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(24)嘲笑の対象

「今夜は基本的に、王族は全員参加だったからな。加護持ちは嬉々として、参加者の間を回っていたぞ。それが実にくだらなくて滑稽でな」
「どうしてですか? ここの国民が授かる加護は、並の人間には習得できない得難い能力だと聞いておりますが」
「例を挙げると第三王子殿下は、古今東西のあらゆる言語の読み書き会話ができるそうよ。それでこの国に駐在している各国大使相手に、手当たり次第に声をかけていたわ」
「それは凄いですね」
「会話ができてもねぇ……」
「何か問題でも?」
 カレンがあからさまに馬鹿にしたように笑ったのを見て、ラゾーナは激しく嫌な予感を覚えた。そしてそれは、予想通りだった。

「どうでもよい世間話ならともかく、外交内政についての討論が全然できない方でね。直近のこの国とリトビアス国との停戦協定の内容についても『それは外交担当者にお尋ねしていただければ』と、当事国の王子であるにもかかわらず、恥ずかしげもなく仰ったのよ。だから私、思わず言ってしまったわ」
「何を仰ったのですか?」
「『ジャスパー殿下は内政にも外交にもご興味がございませんのね。この若さで身の程を弁え、己の能力に見合った通訳として、裏方の人生を全うしようとする心がけはとても素晴らしいですわ。きっと現国王陛下や次代の国王陛下を、全力で支える素晴らしい通訳になれましてよ』と称賛してさしあげたの」
 そこで妻に続いて、ハリーが楽しげに会話に加わる。

「面と向かってそう言われた小僧の顔が赤くなったり青くなったりするのが、傍から見ていて面白くてな。できることなら我々を罵倒したかったと思うが」
「バルザック帝国の代表である私達に、そんな事ができる筈ないじゃない? 憤懣やるかたない様子で、辛うじて礼儀を保って引き下がったわ」
「大使の中で、権威が筆頭の私達に真っ先に声をかけてきたからな。それからも次々に大使達に声をかけていたらしいが、耳が早いのが特徴の連中だ。私達と同様のやり取りを繰り返して、散々笑いものになっていたのではないか?」
「なんと言っても私達は、大陸最大の勢力を誇る帝国を代表しているのですもの。諸国の模範にならなければね」
 平然とそんなことを言ってのけた二人を見て、ラゾーナは深い溜め息を吐いた。

「ご夫婦で、第三王子の恨みを進んでお買いになったのは、良〜く分かりました。勿論、それだけではありませんよね?」
 呆れ気味に話の先を促したラゾーナだったが、それにカレンが即座に頷く。

「その通りよ。第二王女のエルディラ殿下は類まれなる美声の持ち主で、会場で歌を披露していたわ」
「確かに歌は素晴らしかったが、会話してみると……。知性と教養が、殆ど感じ取れなくてな。あれで帝国の皇子の妃に、自分を推薦してくれとは恐れ入る。どれだけ自己肯定感が強いのやら」
「まさか仮にも一国の王女様に向かって、面と向かってそんな事を仰ったわけではございませんよね?」
 公の場で、さすがに不敬にも程があるだろうとラゾーナは僅かに顔色を変えた。しかし彼の主夫妻は、とことん容赦がなかった。

「ラゾーナ。幾らなんでも、そんな失礼な事を言えるわけがないわ」
「そうでございますよね」
「『こちらの国ではどうか知りませんが、我が帝国の王族の妃になるのに、上手に歌える必要はありません。エルディラ様の歌声なら歌劇場が満員になるのは確実ですから、帝都で一番の歌劇場で雇ってもらえるように、私から推薦いたしますわ』と、親切で申し上げただけよ」
「奥様……、それは『親切で申し上げた』のではなく、嫌味でこき下ろしただけです。仮にも王女殿下に、人に雇われて働けなどと放言されるとは……」
 カレンが全く悪びれずに口にした台詞を聞いて、ラゾーナは頭痛を覚えた。しかしそんな彼の心情にはお構いなしに、夫妻の話が続く。

「あとは……、第七王子のニーラムとかいう小僧も笑えたな」
「ええ。特にあれは、母親同伴でしたから余計に。ラゾーナ、聞きたい?」
「……あまり聞きたくありませんが、一応、何があったのかをお伺いします」
 長い付き合いで、ここで聞かないという選択肢はあり得ないのを熟知していたラゾーナは、色々諦めながら溜め息を吐いた。

「それがな? あの小僧の加護というのが、《複数人が同時に話している内容を個別に聞き取れる》という代物らしい」
「それはまた……、珍しいというか凄いですね」
「ええ、本当に凄かったわよ。ふっ……、あ、あははははっ!」
「……何がそんなに面白かったのでしょうか?」
 いきなりお腹を抱えて大声で笑い出したカレンからハリーに視線を移しながら、ラゾーナは神妙にお伺いを立てた。それに皮肉げな笑みを浮かべながら、ハリーが説明を加える。

「時々、会場内のあちこちで喧騒が生じては、すぐにそれが収まっていたのを不思議に思っていたんだ。そうしたら夜会が始まって暫くしてから、私達がいた所に第七王子親子がやって来てな。まだ十二歳で公式な夜会は初参加との事で、ずっと母親と一緒に会場中を回っていたらしい」
「随分と薄情な母親ですこと。自分が産んだ第四王子のカイル殿下には、彼の成年祝いの場でもあるのに、声もかけていなかったようですけど」
「ああ……、加護詐欺王子とか陰口を叩かれている、あの方の同母弟に当たられる方ですか」
「ラゾーナ。不敬だろう」
「カイル殿下に対して失礼よ。口を慎みなさい」
「……申し訳ございません」
 思わず城下で広がっている噂の一つを口にしたラゾーナだったが、その途端、瞬時に笑みを消した主夫婦に嗜められ、神妙に謝罪した。

(どうしてだ? 今まで他の加護持ちの王子や王女を散々こき下ろしていたのに、カイル殿下に対してはお二人とも敬意を払っておられるようだが……)
 不思議に思いながらも、ラゾーナは大人しく話の続きを待つ。するとすぐに機嫌を直した二人が、会話を再開した。

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