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(1)微妙な立場

 この一年程、月一回の頻度で公務のために大神殿に出向いているカイルは、深い溜め息を吐いてから馬車から降り立った。無表情の彼とは対照的に、愛想の良すぎる笑顔を浮かべた神官長が待ち受けており、カイルは心の中で舌打ちをする。

「お待ちしておりました、カイル殿下。さあ、どうぞこちらへ」
「神官長。毎回の出迎え、ありがとうございます」
 穏やかな笑顔を浮かべつつ、カイルは心の中で(相変わらず暇を持て余しているらしいな)と悪態を吐いた。対する神官長は、更に笑みを深めながら言い募る。

「いえいえ、加護をお持ちの殿下が、毎月出向いてくださっているのです。本来であればこの大神殿所属の神官全員でお出迎えしなければいけないところ、主立った者だけでのお出迎えで申し訳ございません。何分、各自の務めを疎かにするわけにはいきませんのでな」
「結構です。皆さんの仕事の妨げになってはいけません。神官長の判断を尊重いたします」
「そう言っていただけると、大変ありがたいですな。さすがは王族の教育を任されている教授陣からも、優秀だと評判の殿下です」
「ありがとうございます」
(毎回毎回、多少言い回しを変えただけで、良く同じ内容を繰り返せるな。飽きないのか? 母上の推挙で年長者を差し置いて神官長に就任したのは良いが、若年性健忘症になったのかもな)
 最近は実の母親からも厄介者扱いされているカイルは、母の指図で絶え間なく嫌味を繰り出してくる神官長に、辟易しながら当たり障りのない言葉で返していた。そうこうしているうちに神官長室での事務的なやり取りはあっさり終わり、神官長がお約束の台詞を口にする。

「これで今月分の王家からの寄付内容と、祭事のご連絡の確認を済ませました。それでは主聖殿の方に移動いたしましょう。折角いらしたのですから、今回も女神様に祈りを捧げていかれるのでしょう?」
「……そうですね」
(全く……。こいつが露骨に嬉しそうにしているのを見るのも飽きたな。茶番極まりない)
 主聖殿に寄らずに帰るなどと口にしようものなら、なんと罰当たりなと大げさに喚くのが分かり切っている為、カイルは毎回呆れながらこの茶番に付き合っていた。嫌らしく笑う神官長の顔をできるだけ視界に入れないようにしながら、カイルは周囲の神官達と共に主祭殿へと向かった。

「そういえば、カイル殿下は今年18歳におなりですね。きっと盛大に、成年祝賀の会が催されるでしょうな。昨年のジャスパー殿下の祝賀会は、盛大であられましたからな」
「そうでしたね」
「3年前のランドルフ殿下の祝賀会もなかなか盛大でありましたが、お二人とも加護持ちとは言え、所詮はご生母が側妃の方々。王妃陛下がお産みなされた、しかも加護持ちのカイル殿下の成年祝賀の催しとなれば、国を挙げての祝祭となる筈ですからな。今から楽しみです」
「そうですか」
(まあ、これくらいの嫌味など、今更過ぎてまともに反応する気にもならないが、そろそろリーンの忍耐力が心配になってきたな)
 ここでカイルは、自分に付き従ってる側近の様子を横目で確認した。

(取り敢えず、まだ大丈夫そうか?)
 毎回の事だからそれなりに耐性はあるだろうと信頼はしているものの、ここまで全くの無言で無表情な状態を確認し、カイルは溜め息を吐きたくなった。

「さあ、殿下。どうぞお入りください」
「ああ」
 恭しく入場を促された主祭殿は午前と午後に2時間ずつしか解放されておらず、最奥の聖壇に設置されている主神シュレイアの像と足元の宝珠に向かって、行列ができるのが常であった。例に漏れず、その日も一番混む時間帯だった事で結構な人数が列を作って順番待ちをしていたが、神官長が当然の如く大声で場内の神官達に言いつける。

「お前達、カイル殿下が女神様にご挨拶なさる。一時、参拝の列を止めるように」
 その宣言に、カイルははっきりと不快さを露わにし、神官長に反論した。

「神官長、それには及ばない。皆、列に並んで待っているのだろう。私は列の最後に並ぶから。時間もあるから大丈夫だ」
「何を仰います。多忙な王子殿下がここに出向いていただいただけでもありがたいのに、余計な時間をおかけするのは申し訳ありません。ほら、さっさと道をあけさせろ」
「分かりました」
「皆さん、全員左側に寄って、道をあけてください」
 カイルの申し出など歯牙にもかけず、神官長は横柄に周囲に言いつける。部下達は慌てて並んでいた者達を移動させ、当然おとなしく待っていた者達の不審と怒りを買った。

「なんだよ、こっちはさっきから並んでいるのに」
「あ、ほら。あれを見て。カイル殿下じゃない?」
「え? あの? 加護詐欺王子か?」
(今月も御前に参りました、シュレイア様。あなたの与えた加護が何たるかを、十年以上経ても未だに知らずにいる、不心得者が)
 物見高い群衆の、好奇心と侮蔑の視線を一身に浴びながら、カイルは無言で聖壇に向かって歩いて行った。


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