身の上話の語り合い
「じゃ、じゃあ頂くな。……美味い」
「おいしい」
「…………美味しいわね。お代わり貰える?」
コップから一口飲むと間違いなくリンゴジュースだ。セプトは気に入ったようでゴクゴク飲んでいる。エプリは……一口目は用心して僅かに口に含む程度だったが、害がないと分かると一気に飲み干したな。
あとボジョが触手から少しずつ吸い取っているのだが、その部分がリンゴジュースの色に染まっているのがちょっと面白い。
「喜んでもらえると出した甲斐があるっす! ……ただお代わりはそんなに出せないんすよ。すいませんっす」
大葉が申し訳なさそうに言う。何か制限があるみたいだな。まあそれはおいおい聞いていこう。
「では改めて、これまでの出来事をお話しするっす。ちょっと長いけど退屈はさせないっすよ」
一度姿勢を正して座り直すと、大葉は自分にあった事を語りだした。
三十分後。
「大体こんな所っすかね。そして今日センパイ達に出会った訳っす。……どうしたんすかセンパイ? そんな呆けた顔して」
「何と言うか……まさしく最初から最後までクライマックスだった」
「来たばっかの時はホントにヤバかったっすね。持ち物もポケットにあった財布とスマホくらい。それ以外な~んも無かったっすから」
大葉はこの世界に早朝ランニングをしている時に来てしまったらしい。走っている最中にふと一瞬意識が遠のき、気がついたらここに居たという。
この世界で右も左も分からない大葉だったが、いつの間にか持っていたタブレットに様々な事が記されていてそれを読みながら迫りくる困難を掻い潜っていく。
どうにか住処を知り合った人達の協力によって組み上げ、そこに住み着いたは良いものの路地裏に住む者達の争いに巻き込まれ、またある時は悪徳奴隷商人に売り飛ばされそうになった。
戦い、逃げ、時には話し合いをし、そんな平凡とは言い難い日常だったが、大葉はあくまで笑い話として語って見せた。それが純粋に笑い話と本人が思っているのか、それともこちらに気を遣ってそう語ったのかは分からない。
「にしてもあれっすね。なんかこっちに来てから身体が軽いんすよね。タブレットには身体強化とかあったっすけど、センパイもそんな感じっすか?」
「ああ。やはり担当の神様が言っていたように、その辺りはゲームの参加者全員共通みたいだな」
「……えっ!? ……な、なるほど。そうみたいっすね」
一瞬大葉の様子がおかしくなった。何か気になる事でもあったか?
「しかし二週間前か。となると俺の少し後だから、大葉は八番なわけか?」
「……ほえっ!? 何の事っすか?」
「いや、だから番号だよ。俺はほら!」
右手首に付いたローマ数字のⅦのような痣を見せると、大葉は不思議そうな顔をした。
「妙っすね。あたしも変な痣が出来ましたけど、こっちはそんなのじゃ無かったっすよ」
大葉も右手首を見せるが、そこにあったのは何かギザギザした丸っぽい黒い痣。もしや漢字かアルファベットかとも思ったが、どうもそんな感じでもない。
「おかしいな? 俺は確かに担当から、参加者は皆身体にローマ数字で番号があると聞いていたが」
「そう! 問題はそこっすよ。あたしがここに来た時有ったのはタブレットだけで、
その言葉にますますわからなくなる。つまり大葉はゲームとは無関係? それも参加者の証の痣はあるけどローマ数字じゃなくて妙な黒いギザギザの丸。どういう事だ?
「……一つ良い? 何やら妙な事が起きているようだけど、ならその自称神に聞けば良いんじゃないの? ……連絡できるんでしょう?」
悩んでいる俺にエプリが横から助け船を出す。そうだった。いつもは寝る前だけどいざとなったらいつでも呼び出せるんだった。
「その手があった。ありがとうエプリ。……大葉。今から担当に話を聞いてみようと思うんだけど」
「えっ!? 神様とそんな簡単に話が出来るんすか? お告げを聞こうとするだけで苦労するイメージがあるっすけど」
「寧ろ毎日報告しろって言うくらいだよ。じゃあ呼び出すけど大葉も居てくれるか? 直接見てもらった方が良いから」
「勿論良いっすよ! ちょっと興味があるし、もしあたしをこっちに送った奴ならいっちょ文句を言ってやるっす!」
エプリは何も言わず、セプトは良く分かっていないようだ。それでも二人共動く気はなさそうなので、このままアンリエッタを呼び出すことにする。さて、どうなるか。
『……どうなっているの?』
「こっちが聞きたいよそんな事」
呼び出すなりアンリエッタは難しい顔をして宙を睨む。どうやら向こうも想定外だったみたいだ。
『そうね。そこの……アナタ名前何だったかしら?』
「大葉っす! 大葉鶫。気軽につぐみんと呼んでくださいっす! それにしても本当にあんた神様っすか? な~んかイメージと全然違うっていうか。あっ!? 貶してるんじゃないっすよ! 予想より数段プリティーでキュートって奴っす! 抱きしめたいっす」
『ツグミね。ではツグミ。神の姿を勝手に想像するのは罪ではないわ。それに女神であるワタシが綺麗で可愛らしいのは当然ね。もっと讃えなさい。あと抱きしめるのは不敬だからやめるように。……それはそうと、手首の痣を見せなさい』
こうっすか? と大葉は痣を差し出す。アンリエッタはそのままじっと見つめるが、しばらくするとまた難しい顔をしてもう良いわと呟く。
『やはり参加者の証の痣とは少し違うようね。だけどどこか似てる。……トキヒサ。その痣の情報を送りなさい。査定の要領で出来るから』
「査定の要領か。……大葉。ちょっとごめん」
「えっ!? なんすかそれ!? あたしのタブレットみたいなもんすか?」
俺は貯金箱を取り出して痣に向けて査定の光を当てる。大葉は突如出てきた貯金箱に驚いていたが、特に痛みもないのでそのまま光を受けてくれる。
『もう良いわよ。今日はここまでにしましょう。この事はひとまずこちらで調べてみる。少し時間がかかるかもしれないから、次の連絡は明日の夜中辺りにしましょうか』
「ああ。よろしく頼むよアンリエッタ。こっちも大葉にちょこちょこ聞いておく。それと……
その言葉に一瞬大葉の表情が険しくなった。彼女の言葉が確かなら、本当に訳も分からずここに跳ばされたという事だ。そんな理不尽を課した相手に対して思う所は当然あるだろう。
『ワタシじゃないわよ。そもそも手駒が増えるなら隠すより協力させた方が勝算が上がるもの。……じゃあまた明日ね。ワタシの手駒』
その言葉を最後に通信が終了する。時間ならまだ少しあったが、今は解析を優先したのだろう。
「……ふう。なんか妙な事になってきたな」
「まったくっす。と言ってもあたしとしてはこの世界に来た時点で訳が分からないっすけどね」
先ほど見せた険しさはさっぱり消え、大葉は笑ってそう答える。やっぱりそっちの方が良いな。
「大葉は俺より脈絡もなく異世界に来ているもんな。まだ俺の方が切っ掛けらしき物があった」
「あっ!? そう言えばあたしの話ばっかりでセンパイのを聞いていなかったっすね。ぜひぜひ聞いてみたいっす!」
そう言うと、大葉は目をキラキラさせてこちらを見る。
「日にちは少し長いけど、そこまで凄いものじゃなかったと思うぞ。まあそこに居る二人に全殺し一歩手前くらいにされた記憶はあるけど」
「全殺し一歩手前って大げさな。痴話喧嘩か何かっすか?」
あははって笑っているけどあの顔は信じてないな。本当なんだぞ。
「……そんな事もあったわね。あの時は竜巻で頭から床に叩きつけたのに死ななかったから驚いたわ」
「私も、最初に会った時は、ごめんなさい。影で、串刺しにしようとして」
「えっ!? お二人共ホントっすか!?」
二人の言葉を聞いて流石に大葉も少し笑顔がひきつる。確かにあれは少し頑丈になっていた俺じゃなかったらマジで死んでいたかもしれんからな。知らない人が聞いたらビビること請け合いだ。
「じゃあ今度はこっちの話をするとしようか。と言っても最初からクライマックスなんてもんじゃないけどな。出た場所がお城の中でいきなり牢獄にぶち込まれたくらいだ」
「それだけ聞くと十分凄いっすけどねっ!?」
そうして今度は俺が大葉にこれまでを語ることになった。と言っても考えたらまだ一月も経っていないんだよな。そこまで話す事もないし、こっちも三十分くらいで終わるかね。
二時間後。
どうしてこうなった? 予想では長くても一時間で終わる筈だったのに。
「……とまあ大体こんな感じだ」
「ほへぇ~。……ちょっと凄すぎないっすかセンパイ?」
何故か大葉は目をキラキラさせ、鼻息荒くグイグイと迫ってくる。いや近いっ! 近いからっ!
「これもう大冒険じゃないっすかっ! 牢獄に入れられたり謎の美女とお近づきになったり、襲撃があったと思ったら今度はダンジョンに跳ばされ、そこから出たと思ったら今度は月夜の大決戦っすか? いやもうお腹いっぱいっすよ!」
改めて考えてみると……結構色々あったな。内容が濃い日々だったのは間違いない。
「それと、お二人の事もなんとなく分かりましたっす。つまりお二人共……センパイの事が好きなんっすね?」
「はぁっ!?」
大葉は真面目な顔でそんな事を言ってのけた。何言っちゃってんのこの人っ!? エプリはフードをギュッと被り直し、セプトは……特に反応がないな。
「……意味がよく分からないのだけど、何故そんな風に思ったの?」
「だってそうじゃないっすか? さっきの話では微妙に濁してましたけど、牢獄でセンパイが戦った内の一人って多分エプリさんっすよね? 敵だった相手と突然ダンジョンに跳ばされて、そこで一時的な共闘。そして外に出た後もセンパイが助けに入ったり、それフラグバッチリ立ってるじゃないっすか!! もうムネアツっすよムネアツ」
さっきから大葉のテンションがおかしい。いや、俺が知らないだけでこれが素なのだろうか?
「……私はただの傭兵よ。雇われて付き合っているだけ」
「え~っ? そうっすか~? それにしては親身にしすぎな気がするっすけどね。特にダンジョンを出た辺りから」
「雇われたからには最善を尽くすというだけよ。……契約が終わるまではね」
「本当にそれだけっすかね~?」
エプリは表情がうかがえないが、大葉は口元に指を当てムフフとした顔でそんな事を言っている。お前はアレか? 人がちょっと仲良くしたりするとすぐに恋愛感情に結びつけようとする類か?
それとエプリの契約が終わるまでという言葉に少し寂しい気持ちが湧く。……そうだよな。エプリも家族の為に金を稼がなきゃならないみたいだし、いずれは別れないといけないんだよな。
そんな事を考えていると、大葉は今度はセプトの方に話を切り出す。
「じゃあ次っすね。セプトちゃんはセンパイの事好きっすよね?」
「うん。トキヒサは好き。私のご主人様」
こうストレートに言われるとなんか照れるな。う~む。子供に慕われる親の気持ちはこんな感じなのかね? ……あくまで保護者(仮)のつもりだけど。あと大葉がその言葉に悶えている。
「ご主人様とか年下の子が言うとなんかグッとくるものがあるっすね。ある意味背徳的っていうか。ちなみにその好きはライクの方っすかね? それともラアァヴの方?」
「……?」
大葉がやけに巻き舌で言っているが、セプトは意味がよく分かっていないようでキョトンとした顔をしている。といってもいつもと同じ無表情なので分かりにくいが。
「むぅ。まだちょ~っと早かったっすかね。いやあセンパイモッテモテじゃないっすか!!」
「モッテモテって言ってもあくまでエプリは護衛としてだし、セプトに至っては俺が今の主人だからだぞ」
まったく好意を持たれていないとは言わないが……仲間として好きぐらいはあるかな? なんだかんだ一緒に過ごしてきたからそれくらいはあると思いたい。やっぱりラブというよりライクだな。
「まあ、そういう事にしておくっすよ! やっぱりラブ話はこっちの世界でも良いもんっすね~」
「俺は大葉のそのテンションが疲れるよまったく。大葉って元の世界でもそんな感じだったのか?」
「いやいやまさか。あたしだって普通初対面の人相手にここまでノリノリで話したりはしませんっす。ただ……久しぶりに同郷の人に会えたからテンションが良い感じになっちゃってるだけっす」
「いつもこんな感じじゃなくてホッとしたよ」
それからまたしばらく、俺達はたわいのない雑談を交わしていった。