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閑話 ある『勇者』の王都暮らし その五


 遅い。……明が出発してからもう三十分経ったのに一向に戻ってこない。

 イザスタさんは今もずっと戦い続けている。人形の攻撃を躱し、受け流し、その上で私達の訓練のアドバイスもするという離れ技を見せた。

 だけど、いくらイザスタさんでも周囲に人形だとバレないように戦い続けるのはやはり辛いのだろう。少しずつ動きが鈍くなってきた。

「ふぅ。流石にちょ~っと疲れたわねぇ。お姉さん軽く汗かいてきちゃったわん」
「イザスタさんもう止めましょうっ! 明もまだ帰ってこないし一度人形を停止させて」

 私は邪魔にならないギリギリまで近づき、周囲の人に聞こえないよう注意しながら話しかけた。

「大丈夫大丈夫! 少し遅れてるみたいだけど、アタシもまだ二、三十分くらいは……ってあらっ!?」

 その時一瞬人形の姿がブレ、元のマネキンのような姿に戻りかける。しかしイザスタさんがキッと強く視線を向けるとまた明の姿に戻った。そんな状態でも攻撃は止まらず、イザスタさんも槍で上手く捌いていく。

「おっとっと。地味に戦いながら姿を誤魔化すのって大変ねん。戦うだけならまだまだいけるけど、気を抜くと魔法の方が解けちゃいそう」

 今のは注意して見ないと気がつかない程度だったけど、次もこんな事があったらいよいよ気付かれてしまう。改めてイザスタさんに中止を勧めようとした時、

「どうしたものかしらねぇ……そうだわ! ねえユイちゃん。悪いんだけど手伝ってくれない?」
「えっ!?」
「昼間に言ってた……よっと。危ないわねぇ。大人しくしてなさいっ」

 そこで斬りこんできた人形にカウンターで強烈な薙ぎ払いを仕掛けるイザスタさん。これを人形はなんとかガードするも、少し吹き飛ばされて距離をとる。イザスタさんも槍を構え直すと、油断せずにそのまま話を続けた。

「昼間にユイちゃんとアキラちゃんが言っていた、月光幕で姿を貼り付けるやり方をやってほしいの」
「わ、私がですか?」
「そう。さっきみたいにうっかり魔法が解けるかもしれないし、ここでユイちゃんにお任せしたらアタシも戦いに集中できるかなぁって」

 イザスタさんはそう気楽に言う。だけど、

「ダ、ダメですよ!? 私じゃ他の人みたいに上手く出来ないし、貼り付けるのに失敗したら逆に不自然になってばれてしまうかも」

 全然成功するイメージなんて浮かばない。ただでさえ止まっている相手しか使ったこと無いのに、今の相手は動き回っている。それについていけるような身体能力なんてないし断ろうとしたのに。

「大丈夫よ! だって……ほら! ユイちゃんはアタシの課題がちゃんと出来てるじゃない!」

 そう言ってイザスタさんは私の出している月光球を指差す。勿論人形への警戒も怠っていない。

「戦いながら見てたけど、課題を守って一度も消さなかったわよねん。ちゃんと魔力のコントロールが出来ている証。それだけ出来れば月光幕だって十分維持出来るわ」
「……私に、出来るでしょうか?」
「出来ると信じてるからお願いするの。アタシも……アキラちゃんもね」

 昼間、明は私に役立たずなんかじゃないと言ってくれた。イザスタさんもこんな土壇場で出来ると言ってくれている。私は……。

「やります。明が来るまでどのくらいかかるか分からないけど、もしかしたら十分かそこらで魔法が消えちゃうかもしれないけど、やってみます」
「そう。……ありがとね。ユイちゃん」

 私が誰かより何か出来るなんて今でも思っていない。でも、私を信じてくれる人が二人もいる。ならせめてその気持ちに応えたい。そうして私は一歩踏み出した。




「それじゃあカウント三でこちらの魔法を解くからね。三、二……」
「あわわっ!? 急過ぎますよイザスタさん!? まだ心の準備が!」

 やっぱり踏み出すのはまだ早かったかもしれない。




 結局、明が戻ってきたのはさらに二十分経った後だった。その間何度諦めそうになったか分からない。それでもなんとか続けられたのは、ちょっとだけ誇らしい事だ。

「……イザスタさんっ!!」
「了解よん!」

 合図とともに戦いながらイザスタさんが魔法で濃霧を作り、僅かな時間だけど周りの視線を遮る。その霧に紛れて明が訓練場に走り込んできた。

 それと同時に私も人形に掛けていた月光幕を解除。人形は元のマネキンのような姿に戻ったけど、構わずイザスタさんに攻撃し続けている。

「遅いよ明! 何があったの?」
「ごめん。話は後でするよ。……イザスタさん。お待たせしました」
「お帰りアキラちゃん! それじゃこの人形を止めてちょうだいな。アタシが止めるとそのまま動かなくなるかもしれないから」

 明ははいと頷いて停止命令を出すと、人形は剣を手放して動きを止める。まだ霧が残っている間に、明は人形を訓練場の出口に移動させた。よく見ればそこにはサラさんがいて、そのまま人形の手を取ってどこかへ歩き出す。

「サラにはこのままボクの部屋まで回収してもらうから大丈夫だよ。そして……“強風(ハイウィンド)”」

 そして明は風魔法でイザスタさんの出した霧を吹き飛ばす。周りが雨上がりのような爽やかな感じになった気がする。

 ……よく見たら離れた所で連携の練習をしていた黒山さん達がこちらをジト目で見ていた。今の霧で邪魔してしまったみたいだ。後で謝っておかなきゃ。

「よし。これで大丈夫かな。ずっと霧が出っぱなしじゃ訝しまれるからね」
「あ~ららさっぱりしたわね! それで? 折角だしこのまま訓練の続きをする? アタシはまだちょびっと位なら余力があるわよん」
「だ、ダメだよ明。イザスタさんは今まで休まず戦い続けていたからお疲れなんだよ!」

 ただでさえ私や黒山さん、高城さんにアドバイスしながら戦って、その上予定より長く休みもなかった。気楽に言っているし構えもしっかりしているけど、流石にこれ以上はイザスタさんでも辛いと思う。

「……そうだね。ボクも色々あって疲れたから、今は遠慮しておきたいな」
「そう? じゃあ今回はここまでにしておきましょうか! テツヤちゃん達にも伝えてくるわねん。それと……ユイちゃん」
「何ですか?」
()()()()()()()()。ユイちゃんはもっと自分に自信を持っても良いと思うわよ。あれだけの事が出来るんですもの」

 イザスタさんは軽く私の肩に手をポンっと置くと、そう言い残して黒山さん達の方に走っていった。今回私も少しは誰かの役に立てたのかな? そう思うとちょっとだけ嬉しい。

「優衣さん。夕食を食べたら部屋で待っていてくれないかな? 何があったのか……そこで話すよ」

 少し休んで次の講義に向かう途中、明がぼそりとすれ違い様に呟く。普通に言っても良いと思うのだけど、まだ警戒しているみたいだ。またメイドさん達に言う適当な用事を考えなきゃ。

 こうして訓練中に身代わりを立てて脱出するという明の作戦は無事終了したのだった。




 その日の夜。食休みがてら本を読んでいた私の部屋に、明が宣言通り訪ねてきた。黒山さんと高城さん、イザスタさんと一緒に。

「よお! 明に話があるから一緒に来てほしいって言われたんだが、まさか月村ちゃんの部屋でとはね。何か密談でもすんのか?」
「はい。出来ればあまり他の人には聞かれたくないので。ひとまず中に入りましょう」
「立ち話っていうのもなんだしねん。それじゃユイちゃん。ちょ~っとお邪魔するわよ」
「ふんっ。何でも良いがこちらも忙しいんだ。さっさと済ませるぞ」

 そうしてぞろぞろと皆入ってくる。来るのは分かっていたから拒みはしないけど、予想より多いので急遽マリーちゃんを始めとしたメイドさん達に手伝ってもらって椅子等を追加で用意する。

「悪いね。あとすまないけど、これから大切な話があるんだ。出来れば席を外してもらえないかな?」

 適当な用事を言って出てもらおうとしていたのに、明は直接そうメイドさん達を追い出してしまう。せっかく幾つか考えていたのに。……まあ良いけどね。

 全員席に着いたのを見計らい、明が立ち上がって口火を切る。

「皆さん。まずは呼びかけに応じてくれてありがとうございます。今回集まってもらったのは他でもありません」
「固くなってるわよアキラちゃん。そんなかしこまらなくてもっと普通に言っても良いんじゃない?」
「そうですか? でも高城さんが怒りそうだし一応敬語でいきます。……集まってもらったのは、『勇者』としてのこれからの方針についてです」

 明の言葉に皆顔を引き締める。やはり私以外は言われなくてもその事を考えていたのだろう。これまで流されるだけだった自分が恥ずかしい。それと、イザスタさんだけは何の事だろうって顔をしていた。

「ところで……何でイザスタ姉さんもここに? いや、居ちゃダメって事はないんだが……な」

 黒山さんがチラチラとイザスタさんを見ている。確かに『勇者』としての集まりならイザスタさんは対象外だ。だけどその疑問に明は軽く首を横に振って答える。

「イザスタさんにも今日色々手伝ってもらったから。一緒に聞いてもらおうと思って」
「……なるほど。訓練場での一件か。今日はやけに広範囲の技が多くこちらにも被害が来ると思ったが、イザスタも一枚噛んでいたのか」
「その件はすみませんでした。ボクが抜け出す時と戻る時に色々と。だけど、そうしただけの甲斐はありましたよ」

 高城さんの微妙に苛立ちの混じった言葉に明は静かに頭を下げる。だけどその後、顔を上げて言葉を続ける明の様子はどこかさっきまでと違って見えた。

「まず前提として、ここにいる『勇者』の皆さんは()()()()()()元の世界に帰りたいと思っているんですよね?」
「ああ。勿論だぜ」
「…………そうだ」
「うん。私も帰りたいよ。この世界に来てからずっと」

 私達は口々に帰りたいと口にする。僅かに高城さんが言葉に詰まったように思えたけど、それよりも明の言葉が気になった。自分を除いてって、やはり明は戻るつもりがないみたいだ。

「分かりました。では話を続けますね。この世界に着いてすぐ、ボク達は王様から天命の石について話を聞きました。それさえあれば元の世界に戻ってから訪れる死を誤魔化せると」

 そこから先は以前明が私に聞いてきたのとほぼ同じだった。天命の石について調査報告はなかったか? ないとすれば何故そんな事になっているのかだ。

 高城さんも黒山さんも、その辺りについては薄々と不思議に思っていたらしい。しかしこちらもやる事が多かった点と、無理に聞き出して関係を悪化させる事もないと考えて後回しにしていたという。

「今回ボクは訓練を抜け出して、目星をつけておいた城内の部屋を調べていました。もし城側が天命の石の調査状況について隠しているのなら、その分の情報だけでも知っておく必要があると思ったからです。……正直空振りに終わったらそれはそれで良かったんですけどね。調査報告が遅れてるってだけで済むから」
「その言い方だと、何かしら本当に隠している物が見つかっちゃったのかしらん?」
「……はい。見つけた調査報告書によると、天命の石は確かに魔族の国デムニス国にある事が確認されました。城側でも手に入れようと動いているのも事実です。……だけど」

 そして少し間を置くと、明は私達にとって衝撃の事実を語りだした。




「だけど、天命の石は一つだけ。しかも一度使ったら無くなってしまう使()()()()の品。つまり、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 私は目の前が真っ暗になった気がした。




 ◇◆◇◆◇◆

 城側としても、これは下手に報告すると『勇者』同士の内部分裂を招きかねないと考え黙ってました。

 実際『勇者』同士の信頼度によっては仲間割れは充分あり得ます。……まあこの世界線ではイザスタさんが居るのである程度抑えが効きますが。

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