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(13)微妙な空気

「私は以前から独り歩きしているが、カイル達も妙に慣れているな。しかも護衛を離れてつけている気配もないし……。これまで何度も手合わせして、カイルの腕前については問題ないと分かっているが、もしかして君達も、何か護身術の心得でもあるのか?」
 使用人用の通行手形を予め準備していたのもそうだが、妙に着古された庶民向けの衣類を三人とも着込んでいた事実に、当初近衛騎士団の隊長権限で門の通過をごり押ししようと考えていたカイルは、意外な顔つきでメリダ達に尋ねた。それにメリダは曖昧に頷き、シーラは明るく笑い飛ばす。

「ええ、まあ……。そんなところです」
「私達こう見えて、結構無敵だったりしますから。アスラン殿下は私達には構わず、カイル殿下の護衛をしてください」
「ちょっとシーラ。仮にも王子殿下に、面と向かって護衛しろだなんて言わないで」
 そんなやり取りを聞いたアスランは、苦笑しながら応じる。

「構わないよ。だがカイルについても、それほど腕前については心配はしていないがね。二、三十人に囲まれたら、流石にちょっと困るが」
「ありがとうございます、兄上」
「ちょっとですか……」
「アスラン殿下が言うと大言壮語に聞こえないところが、さすがですよね」
 三人三様の反応を返しながら、一同は賑やかな雑踏に紛れ込んでいった。


「おや、アスランさん。久しぶりだし珍しいな。美人の連れもいるし」
 迷わず入った店で、店の主人らしき男が親しげに声をかけてきた。それでカイル達には、アスランがその店の常連客であるのが分かる。

「面倒な仕事が一段落してね。親父さん、あそこの壁際のテーブルを使わせて貰って良いかな?」
「どうぞ。まず、いつもの酒かな?」
「明日も朝から一仕事あるし女性連れだから、今日はまず、ラテール産のザルツ酒を人数分頼むよ。あと料理はお勧めの串焼きと、例の煮込み料理。あと何品か適当に見繕って持ってきてくれるかな。あとは個別に注文するから」
「分かった。じゃあ皆さん、どうぞそちらに」
 手早く注文を済ませたアスランは、弟達を引き連れて奥の壁際のテーブルに陣取った。「女性陣の背中は、俺が目を光らせておくから」と断りを入れ、万が一、背後から襲撃されないよう、自身とカイルは壁に背中を向けて座る。メリアとシーラは別に不服を言ったりせず、おとなしく指定された椅子に座った。

「兄上は、ここに結構出向いているのですか?」
 適度な喧騒と活気に満ちた店内を周囲を興味深そうに眺めながら、カイルがアスランに尋ねた。すると少し考える表情を見せてから、アスランが問い返してくる。

「普段は月に一、二回の頻度かな? 他にも出入りしている店があるし。カイルはこういう店は初めてか?」
「そうですね……。外出時に店内で食事をする事はありますが、日中に個室で食べていました」
「そうか。ちょっと落ち着かない所で悪いな」
「いえ、凄く新鮮ですし、皆が楽しそうに飲んだり食べたりしているのを見られて、嬉しいです。活気があって良いですね」
「それなら良かったが……」
 ここでアスランは、ちょっとした懸念を口にした。

「ここまで連れてきて今更だが、カイル付きの人間達の間で、こういう雑多な場所に出入りはしない取り決とかがあるのか?」
 話を振られたメリアとシーラは、一瞬顔を見合わせてから答える。

「そういうわけではありませんが……。仮にも王子殿下をこういう下町の店舗に連れてきて良いのか、私達には判断がつかなかったので……」
「進んで連れて来なかったというか……、選択肢に無かったんです。アスラン殿下が、思った以上に自由にお過ごしだったようで驚きです」
「その自覚はあるな」
 王子としては色々な意味で規格外の生活を送ってきたアスランは、苦笑いで応じた。そこで人数分の酒と幾つかの料理の皿が運ばれ、四人で乾杯して飲み始める。

「あ、これ初めて飲んだけど、軽くて美味しい」
「うん、きつくないし飲みやすい。すみません、殿下。女連れだから気を遣わせたみたいで。普段はもっと強いのを飲んでいますよね?」
「いや、明日は午前中から試合が控えているから。酔い潰れたり酒を残すわけにはいかないだろう?」
 困ったように笑うアスランを見て、彼女達は目の前の異母兄弟に同情の視線を送った。

「そういえばそうでしたね……」
「お二人とも、ご苦労様です」
「茶番に付き合わされるのは、とっくに慣れているさ」
(本当に……、これまで建国祝賀会の記念行事として武術大会が開催された事など、一度として無かったのに。自分の承認欲求を満たしたい為だけに多くの人を巻き込むなんて、あの馬鹿は何を考えていやがるんだ)
 腹立たしい思いを抱えながら、カイルは何も言わずにゴブレット傾けていた。するとその前で料理を取り分けたメリアが、手前の小皿に分けた料理を一口食べてから、その皿をカイルの前に押しやる。

「カイル様、どうぞ」
「ああ、頂くよ」
 彼らにとって、それはいつもの変わり映えしない日課だったが、それを目にしたアスランは僅かに顔色を変えた。

「カイル? メリアはいつも、お前の食事の毒見をしているのか?」
 その問いかけで我に返った二人は、慌てて弁解する。

「あの、いえ、別に兄上が贔屓にしている店を信用していないわけではありませんが、つい習慣で……。失礼しました」
「その……、私もうっかり、いつも通りしてしまいまして。申し訳ありません」
「別に、毒見をされたからといって気分を害したりはしないから、そこは安心してくれ。今日カイルを誘った時にメリアが同行する理由が分かったし、俺との結婚が今すぐどうこうというわけにはいかない理由も、腑に落ちた」
 微妙な表情になりながらそう告げると、アスランは無言で酒を飲みつつ料理を口に運び始めた。さすがにカイルとメリアも気まずそうな表情で口を噤む中、重苦しい空気に嫌気がさしたのか、はたまた最初から空気など読む気がなかったのか、シーラが唐突に問いを発する。

「この機会に、カイル様に質問しても良いですか?」
「え? なんだい、シーラ?」
 若干救われた気持ちになりながら、カイルが顔を向ける。すると彼女は容赦が無さすぎることを言い出した。

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