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もし加護が無くても


 明日また来る約束をした俺達は、一度屋敷に戻るべく大葉の家を出る。その時、

「センパイ」
「何だ? やっぱり明日はやめとくか?」

 後ろから聞こえる真剣な大葉の声に振り返る。

「もし……もしあたしがセンパイと相性の良い加護を持っていなかったら、センパイはあたしを誘っていたっすか?」
「持っていなかったら? う~ん……誘ってるな」

 俺は少し考えて、それでも同じ行動をしていたと告げる。

「勿論相性が良いのは一緒に行くのを決めた一因だけどさ、それだけで行く気になった訳じゃないしな。加護があったって明らかに性格の悪い奴だったら誘わないって」

 ストレスが溜まりそうだしな。“相棒”なら完全に割り切ってそういう相手でも誘うと思うけど。

「実際に話して大葉なら大丈夫だと思ったから誘ったんだ。それに正確には違うけど同じ境遇だろ? ほっとけないって」
「……そうっすか。分かりましたっす。いや~もし加護が無かったら置いてくなんて言われてたら、流石のあたしでも泣いちゃってたっすよ。そうならなくて良かったっす!」

 大葉は俺の答えを聞いてどう思ったのだろうか? 少しの間顔を伏せていたものの、すぐにまたいつものおチャラけた雰囲気に戻る。

「うんじゃまた明日。待ち合わせ場所はここで良いんすよね?」
「ああ。昼頃迎えに行くよ。じゃあ明日な!」
「楽しみにしてるっすよ~!」

 こうして今度こそ、俺達は都市長さんの屋敷に戻るのだった。……あっ!? 結局ヌッタ子爵の所に行きそびれた。




「遅かったですね。こっちは諸々終わってヌッタ子爵の所まで行ってきましたよ」
「行ってきたんかいっ!? というかよくこの時間でそこまでやってのけたな」
「商人は活動的でないとやっていけませんから」

 帰ってきた俺達に、先に戻っていたジューネは平然とそう言ってのける。雲羊の事を考えても、数時間足らずで良くそこまで出来たもんだ。整備が終わったらしくトレードマークのデカいリュックサックも部屋の隅に置かれている。

「幸いと言うか何と言うか、話がついて事件にはならなさそうです。先方が無くした事に気づいていなかったのが幸運でした」
「気付いていなかったって……結構値打ち物っぽかったけど?」
「元々ああいう品を幾つも身に着けている資産家ですからね。一つ二つ無くなってもどうってことないのでしょう」

 俺にはよく分からん話だが、全身にジャラジャラ装飾品を大量に身に着けている人を想像する。世の中にはそんな金持ちがいるんだな。……考えてみたら“相棒”もそうだった。アンリエッタも多分そうなんだろうし、結構周りにいるな金持ち。

「落とし物を拾ったという話にしたら、まあそれなりに喜んでくれましてね。謝礼とまではいきませんでしたが、次回の商談を取り付けられたので悪くない展開でした」
「じゃあその後すぐヌッタ子爵の所まで行ったのか?」
「はい。リュックサックの受け取りも兼ねて世間話を少々。コレクションを自慢する相手が居ないのでおじい……コホン。ヌッタ子爵も残念がってましたよ」
「それは行ってみたかったな」

 純粋にコレクションも気になるが、リュックサックの整備の様子も見てみたかった。あの変形とかロマンだしな。

「じゃあ、ビンターはどうなったんだ?」
「問題はそこなんですよね。彼には別室で待機してもらっています」

 それまで機嫌よく話していたジューネだが、ビンターの事を話題にすると少し難しい顔をする。

「今回の事件は無かった事になるので衛兵に突き出しはしませんが、それでも盗みに変わりはありません。どうやら初犯のようですが、はいそうですかと無罪放免にも出来ないですからね」
「……ちなみに、この町で盗みはどの程度の罪になるの? ジューネ」
「そうですねぇ。物の値段等にも依りますが、初犯であれば罰金程度で済みますかね。しかし罰金を課そうにも金をほとんど持っていませんし。働いて返すにしても仕事探しからしなくてはいけないし。ああもうなんでこんな事で悩まないといけないんでしょうか? 私衛兵でも何でもないただの商人なのに」

 エプリの質問に答えつつ、ジューネはさらに難しい顔でウンウン悩んでいる。そうは言いつつ関わった相手を簡単に投げ出さないのが律義だ。……そういえば、

「なあ。その罰金って俺がビンターに払う謝礼で払えないのか?」

 スマホの謝礼や持ち物の代金はまだ払ってはいない。諸々確認が出来てからという話だったからだ。その分を渡せば罰金も払えるのではないだろうか?

「値段が値段ですからね。全額ではありませんが仕事が見つかるまでの手付金くらいなら。しかし良いんですか? このまま踏み倒す事も出来なくはないですよ?」
「元々渡すつもりだったしな。それにジューネだって同じ立場だったら金をしっかり払うだろ?」
「それは……まあそうですけどね。商人は商売上の約束事はきっちり守るものです。信用に関わりますから。エプリさんだってそうでしょう?」

 急に話を振られたエプリは何も言わずこくりと頷く。エプリもジューネも職業意識が高すぎないか。 

「じゃあビンターさんはトキヒサさんから貰う謝礼で罰金分をひとまず支払い、残りはこれから仕事を探して稼いでもらうという事でひとまず落着ですね。これで儲け話にならなそうな案件が一つ片付きました」
「そんな事言って、ジューネは最初からこの展開を予想していたんじゃないか? 俺が謝礼の件を言い出して丸く収めようとするって」
「さあて。どうでしょうかね。私としてはこのままちゃんと働いて罪を償ってほしい所ですけどね」

 ジューネはどこか複雑そうな顔をしてそう言う。この屋敷でアシュさんと一緒に事情を聞いたらしいから、その時に何か思う事があったのだろう。……うんっ!?

「そう言えばアシュさんは一緒じゃないのか? さっきから姿が見えないけど」
「ああ。アシュなら都市長様から話があるとかで呼ばれています。もうそろそろ戻ると思うんですが」

 アシュさんだけ? いつも二人一緒に居るイメージがあったので、一人だけというのは珍しい。そう不思議に思っていると、ドアのノックの音と共にアシュさんが入ってきた。噂をすれば影だ。

「おっ!? トキヒサ達も戻っていたのか。お帰り」
「ただいま帰りました」
「うん。ただいま」

 セプトは小さくただいまを言い、エプリは何も言わず片手を上げる。挨拶は大事だぞエプリ。

「丁度良かった。戻ったら話そうと思っていたんだ。都市長殿が調査が一段落したから一度来てほしいとさ」
「調査って……何かありましたっけ?」
「何だ忘れたのか? お前さんの出した一円玉。アルミニウムの調査だよ。品質の確認が出来次第もう一度交渉する手はずだったろ?」

 そうだった。性質なんかを調べてからじゃないと売り出せないって事でサンプルを渡していたんだった。

「いよいよですか。これは気合を入れていかないといけませんねぇ。都市長様の部屋で良いのですか?」
「ああ。夕食にはまだ時間があるし、今ならおそらく大丈夫だ。どうする?」

 急ぎの用事はないし、色々世話になっている都市長さんの呼び出しだ。断る理由はないな。

「もちろん行けますよ。ジューネは聞くまでもないって顔だけど、エプリとセプトはどうする? 部屋で待ってるか?」
「……それこそ聞くまでもないわね。一緒に行くわ」
「私も、行く」

 となると俺を含めて五人か。少し人数が多い気もするが、向こうから呼んだのだからその点も織り込み済みだろう。なら問題はないかな。

「じゃあ皆で行こう。上手く交渉が進めば良いんだけど」
「私やアシュも出来る限り協力しますよ。結果次第では凄い儲け話になりますからね。大きな商いに関われるのは腕が鳴りますよ」

 ジューネはそう意気込んでいるが、前回は都市長さんに終始交渉の主導権を握られていた感じだったからな。今回の結果によってアルミニウムの売買が認められたら大儲けのチャンスだ。俺は元々こういった交渉は不得意だし、今回は頼むぞジューネ。




「残念だが、アルミニウムを大々的に売り出すのは難しいと言わざるを得ないな」

 都市長さんの部屋に到着し、挨拶もそこそこに発せられた言葉がこれだった。いきなり交渉が難航し始めたよ!?

 ドレファス都市長の執務室。机に置かれているのは以前俺の渡した大量の一円玉。それを一枚指で摘まみながら先ほどの発言をしたドレファス都市長に、室内の面子はそれぞれ異なる視線を向けている。

 驚き。傍観。推察など様々だが、ジューネの視線にあったのは困惑のように見えた。

「どういう事ですか都市長様? このアルミニウムは間違いなく希少金属。仮に性質があまり使用用途が無くとも、その希少価値だけで十分欲しがる方は多いはずです。それなのに売り出せないとは」
「まあ落ち着けよ雇い主様。都市長殿は()()()()売り出せないって言っただけだぜ。……そこら辺は説明してもらえますよね? 都市長殿」
「勿論だとも」

 困惑するジューネを制しながら、アシュさんはあくまで自然体でそう都市長さんに問いかける。都市長さんが静かに答えたのを聞いて落ち着いたのか、ジューネも一言「申し訳ありません。取り乱しました」と詫びて頭を下げる。

「大きな商談だからな。それを頓挫させられそうになれば困惑もするだろう。だからと言って冷静さを欠くのは感心しないな。ヌッタ子爵やネッツなら顔色一つ変えずに切り返してくるぞ」
「……っ!? ……肝に銘じます。そもそも大々的に売れなくともよかったのでしたよね? つい商人として儲ける方に思考がいきました。トキヒサさんにも謝罪します」
「別に良いって謝罪なんて」

 いきなりペースを乱され、おまけにミスを指摘された上で知り合いと比較されるというダブルパンチ。しかしジューネは一度大きく息を吐き、落ち着いた様子でそう返しつつ俺の方にも頭を下げた。

「さて、アシュ殿の言った通りアルミニウムは大々的には売り出せない。その理由だが大きく分けて三つある。即ち」

 そこで都市長さんは三本の指を立てる。



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