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(11)予想外の登場

 大掛かりな行事を控えて慌ただしく時は過ぎ、微妙にお互いの予定が合わなかったこともあって、カイルがアスランを自室に招待したのは、彼の帰還を出迎えてから既に2週間以上経過していた。

「アスラン兄上。明日から建国記念祝賀会関連の行事が始まる忙しい時期に、こちらに出向いていただいてすみません」
「いや、忙しいのは警備を任されている連中で、私は暇を持て余しているくらいだ。明日は一仕事しないといけないから、ゆっくりなどできないがな。だがそれは、お前も同じだろう?」
 各種記念行事の最初の催し物として、王族や各国大使が臨席して開催される武術大会に言及されて、カイルは苦虫を噛み潰したような表情になった。

「ええ、まあ……。それに仕方がないとはいえ、超絶に馬鹿馬鹿しい事に強制参加させられるとなれば、正直言ってやる気なんか皆無ですよ。居並ぶ招待客である各国大使や代表団の前で、剣を放り出して不戦敗でもしてやろうか」
 向かい合ってソファーに座っている異母弟が、常にはなく悪態を吐いているのを見て、アスランは笑いを堪えながら提案する。

「カイルにしては、珍しくやさぐれているな。今日は暇だから気分転換にこっそり城下に出て、夕食を食べてこないか? 今日は前夜祭だから、部下達の話ではどこも結構な盛り上がりだそうだぞ?」
「それは良いですね、是非ご一緒させてください!」
「そうか。それなら、どこの店が良いかな……」
 嬉々として誘いに乗ったものの、すぐにそんな事を話している場合ではないと思い直したカイルは、慌てて本題を切り出した。

「いえ、あの! 今日兄上をお呼び立てしたのは、俺との時間を取って欲しいのもそうなんですが、他の人間との時間も取って欲しかったもので!」
「他の人間? カイル、何を言っている?」
「カイル様、お茶をお持ちしました」
「入ってくれ」
「失礼します」
 そこでタイミングよくドアの向こうからかけられた声に、カイル救われた気持ちになりながら了承の返事をした。予定通り茶器を載せたワゴンを両手で押しながら運んできたのはメリアだったが、なぜかその腰は縄紐で縛られ、その端をしっかり握ったシーラが彼女の斜め後ろについて来ていた。

「ああ、ご苦労……、ちょっと待て。お前達、何をやっているんだ?」
 流石に唖然としながら事情を尋ねたカイルに、シーラは愛想良く答える。

「気にしないでください。ちょっと殿下のお呼びを無視して、逃亡を図りやがった馬鹿を一人捕獲しただけです。お構いなく」
「……恨むわよ、シーラ」
「はっ! あんな精神攻撃にあっさり引っかかるなんて、間抜けすぎるわよ」
 恨みがましい目を向ける同僚に向かって、シーラは鼻で笑った。カイル同様呆気に取られてその光景を眺めていたアスランは、ここで控え目に確認を入れてくる。

「その……、女性同士だし、取り敢えず、乱暴な行為にはなっていないのだな?」
「勿論ですわ、アスラン殿下! 私を心配してくださいますの? 本当に、お優しいですわね! ねえ、メリダ、そう思うわよね!?」
「…………そうね」
(お前の心配じゃなくて、メリダの心配だ。絶対分かっていて言ってるよな? 本当に、一体何があった!? メリダが無表情で、醸し出す空気が険悪なんだが!? 例の誤解を解くためにわざわざ兄上を呼び寄せたのに、まさか余計に変な方向にこじれたりしないよな!?)
 テンションの違いすぎるシーラとメリアに、カイルは本気で頭痛を覚えた。

「どうぞ」
「ああ。ありがとう……」
 そうこうしているうちにメリアはお茶を淹れ、アスランの前にカップを置く。そこですかさず、シーラは次の行動に移った。

「それでは殿下。私達はちょっと失礼しましょう。はい、そこをどいてください」
「あ、ああ。そうだな」
「はい、メリア。あんたの席はここ」
「……覚えてなさいよ?」
「何か言ったかしら?」
 カイルを半ば突き飛ばすようにして立ち上がらせ、空いたソファーにメリアを押し込む。座りながらの低い声でのメリアの恨み言を、シーラは笑顔でとぼけた。しかしこの一連の流れが全く分からなかったアスランは、慌てて異母弟に問いかける。

「え? カイル? これは一体、どういう」
「すみません、兄上。ちょっとメリダと二人で話をしてください! 俺は執務室に行ってます! 話が終わったら、廊下で待機している者に声をかけてくれれば、俺の所に知らせがきますので! それでは失礼します!」
「あ、おい、カイル!?」
 室内にアスランとメリアを放置し、半ば逃げるように廊下に転がり出たカイルは、アスランが自分を追ってきたらなんとしても言い含めるつもりで、少しの間ドアの前で待機していた。しかし幸いなことに、二人は室内に留まったままであり、安堵の溜め息を吐く。

「疲れた……」
「そのお疲れが、報われると良いですねぇ」
 すかさず茶化してきたシーラに、カイルは声を顰めながら叱りつけた。

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