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菜摘さんの息がいつもより荒い訳ではない。

そして、僕の呼吸音も少なからずこの空間に響いてるに違いない。

だけど不思議と、僕の耳には菜摘さんの呼吸音だけが……

今ここで呼吸音を出し得る二人の人間が、共に一つの空間に存在するという事実だけが…

僕の耳に届いていた。


「……菜摘さん……?」


僕は堪らず声をかける。


「……なんだか、昔を思い出すなぁ……。」

「昔…?」

「うん。私がまだ幼い頃。病弱だった私の為に、お父さんがよくこうしてお粥を作ってくれていたの。」

「そうだったんですね……。」

「私は体の具合が悪くなる度に、お父さんのお粥を食べられるんじゃないかって事だけを考えるようになってたの。……大好きな人が、自分の為に何かを作ってくれる……その事実に、酔っていただけなのかもね。」

「何となく、わかる気がしますよ。」

「…まあ、お父さんにとっては迷惑だったのかもしれないけどね。なんたって、私は少しでも具合が悪くなるとすぐにお父さんに甘えてたのよ?お粥作ってーお粥作ってー。そればっかり。」

「……もしかしたら、お父さんも"酔っていた"のかもしれませんよ?」

「…え…?」

「菜摘さんの言葉が、凄くしっくり来ました。……大切な人と一緒にいる空間。その人の為に何かをすること、もしくはしてもらうこと……それって、その事実だけで本人たちを酔わせる十分な要素になると思うんです。」

「…どういうこと…?」

「…つまり…」


目を見て言葉を止める。

僕の拙い言葉で、しっかり伝わるだろうか…。

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