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(30)立て続けの衝撃

「話を進めさせてもらうが、密かにこの加護を利用して周囲や部下で有能な人材と人脈を作り、推薦したり引き立てたりしているうちに、臣籍降下した元王族の立場もあって宰相にまで上り詰めてしまった。それはある意味、誤算だったのだが」
「とんでもない。当然の人事ですよ」
「その通りです」
「ここで二人に聞くが、どうして加護持ちは平民に比べて貴族達に多く存在すると思う?」
 ここでいきなり変えられた話題に、二人は揃って困惑した。

「どうしてと言われましても……。元々加護を授かった先祖を持つのが、貴族だからではないのですか?」
「その後、貴族の血が混じった平民からも加護が発現する者が出てきましたが、発現する割合が少なくなったといえども、貴族の方が明らかに発現率は高いはずですし」
 彼らは普段から考えたり感じていたことを口にしてみたが、即座にルーファスから否定される。

「違うな。それは単に、大神殿の宝珠で加護の判定をする人間のうち、貴族がかなりの割合を占めているせいだ。お前達、あの主祭殿に入場するのに、入場料をどれだけ払うのか知っているか?」
 その問いかけに、アスランとカイルの歯切れが悪くなる。

「いえ、子供の頃に出向いたきりで、入場料などあるのかも気にしたことはなかったので……」
「何度も出向いていますが、神官達に先導されて奥からそのまま入っていますので……。迂闊な事で申し訳ありません。いくらなのでしょうか?」
「ジアル銀貨5枚だ」
 淡々と口にされた金額に、常日頃城下を出歩いて庶民の金銭感覚を熟知していたアスランは、素直に驚きの表情になった。

「なんですか、その金額は? 庶民の四人家族だったら、1週間は食べられますよ。ちょっとあれに触るだけなのに、それだけ取るんですか?」
 自分に分かり易いように具体的な例を出して驚いているアスランに感謝しつつ、カイルは兄同様に法外と思えるその金額設定に困惑した。しかしルーファスが、事もなげに問いを重ねる。

「貴族にとってははした金だし、名誉もかかっているから諦めきれずに何度も我が子に挑戦させる場合もあるらしいな。現に幼過ぎたのか最初反応がなかった子供が、後日宝珠を光らせた実例が何例かあるし。ある程度余裕のある商人を筆頭とする裕福な庶民も、特に問題なく支払えるだろう。だが、王都内でも貧民層は? そして王都から離れた場所にいる庶民は、あるかないか分からない加護のために、わざわざ旅費と時間と労力を惜しまず、王都の大神殿まで出向いてくるかな?」
「…………」
 的確な指摘に、二人はなんとも言えない顔で黙り込んだ。するとルーファスが核心に触れてくる。

「現に、加護判定を受けていない人間でも、有能な人間はあちこちに存在しているのでな。特に生活に困窮していたり身寄りがなかったり、様々な事情がある子供で、素質があると思われる者を積極的に引き取って養育したり後見してきた。その子達に幅広い教育を受けさせていたら、その中から加護持ちがゴロゴロ出てきてしまってな。敢えて、大神殿に出向いての加護判定をさせていない者がほとんどだが」
「どうして加護判定をさせていないのですか?」
「他人にいいように利用されかねないのでな。大人になってから、自分の判断で判定を受けるように言い聞かせてある。支障がなくて早めに加護判定を受けさせる者もいるが、何故か私が手元に引き取った者達は、厄介というか特殊な利用価値がある加護持ちが多くて。それが判明するたび、頭を抱えている」
「ああ……、まあ、それはそうでしょうね……」
(皆がとんでもない加護持ちの理由が、漸く分かった。本当に大叔父上の加護はとんでもないな。しかしここで敢えてアスラン兄上を含めて、俺にそれを打ち明けた理由はなんだ?)
 以前からの疑問の一つが漸く判明し、カイルは少しだけスッキリした。しかしまだ他の事について考え込んでいると、ルーファスがこれまでとは比較にならないくらい衝撃的な内容を告げてくる。

「それで私が手元に置いた者達の中に、近い将来が視える加護持ちがいましてな。その者によると、私は宰相の座を追われる事になるらしい」
「なんですって⁉︎ そんな予知の加護なんて、聞いたことありませんよ⁉︎」
「宰相の座を追われるとは、どういう事ですか⁉︎ 詳細を教えてください‼︎」
 辞任ではない上に、よりにもよって未来を視る加護などというとんでもない話に、カイルとアスランは揃って立ち上がりつつ絶叫した。そんな二人を、ルーファスは冷静に宥める。

「落ち着いて、座って貰えるか。生憎とその予知の能力は、本人に関わることは見られないし、願った人物や場所に関することを思い通りに見られるわけではなくて、予想外にランダムに見るものらしい。しかも漠然とした光景らしくて、詳細が分かる方がまれらしくてな。これまでも大して役には立っていないから、加護判定を受けるつもりはないそうだ。だが見た情景から判断して、一年以内と見当はつくらしい」
「それにしても……」
「とんでもありませんよ」
 ルーファスの冷静さに二人もなんとか落ち着きを取り戻し、半ば呆然としながらソファーに腰を下ろした。

「それで、今私の屋敷で預かっている子供が、下は四歳から上は十五歳まで9人いるのだが、今後は私達夫婦の代わりに、殿下に保護と養育をお願いしたい」
「はい⁉︎ 私にですか?」
「……どういう事でしょう? 単に宰相の座から退かれるだけなら、世話をしている子供達を他に移す必要性が認められないのですが」
 予想外の話ばかり立て続けにされたせいで、カイルの理解力は限界に達しつつあった。再び驚きの声を上げたカイルだったが、それとは対照的に、アスランが探るような視線をルーファスに向ける。そんな兄の台詞を耳にし、カイルは瞬時に冷静さを取り戻した。

(確かにそうだ。それはつまり、宰相の辞任に伴って、何か不測の事態が起きる可能性があるという事ではないのか?)
 穏やかではない可能性に気づいたカイルは、兄と同様、慎重に探る視線を大叔父に向けた。しかし相手はその視線を軽く受け流し、飄々と告げてくる。

「経済的事情というやつだ。私は臣籍降下するにあたって公爵家の家門を授かったが、妻との間に子がないのを理由に、甥の一人を養子に迎えさせられてな。既に十年前に家督もそいつに譲らされて、今現在は宰相としての俸禄で屋敷を維持しつつ生活費を賄っている。だから宰相を辞めるとなると、収入源が絶たれるからな。悪いがこれ以上、子供達の面倒まで見られない。そういうわけだ」
「はあ……」
(一見、筋は通るように思えるが、この人が一度面倒を見ると決めた人間を、金銭的に余裕がないからなどという理由で放り出す筈がない。しかしこの場で追求しても、この人が口を割るとは思えないし……)
 ルーファスの複雑な事情は以前から周知していたが、カイルはとても納得できなかった。それはアスランも同様であり、眉間に皺を寄せながら黙り込む。

「どうですかな、殿下」
 少しだけ重苦しい沈黙が続いてから促されたカイルは、詳細を追及したい気持ちを抑え込みつつ、了承の返事をする。

「分かりました。子供達の件、お引き受けいたします」
「それは良かった。それでは殿下が領地に出立されるまでに全員に事情を説明して、荷造りもさせておきます。それではこれで失礼しますので、後のことはくれぐれもよろしく」
 話はついたとばかりに音もなく立ち上がったルーファスに対し、カイルは慌て気味に声をかけた。

「あの、大叔父上! いつかは宰相位から退かれるのですから、この機会に自ら辞めませんか? よろしければ私の領地に、ご夫婦と子供達揃って移住なされては。その人数の面倒を見るくらいの、甲斐性はあるつもりです」
 目の前の相手には多大な恩があり、カイルは本心から申し出た。しかしルーファスは微笑みながらも、丁重に断りを入れてくる。

「その気持ちはありがたいが、まだまだここでやらなければいけない事があるのでな。申し訳ないが、断らせていただく」
「そうですか……。お引き止めして申し訳ありません。本日はご足労、ありがとうございました」
 この場で言葉を尽くしても押し問答にしかならないのが分かりきっていたカイルは、無理に引き留めたりはしなかった。同様の考えだったアスランと二人、深々と頭を下げてルーファスを見送る。そして揃って頭を上げた瞬間、二人の顔は真剣そのものだった。


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