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(18)対戦

「くっ!」
(さすがに動きが早い。避けるのと受けるのが精一杯だし、咄嗟にどう攻めれば良いか見当がつかない。だがこういう考えを巡らせることができている分、以前手合わせした時より、余裕ができていると言えるか)
 振り下ろされたり突き出された剣を、左右に振り払ったり身体をひねってかわしながら、カイルは慎重に相手の動きを観察した。そんな防戦一方のカイルを嘲笑いながら、ランドルフが余裕綽々で攻め続ける。

「あははははっ! どうした、意気地なしが!! 逃げ回るのだけは、上手くなったみたいだな!? お前の指導役は、逃げ癖でもついていたらしいな!!」
(俺が馬鹿にされるのは構わないが、指導してくれた皆の力量を疑われるなんて冗談じゃない。こんな公の場で、無様に負けてたまるか!!)
 その一言で、カイルの闘志に火が点く。

「まともに加護を使えないお前なんて、加護無し以下の恥さらしなんだよ!! 貴様に『兄上』などと言われるだけで、虫唾が走る!! 俺の目の前から、さっさと消え失せろ!!」
「はっ! こっちだって多少加護があるからって、腑抜けた生活しか送っていない薄っぺらいお前を『兄上』なんて呼ぶなんて噴飯ものだ!」
「なんだと!? この場で一思いに殺してやる!」
「やれるものならやってみろ!」
(本当に、多少有効に加護が使えるからってふんぞり返って周囲を押さえつけやがって! 少しは周囲の人間や民の為に、自分の加護を有効に使おうとは思わないのか!?   そんな加護なら、俺に少し寄こせ!! それで五分の条件で戦って、俺に勝ってみせろよ!!)
 普段から傍若無人なランドルフへの怒りを、カイルは心の中で爆発させた。そしてこんな相手にこんな加護を与えた女神に対しての信仰が揺らぎかけた瞬間、カイルは自身の視界がおかしくなった気がして一瞬戸惑う。

(え? 今、あいつの動きが変にゆっくり見えたような……。いや、呆けている場合じゃなくて、チャンスだ!!)
 斜め下に振り下ろしてきた剣の動きを、カイルは右足を勢いよく背後に踏み込み、上半身を逸らしてかわした。

「え? なんで……」
「もらったぁぁぁぁっ!!」
 渾身の一撃だったであろうそれを交わされ、ランドルフが呆然となった。その隙に、カイルは踏み込んだ右足を反動をつけて前に蹴り出し、相手の脇腹にそれを深くめり込ませる。

「ぐあっ!! お前っ! 何を、うあっ!!」
 左脇腹に相当な衝撃を受けたランドルフが非難の声を上げたが、カイルはそんなものには構わず相手の右肩に体当たりした。それでバランスを崩したランドルフは、見事に仰向けに転がる。そして彼の腹に乗った剣ごと、カイルは体重をかけて右足で踏みつけ、その動きを封じた。その直後、両手で剣を持ったカイルが、それをランドルフの喉元に向かって勢いよく振り下ろす。

「せやぁぁぁぁっ!!」
「ひっ、ひぃやぁぁぁぁ――――――っ!!」
「きゃあぁぁあっ!」
「殿下!?」
 目の前で剣を突き刺されそうになったランドルフが恐怖に満ちた叫びを上げ、観客も悲鳴と狼狽の声を上げた。しかしカイルが振り下ろした剣は、ランドルフの喉元寸前でピタリと剣先が止まる。

「あっ、ぅえっ、ひぃぃっ……」
「…………」
 恐怖のあまり物も言えないままランドルフは固まり、そんな異母兄をカイルはしらけきった表情で見下ろしていた。そして不気味な静寂が満ちた競技場に、アスランの叱責の声が響く。

「審判、何をしている!? もう勝負は決したぞ!!」
「え……、あ、は、はいっ!! 勝者、カイル・フィン・グラント!! ……あっ!」
 アスランの声に釣られて、反射的に審判が判定を下した。しかし一瞬遅れて自分が何をしてしまったのかに気づき、慌てて貴賓席に目を向ける。すると憮然とした顔つきの国王と、憤怒の形相で睨んでいるランドルフの生母の第三王妃を認め、彼は真っ青になった。
 
「お手合わせありがとうございました、あ・に・う・え」
 カイルは笑いを堪えながら足をランドルフの胸から下ろし、未だ横たわっている彼に声をかけた。その声に含まれた皮肉が分からない彼ではなく、勢い良く上半身を起こしながら吐き捨てる。

「このっ……。こんな試合、俺は認めんぞ!」
「認めなくても構いませんが……、早くズボンを履き替えた方が宜しいのではないでしょうか? 前も後ろも、汚れておられるようですが」
「なにっ!?  うあっ!」
 立ち上がったランドルフの下半身を眺めながら、カイルが冷静に指摘した。
 不幸な事に、その時ランドルフは薄い水色のズボンを履いており、眼前に剣が振り下ろされた恐怖のあまり失禁してしまった跡が、前後にしっかり残ってしまっていた。自身のズボンを見下ろしてその事実を目の当たりにした彼は、観覧席からの不躾な視線と失笑がそれによるものだと察し、顔を真っ赤にしてから一目散に出入り口に向かって駆け出す。
 無様な彼を見送って小さく肩を竦めてから、カイルは気分よく出入り口に向かって歩き出した。すると、次の試合に出るアスランとすれ違う。

「なかなか楽しいものを見せて貰った。スカッとしたぞ。あいつと当たる可能性が無くなった途端、他の参加者の気鬱も取れたようだしな」
「それなら良かったです。頑張ってください」
「ああ。お前の活躍に負けてはいられないからな」
 そこで兄弟は楽しげに言葉を交わし、再び離れていった。





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