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閑話 ある奴隷少女の追憶 その五


 私達はしばらくそのまま睨みあって動けずにいた。トキヒサが止めるより、私がナイフで自分を傷つける方が早い。

「首輪を返してっ! 私を奴隷に戻してっ! じゃないと……」

 何者でもないモノになるのは嫌だ。ならナイフを自分に突き立て、そのまま自爆した方が良い。

 早く奴隷に戻してほしいと脅し交じりに懇願し、何故か金が無いと戻せないと渋るトキヒサが首輪を取り出そうとした時、

 ドサッ。

 気が付くと私はその場に倒れ込んでいた。見ると身体から黒い光のような物が漏れ出している。魔力暴走の最終段階に入ったらしい。

「セプトっ!? おいセプトっ! しっかりしろっ!!」
「はあっ……はあっ。大、丈夫。早く、返して」

 呼吸が上手くできず、落としたナイフをトキヒサに蹴り飛ばされる。もうダメみたい。私はこのまま何者でもないモノとして死ぬのだろう。……だけど、

「心配するなって。このまま逃げたりしない。だってそうしたら……お前が死んでしまうだろうが」
「何故死んだらいけないの?」

 目の前のヒトはそんなことを言い出した。私は敵だ。たった今まで戦っていた相手だ。わざわざそんな相手を気にかけるヒトはいない。なのに、

「何故ってそりゃあ……このまま逃げても爆発から逃げきれるか微妙だし、出来れば自分で魔力暴走は抑えてほしいし。あとお前には色々聞きたい事もあるな。クラウンが何をやろうとしているかとか。それと……何と言うかほっとけないんだよっ! ()()()()()()()()()!」

 目の前のヒトが何を言っているのか、私にはまるで理解できなかった。

「あのな。この世界の基準は知らないけど、俺から見たらお前は間違いなく美少女だぞっ! 別にそうじゃなくても目の前で死にかけていたら助けるけど、美少女だったら尚更だろ?」

 よく分からないけど、目の前のヒトは馬鹿なのだろうと感じた。そう伝えると、トキヒサはよく言われると返す。

「という訳でだ。美少女が死ぬのは色々と損失だから助ける。何で奴隷に戻ろうとしているかは知らないけど首輪も返す。……だから死のうとなんてするなよ」
「……分かった」

 私はこくりと了承する。一度首輪が外れた以上、今はクラウンは私の仕える相手ではない。なら命令を守る必要はなく、私を奴隷に戻してくれるというこちらに従わないと。

 奴隷は誰かに従う者なのだから。




 話し合った結果、トキヒサが首輪を返した後、私が魔力を空に放出して抑え込むことになった。

「うん。……じゃあ首輪を」
「ああ」

 手渡された首輪を私は思わずギュッと抱きしめる。これは私が奴隷であることの証。私が私であることの証明。

「……先に着けて良い?」
「えっ!? ……ああ」

 トキヒサが頷くのを確認し、首輪を自分の首に当てると音を立てて固定され、慣れた感触が戻ってくる。先ほどまで常に感じていた不安が落ち着いていく。

「……大丈夫そう。じゃあ、始める」

 私は身体から今も出続ける黒い光のような魔力に意識を集中し、一度深呼吸して上に向けて両手を伸ばす。魔力の流れを上に向かわせる為に。



 そして、目の前の()()主人の命を果たす為に。



 暴走する魔力を上手く放出するのは難しい。一度だけ奴隷商の所に居た頃それに近いことがあったけれど、あの時よりも遥かに難しい。

「…………うっ!?」

 一瞬魔力が抑えきれず態勢を崩しかけ、激痛が絶え間なく身体中を駆け巡る。

「セプトっ!? 大丈夫かっ!?」
「大丈夫。まだ、できる」
「何か俺に手伝えることはないか? 何でも言ってくれ」

 トキヒサが私を心配そうに見つめる。だけどこれは私にしか出来ないこと。手伝ってもらえることなんか……あっ!

「……じゃあ、倒れないように支えてほしい」
「分かった。任せろっ!」

 トキヒサは私の後ろに立つ。これでさっきみたいになっても大丈夫。

「次、いく」

 私は再び両手を上に翳す。終わるまで感覚ではあと十分くらい。それまで身体が保てば良いけど。




 どれだけ時間が経っただろうか? 全力で魔力を放出する中、もう時間の感覚が掴めない。

 でも私が崩れ落ちそうになる度、後ろから支えられていることから着実に時間は経っている。トキヒサはよくやってくれていた。だというのに彼の顔色は優れない。

 何故貴方がそんな辛そうな顔をするの? 貴方のおかげで私はまだ立てているのに。貴方は一切傷ついていない筈なのに。

「もう少し。あと少しで、安定する」

 きっと不安なんだろう。だから彼を安心させるべく私はそう話しかけ、

「…………っ!? あぁっ!」


 ()()()()()


 それは唐突で、身体に力が入らなくなり崩れ落ちる所をトキヒサが受け止める。だけど、

「セプトっ!? お前身体がっ!」
「……もう限界、みたい。ごめん、なさい」

 私の身体から、制御しきれずに噴き出す魔力の靄が周囲に溜まっていく。

「溜まっていた、分が、まとめて、出てこようとしている。これは、抑えられない」

 あと少し。あと少しなのに、視界も朦朧として目の前のトキヒサも遠く感じる。私達を包む幕が軋む音が不気味に響く。

「ごめん、なさい。もう、逃げるのも、無理みたい」

 もう幕を無理やり突破するという方法も使えない。幕が破れれば溜まった魔力が一気に爆発する。

 私は仮の主人の命を果たせなかった。クラウンに比べれば良きヒトだったのに。申し訳ない気持ちになる。だけど、

「……一つ教えてくれセプト。本来魔力暴走って言うのはどうやって止めるんだ?」

 目の前のヒトは、まだ諦めてはいなかった。




「溢れ出す魔力を、誰かが、受け皿になって抑える。その間に、使い手が魔力を、制御する」
「……何だ。意外に簡単じゃないか」

 無理だと言ってもトキヒサは聞き入れようとせず、私は仕方なくやり方を説明する。

 簡単なように思えるけど、使い手と同じ属性じゃないと身体が耐え切れない。私は闇属性。トキヒサはどう見てもヒト種だから闇の適性はない。だと言うのに、

「……よし。話は分かった。()()()()()()()()()()()()()
「ダメ。貴方、死んじゃう」

 適性が無ければ受け皿には耐えられない。だから止めに入るのに、トキヒサは首を横に振る。

「どのみちこのままじゃ皆そうなっちゃうからな。なら一か八か試してみるさ。それに身体の頑丈さには少し自信が有るんだ。早速やり方を教えてくれ。腕にでも触れてれば良いのか?」

 トキヒサは私を支え直して片腕を取り……いや。力を入れずにそっと触れている。この状態でもこのヒトは私を気遣う。

 この状況を何とかするにこれしかないのは分かっていても、仮とは言え主人を傷つけるようなことはしたくない。だけどいくら止めてもこのヒトは聞き入れようとせず、仕方なく少しだけ魔力を流す。

「ぐっ!? ぐわああっ!?」

 驚いた。少しとはいえ、適性が無いのにこのヒトは歯を食いしばって耐えている。

 僅かに余力が出来たこともあり、私は()()()()上に掲げて魔力放出を再開する。

「……ぐっ! こ、これくらい大丈夫だ。言っただろ。俺は頑丈さには自信があるって。だから、構うことはない。もっと魔力をこっちにまわせ」
「でも、これ以上は、貴方が本当に死んじゃう」
「だがこのままじゃセプトの負担がまだ大きい。セプトが倒れたら結局爆発だ。だから、もっとこっちに送ってくれ。それに」

 トキヒサはそこで私の顔をちらりと見た。

「美少女が頑張っているのに、何もできないなんて悔しいだろ? ……安心しろよ。俺は死なない。だから、やってくれ」

 このまま片腕分だけでも何とかなるかもしれない。この身が内側から砕け散る可能性も高いけど、仮の主人にこれ以上怪我をさせることはない。ただ、

 トキヒサが私を見つめるように、私もトキヒサを見つめる。そしてそこに浮かんだのはどこか強がっているような、それでいてどこか覚悟を決めた顔。

 もし目の前に居るのがクラウンなら、決して自分で痛みを引き受けようとしないだろう。でも、今目の前に居るのはクラウンじゃない。

「……うん」

 なら私はこのヒトの覚悟に応えよう。奴隷は主人の為にあるのだから。

 私は下ろしていたもう片方の腕を上げる。トキヒサへ流れ込む魔力が一気に増大し、その分制御が容易くなる。そして、

「……っ!? ぐあああああああぁぁっ!?」

 トキヒサはさっきと段違いの魔力に叫び声を上げた。トキヒサの身体からも、流れ込む魔力が黒い靄となって僅かに放出される。だけど、もう周囲に溜まるより、私が空に向けて放出させる分の方が多い。

「もう少し。もう少しだから」
「ぐああああああぁっ!」

 トキヒサはよく耐えていた。今彼に流れている量は、()()()()()()()()()()()()()()()()、適性の無いヒトなら確実に意識を失い場合によっては死んでいる量。

 とても痛く苦しい筈なのに、彼は私の腕を放そうとしなかった。それも力の限り握りしめるのではなく、どこまでも優しく私に痛みが無いように。

 私は奴隷だというのに。ヒトではなくモノだというのに。どこまでも優しく扱っていた。




 そして、終わりが訪れる。魔力は安定し、私は両腕を下ろして座り込む。その拍子にトキヒサの腕が外れたのが……何故だろう? 少しだけ寂しい。

「もう、大丈夫。まだ少し残っているけど、時間が経てば消えると思う」
「そっか。良かった」

 トキヒサは私の言葉に軽く微笑み、腰を下ろそうとしてそのままバランスを崩した。咄嗟にボジョが彼をその身体で支える。

「ありがとなボジョ。それとセプトも」
「礼を言うのはこっち。助けてもらった。……そんなになってまで」
「いや、まあ、名誉の負傷ってやつだ。気にするなよ」

 トキヒサはそう言ってまた笑おうとするけど笑い話じゃない。その身体は傷ついていない所の方が少ないほどだった。

 魔力が内側から暴れまわった結果、身体はあちこち裂け全身細かい傷だらけ。本人は気づいていないようだけど、目や鼻からも血が流れている。

 今も尚流れ出てる血が服を真っ赤に染め、足元に小さな血だまりを作っていた。



 私のせいだ。私が判断を誤ったから。仮の主人をこんなにも傷つけた。



 何がこのヒトの覚悟に応えるだ。私は奴隷でありながら、主人の意思だと理由を付け無意識の内に痛みを避けた。自身がこの痛みと傷を背負う事から逃げたんだ。

 最初の通りに私が全て引き受ければよかった。奴隷の命で主人が傷つかないのならそれが一番だったというのに。

「それを言うならセプトもだぞ。ローブの下はもう傷だらけだろ? 俺がこんなになっているって事は、セプトも似たようなダメージを受けているって事だからな。ちゃんと治療しろよ」

 全然似たようなじゃない。自分の魔力だから適性がある。だからこの身体も多少裂けているだけの事。貴方の方がよほどヒドイ。

「さて…………うっ!?」
「大丈夫っ!? ……えっと」

 急にトキヒサが眩暈を起こしたように頭を軽く振る。血が足りていないんだ。このままじゃ。

 私は咄嗟に呼び掛けて、この時点ではまだ名前を聞いていなかったことに気が付いた。

「そう言えば言ってなかったな。トキヒサだ。トキヒサ・サクライ。流石にちょっと疲れたから、俺はここで少し休むよ。……セプトはどうする? 今なら逃げれると思うぜ」

 逃げる? どこへ? もう私は()()()()()奴隷ではない。誰の奴隷でもなく、強いて言うなら貴方が仮の主人なのに。それにさっき私の事を話すと約束もしたのに。

「ううん。ここにいる」
「そっか。……じゃあ俺も、少しだけ……眠るよ。起きてから……話を聞かせて……もらうから」

 トキヒサはボジョに支えられ、横になったままゆっくりと瞼を閉じる。まるでもう何も危険はないと言うような穏やかな顔をして。

「アシュさん達には……よろしく……言っておいて。ボジョがいれば……大丈……夫……だから」
「うん。待ってる」

 そうしてトキヒサは意識を失った。もう私の声が聞こえたかどうかも分からない。それでも私は()()()()()と口にする。

 ジロウ。私は以前貴方の言っていた()()()という言葉を信じる。時として逆に死の原因に成りうるとも言っていたけれど、それと同じくらいに約束はヒトの生きる理由になるのだという言葉を。



 ◇◆◇◆◇◆

 フラグ云々は、ジロウが休憩中の雑談に適当に話していたのをセプトが覚えていたためです。ちなみに作者は死亡フラグよりも生存フラグとしての約束を信じる派です。

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