆――◆――◆――◆――◆――◆――◆――

「ボルケーナ先輩。あなたが行くのはブースじゃありません。ベットです! 」
 私は一声叫ぶと、おじさまの手を引いた。
 怒りとともに!
「あなたたちも来なさい!
 今すぐ! 」
 3人の連れにも声をかけた。
 レストランを飛びだす。
 この人たちには、見てもらわなければならないことがあるんだ。
 絶対に!!

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