68章 アヤメの肌
ミサキは来店したお客様に、深々と頭を下げる。
「今日はご来店していただきまして、誠にありがとうございます」
アヤメは気に入らないことがあったのか、むっとした表情になった。
「ミサキちゃん、ラフに接するように」
アイドルのトップをしているからか、言葉に重みを感じられた。
「ラフ?」
「お客様としてではなく、一人の女性として接するということ。かしこまった表現、敬語は不要だよ」
ミサキは小さく頷いた。
アヤメは二つの黒い目で、ミサキの体を観察する。
「アヤメちゃん、恥ずかしいよ」
ミサキはアイドルではないため、体を見られるのは不慣れだ。
「ミサキさん、おなかに触ってもいい?」
「どうぞ・・・・・・」
アヤメはゆっくりと手を伸ばす。
「大食いガールとは思えないほど、細い体をしているね」
アヤメは自分のおなかを触った。
「私とほとんど同じだね」
ミサキはもともと細いのに対し、アヤメは日々の努力で体を作っている。彼女の並々ならぬ、
努力を感じた。
アヤメは手をゆっくりと離す。
「ミサキさんがとってもうらやましい」
「そうかな?」
「たくさん食べても太らない体は、アイドルにとっての理想だよ」
アイドルには、細い体が絶対条件である。これをクリアしなければ、活動していくのは不可能となる。
「体をキープするために、野菜、豆、ひじき、納豆といった健康食だけを食べていた。お寺の精進料理を食べているみたいだよ」
「から揚げなどは食べなかったの?」
「から揚げを食べると、顔色劣化につながるの。アイドルにとっては、致命傷になりかねない」
顔は他人に一番見られる部分。ここに劣化が見られると、写真集を売るのは難しい。
アヤメは自分の顔を触った。
「オイリー肌ということもあって、肌にはかなり気をつかっていたよ」
「オイリー肌?」
「肌がべたつきやすい、メイク崩れしやすい、ニキビができやすい肌だよ。通常の人よりも、肌
トラブルを起こしやすくなるの」
アイドルは見られる職業なので、肌トラブルは厳禁だ。
「オイリー肌以外にも、アトピー性皮膚炎もあるの。から揚げ、ポテトチップスを食べると、強烈なかゆみに襲われる」
アヤメの肌は真っ白であり、アトピー性皮膚炎には見えなかった。
「肌の乾燥、アトピーがあったからこそ、食事に気を配ろうと思えた。病気に感謝しないといけ
ないね」
マイナスになる部分を、糧にすることができる。アヤメという女性の、本当の強さを感じられた。