69章 笑いのツボ
「アヤメさん、アイドルをやめるのはどうしてなの?」
「20歳になったら、アイドルをやめようと思っていたの。アイドル業界を生きられるのは、22歳までといわれているからね」
アヤメほどの人気があっても、年齢の壁に勝つことはできない。人間の自然現象は、すべての人を巻き込んでいく。
アヤメは深呼吸を繰り返す。
「スタッフから慰留されたけど、私の意思は変わることはなかった。アイドル生活にピリオドを打つことにした」
多くの人間を使い捨てする業界で、アイドルを慰留される。アヤメの実力、人気を認めている証といえる。
「アヤメさんなら、25歳、30歳になってもやっていけるような」
アヤメははっきりとした意思をこめて、首を横に振っていた。
「25ならいけるかもしれないけど、30は絶対に無理だと思うよ。25を過ぎると、肌は急激に劣化していく。アイドル活動をするための、体力も失われていく」
25のアイドルは稀にいるけど、30のアイドルは厳しい。どんな美人であっても、肌の老化、体力の衰えに勝つことはできない。
シノブは水を口に含んだ。
「2日前に、大物新人が入ってきたの。私をあっという間に、追い抜いていくと思うよ」
「そんなすごい子がいるの?」
アヤメは小さく頷いた。
「7年間守ってきた、トップを明け渡すことになる。私の時代は終わりを迎えようとしている」
「アヤメちゃん・・・・・・」
「私は努力型の作られたアイドル、新人は天才型のアイドル。凡人はどんなに努力しても、天才
に勝つことはできない」
ミサキの立場からいうと、アヤメも天才型のアイドルに分類される。どんなに努力をしたとしても、彼女に追いつくのは無理だ。
ミサキのおなかから、空腹のサインが発せられる。アヤメはその音を聞くと、おなかに手を当てて大爆笑する。彼女の笑いを見ていると、10人から同時にくすぐられているかのようだった。
「アヤメちゃん、笑いすぎだよ」
「ミサキちゃんが、おなかの音を鳴らすから・・・・・・」
ミサキは恥ずかしさのあまり、顔が真っ赤になっていた。
アヤメの笑い声を聞いた、シノブがこちらにやってきた。
「アヤメさん、どうかしたの?」
「ミサキちゃんが、ミサキちゃんが・・・・・・・」
ミサキはなぜ笑っているのかを、シノブに小さな声で伝える。
「なるほど・・・・・・」
アヤメの笑いは止まらなかった。完全にツボに入ってしまったようだ。
「ミサキちゃんは、とってもユニークだね」
褒められているというより、けなされている印象が強かった。そのこともあって、ミサキの眉間には大量の皺が寄っていた。