50章 縮められない差
アヤメはシノブに声をかける。
「シノブさん、久しぶりだね」
シノブはいつにもなく、緊張の色が濃かった。
「アヤ・・・・メさん」
アイドル界のトップを前にするだけで、言葉を発することができなくなるなんて。普段は堂々としている面影は感じられなかった。
アヤメは時計を確認する。アイドル活動があるので、長い時間を取るのは難しいと思われる。
「シノブさんに、一目を置いていたの。将来的にはトップを取る、逸材になれると思っていた」
アヤメからは王者の風格、王者の貫禄を感じる。人の上に立つ女性というのは、発するオーラが異なる。
「睡眠を削っていなければ、一流アイドルになれていたと思う」
お世辞でいっているのではなく、心の中にある本心をぶつけている。アヤメを見ていると、そのように感じられた。
「みなさんも同じだよ。ちょっとの差を埋めようとするために、無理をする必要があったの?」
アヤメにはちょっとだとしても、シノブたちはとてつもなく大きな壁だった。そうでなかったら、無理をする必要性はない。
「アイドルで失敗する女性は、自分から壊れていく人が多い。それを見るたびに、切ない気分になる」
才能のある女性が存在するだけで、周囲の女性を勝手に壊れていく。本人は気づいていないけど、れっきとした事実なのである。
アヤメは時刻を確認する。スパンの短さからして、長期の話は難しいようだ。
「次の仕事があるから、ここまでにするね。次にあったときは、いろいろなことを話したいよ」
アイドルのスケジュールは秒刻み。一般人のように、フリータイムを過ごすのは難しい。
アヤメスマイルを見せつけたあと、車に乗り込んでいった。トップとして活躍しているのに、背中は小さく感じられた。