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(17)思い煩い

 長い国王の開会宣言に続いて来賓の簡潔な挨拶がなされ、それが済むと第一試合の運びとなる。対戦者のカイルとランドルフを除く参加者は競技場から出て行くが、アスランは出入り口に向かいながらカイルの横で足を止め、低く囁いてきた。

「カイル。にわか仕込みでどうこうできるとは思えないが、できるだけやってみろ」
 トーナメント制の試合であり、アスランが1回戦を勝ち上がったら、次の対戦相手はカイルかランドルフかのどちらかである。その組み合わせにもかなり意図的なものを感じていたカイルだったが、余計な事は口にしなかった。

「はい。もしまた負けたら、二回戦はお願いします」
「ああ。その為にも、あいつがどんな動きをするのか、しっかり見せて貰う」
「そうですね。兄上の参考になるように頑張ります」
 軽く肩を叩いて激励してくれた異母兄を見送りながら、カイルはさりげなく観覧席に目を向けた。

(王族がほぼ顔を揃えているな。興味がない者まで、引っ張り出してこなくても良いだろうに)
 加護持ちの王子王女をできるだけ誕生させるという名目で、代々の国王には妃を何人も持つことが許されており、既に早世しているアスランの生母である第一王妃を除く、第二王妃から第五王妃まで勢揃いし、幼い子を除く王子王女を引き連れて参加していた。
 第二王妃が産んだのは第四王子のカイルと第三王女のリデア、第七王子のニーラムだが、王子二人は加護持ちでもリデアは加護を授からず、母から離れて末席に近い場所におとなしく座っていた。それは他の王妃達が産んだ、加護無しの王子王女も同様で、皆一様に興味無さそうに俯き加減に座っている。

(分かってはいたし、本当に今更だよな)
 実母の第二王妃は、未だにどんな加護を授かったのか判明しないカイルに見切りをつけ、ニーラムに次期国王としての期待をかけていた。この日も自分のすぐ隣に座らせ、二人で楽しげに会話を交わしているのを見て、自分の心が冷め切っていくのをカイルは自覚した。



「ランドルフ殿下、頑張ってください!」
「陛下の覚えめでたい殿下が、他の王子を蹴散らすところを皆が期待しておりますぞ!」
「加護持ちのランドルフ様が、優勝するのに決まっていますわ!」
「引き立て役とはいえ、全員無様な試合を見せるなよ!」
 競技場の中央にカイルとランドルフのみが立つと、観覧席からランドルフに対しての声援が湧き起こった。カイルに対する声援は皆無だったが、彼はそれに関しては全く気にせず、競技場への出入り口近くに設けられた参加者用の席に視線を向ける。すると予想に違わず騎士達は無表情で、微動だにせず席に着いていた。

(俺とランドルフ兄上の他は、近衛騎士達の中でも相当実力があると認められた者ばかりの筈。それが負けるのが前提で引き立て役扱いともなれば、面白くないのも当然だな。さてこの中に本気で実力を発揮して、ランドルフ兄上を打ち負かそうという気概のある人間はどれだけいるのかな?)
 それを見極めるのも面白いかも、などとカイルがこの茶番の別の楽しみ方を考えていると、目の前のランドルフが悪態を吐いた。

「さっきはよくも、俺に恥をかかせてくれたな。その分、徹底的にお前を叩きのめして、他国の大使が居並ぶ中で無様な姿を晒させてやる」
 その怨念が籠った声音に、カイルは半ばうんざりしながら向き直った。

「一体どんな恥をかいたと仰るのですか? ランドルフ兄上の剣術の腕はなかなかだと知っていましたが、妄想の方も相当な方だったのですね。今の今まで知りませんでした」
「随分減らず口を叩くようになったな」
「兄上ほどではないと思います」
 既に一触即発の空気を醸し出している二人に、審判役を仰せつかった年配の近衛騎士は、若干怯みながら声を張り上げた。

「こ、これより……、ランドルフ・バルツ・グラントと、カイル・フィン・グラントの試合を開始します。両者、構え」
 その掛け声に、二人は揃って鞘から長剣を抜いて構える。
「始め!」
 それを合図に二人は同時に足を踏み出し、剣を振るった。

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