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3・赤ペンキちゃん

「お、終わったぁ」
 熱いため息がでる。
 そしてやっとの思いで立ちあがったの。
 席から立ちあがるだけでも、体重が何倍にもなったみたい。
 体重が倍に感じるなんて、ウイークエンダーの加速でいくらでもあるけど、この重さは何だろう。
 でもえらいぞ、佐竹 うさぎ!
 VTRの後にも、いろんな人からいろんな意見をもとめられた。
 途中トチることはあったけど、なんとかやり遂げた。
 私が子どもだから、みんな優しくしてくれたのかなぁ?
 ……子どもでよかった。

 舞台うらで資料を片づける。
 サマージャケットだけど、ビシッと決めるために着ていたブレザーを脱ぐ。
 すべては白ウサギリュックに放り込む。
 表へでれば、あとは楽しい時間の始まり!
 意気揚々と、ふかふかカーペットの廊下にでた。

「「「佐竹さん、お疲れさまです! 」」」
 ガチッ! と一瞬だけ、歩く姿勢のまま止まる。
 そうだ。まだこれがあるんだ。
 リアルに人数分カッコを並べると、300以上並ぶのでこれで許してください。
 廊下で待っていたのは、そう言って頭を下げる、灰色制服の列。
 ハテノ中の生徒たちの、実にキッチリした礼だったよ。
 安菜もその中の1人だね。
 ……だけど私は、その瞳にアヤシイ光を見た。
 私を笑いたい、緊張する私がおかしくてたまらない目だ。
 ……まあ、いつもの事だね。
 安菜の思い通りになるのはシャクだから。
 私はふたたび背筋をのばして、みんなに礼を返す。
「ありがとうございます」
 そうだ。私には、りそうがあるんだ!
 ちびりそうだ。

{臨時 暗号世界&MCO国際会議}
 その看板をくぐって、会場のラポルト・ハテノをでる。
 暑い!
 夏の空気は、夕方に向けて少し黄色くなっていたよ。
 今度こそ、楽しい時間のはじまり!
 隣の駐車場に向かおう。
 白い巨大なテントにおおわれた、楽しいイベント会場へ。
 このビル解体の場にありそうなテントは、クレーンや人の手なら立てるのに数か月かかる。
 ウイークエンダーのようなロボットなら、傘をさすように一日で立つけどね。
 特務機関プロウォカトル。
 それが経営する割烹居酒屋いのせんす。
 そのでっかいロゴが入ったテントは、怪獣の体液でも謎のガスでも変な超物質でも飛び散らないようにする物なの。
 怪獣を解体する時、本当に、どんなものが出てくるかわからないからね。

 今日は生徒たちは現地解散。
 生徒たちは、まずブレザーを脱ぐ。
 家へ帰ったり、私を追い抜いてテントへ行ったり。
「よかったよ。うさぎ」
 安菜もテントへ向かう1人だね。
「早く行こう! 」
 私の手を引いて、テントへ向かう。
 まあ、この明るさには救われるね。
 人によっては、隣の{ハテノキャバレー}……と書いてある、市が持ってる建物にも行くね。
 壁にイルカの絵が描いてある、年季の入った建物。
 キャバレーと言っても、大人向けのお店じゃないの。
 元はフェリー乗り場の待ち合いだったらしいの。
 でも、フェリーはなくなっちゃった。
 次はレストランになった。
 私が生まれるかどうかの時にはもう潰れていたの。
 その後は市が買い取って、時々イベントに使っている。
 今日は特設オシャレなカフェとして使われているの。
 後で必ず行こう。

 テントの入り口は、高さ53メートルのウイークエンダーが入れる特殊繊維製のドア。
 それもあるけど、今回は車両用のシャッターで。
 ビニールのすだれをくぐると、ああああっ! 涼しい!
 中はまさに、お祭り広場。
 そして、この街ならではの光景が広がるの。
 まずは屋台。
 ハンター・キラーの装備が並んでる。
 地球製なら軍用ドローンとか、銃とか、車とか。
 暗号世界なら、怪獣の体を利用した剣や盾、鎧も多いね。
 これらを目当てに、わざわざ足を延ばしてやってくる人たちもいる。
「せっかく地球にいるんだし」
「思い出づくりだよね」
 楽しそうな話声。
 全くかわいいな……。

 そして、ごついハンター・キラーの男女にならんで、紺色の学生服たちがちらほら。
「銃、詳しいね」
 クールビズ姿の大人の男性が、頭に黒い触角をもつ昆虫のような固い肌を持つ異星人に話しかけてる。
「はい! 勉強しました」
 バーストによって、普通の物理事情では起こらないことを起こす異能力者が現れたのは、もう話したよね。
 この町には、そんな異能力者のための学校があるの。
 平均的身長だった男子が突然、上下左右前後に4メートルほど膨れ上がる。
 制服も、それに合わせて膨らんでいく。
「やっぱりこのほうが背が高くても似合うかな」
「うわ。でっかいハンマーだな」
 紺色のブレザー、同じ色にチェックの入ったスラックスかスカート。
 頭を紺色の布でおおう女子もいる。ブルカだよ。
 それは、異能力者の通う学校、魔術学園の制服なの。
 制服のデザインのグレードはハテノ中と大して変わらない気がするのに。
 何となくシュッとしてる気がするのはなぜだろう。
 魔術学園は幼年部から小中学、高等、大学、大学院までそろってる。
 制服を着るのは幼年部から高等部まで。
 バーストから20年以上の間に、そんな学校もできた。
 海外や異星人の入学も多いの。
 そんな彼らの中には、ハンター・キラーとして生計を立てている人も多いの。
 彼らもお客として、灰色の制服と一緒になって遊んでる。
 そうだ。安菜のママもそんな魔術学園の生徒だったね。
 能力は安菜に受け継がれなかった。

 まあ、それは置いておいて。
 目指すはクレープ、から揚げ、まるまる焼き、その他もろもろの屋台!
「ねえ、チョコバナナにしない? 」
 安菜が誘う。
 懐かしいな。
 小学校低学年のころ、安菜がチョコバナナを食べようとしたとき、(やーい、共食いだ)とからかう同級生がいた。
 安菜は確かにチョコレート色。
 だからって、チョコレートを食べちゃいけないって、おかしい!
 そう思ったから、かばった。
 もともとタフだった安菜が、必要だったとは思えないけどね。
 でも、それがロマンスの始まり。
「それもいいね。あ!
 たこ焼きが2件ある! 食べ比べしよう! 」

 ところで君は、ドスの効いたキンキン声というものを聞いたことがあるかな。
「わかるよ。 なんで赤いボディと白いウイングかぐらい」
 その声はお祭りのザワザワを超えて聴こえてきた。
 私の美食欲をなえさせる、怒りと憎しみが込められた声が。
「類感魔法でしょ
 手に入れたい力の持ち主に似せることで、その力を得る魔法」
 詰め寄られた相手は、みんな大人だったけど、青い顔をしてたたずんでいる。
 黒い燕尾服を着ていた。
 それも中世ヨーロッパ物のファンタジーに出てくるような、銀色の豪華な刺繍がしてあるの。

 暗号世界の人たちだ。
 私たちの世界からは、密接なつながりを持ちながら……。
 死んだ人の魂が、生まれ変わったり、時々生きたまま行ったり。
 すぐ近くにありながら、それが異能力など、異なる物理法則で隠された世界。
 それが暗号で隠されているように見えるから、暗号世界。
 ……でもこれって、差別的な名付け方だと思うの。

 キンキン声の熱弁は続く。
「早い脚がほしいから、鹿や馬の毛皮をかぶる。
 力がほしいなら、熊の毛皮をかぶる。でしょ。
 それが使えないの。私、無能力者だから」

 九尾 朱墨ちゃんだ!
「キュウビ シュズミちゃん? 」
 名前は習字で使う赤い墨のこと。
 さっきの会議にもいた、キツネ型ロボット北辰の部隊、ホクシン・フォクシスを率いた隊長さん。
 そして小学5年生の女の子。

 朱墨ちゃんは、ハンター・キラーむけのコーナーにいた。
 その中でも、強力な商品。
 巨大ロボットのコーナー。
 今並んでいるのは、地球で作られるロボットがほとんど。
 でもそのサイズは巨大とは言い難く、大体5メートル前後。
 電線をくぐったり、路地を通りやすくする機動性を確保するためにね。
 そもそも、技術的にそれ以上大きなものが作りづらいこともある。
 家を無視して踏みつぶすようなまねは、許されない。
 ウイークエンダーは、まあ、しょうがない事態にしか使わないということで。
 コーナーの中で、ウイークエンダー並の高さ30メートルほど機体が、1体だけある。
(ロボルケーナか)
 会議にも出席した、かわいい奥さん宇宙怪獣の姿をしたロボットだ。
 ただし、イメージは似ても似つかない。
 赤いボディは“血のような”とイメージしたくなるような、敵意を感じさせる鋭さのある装甲。
 反対に背中から生えた羽根は、グロス感さえ持つ新雪の白だよ。
 しかも羽根は左右3対。
 背中、肩、腰を完全に覆っている。
 その姿は、中に赤い竜を守る白いピラミッドみたい。
 ……ちょっとチラリズム感じるね。
 確か、ボディと羽根は別の星で作られたんだよ。
 そして両方の星には、もうだれも住んでいない。
 ……戦争で、みんな滅んだから。
 MCOを多く含む機械の無事なものを何とか探してきて、二つ合わせて作られたんだ。
 そのテストパイロットが、朱墨ちゃん。

「私と言えば、青でしょ。
 これは仕様書にも書いたはずですけど」
 ここハテノ市が、世界で一番怪獣が現れる場所なのは、もう教えたよね。
 彼女は、ここの戦力に空白を生まないための、後づめのエース!
「あっちの海の向こうに山が見えたでしょ」
 そのむちゃくちゃ強いエースが、イラついた様子でテントの壁の、その向こうを指さす。
「はい」
 指をさされた暗号世界のスタッフも、それは分かったみたい。
 確か、シロドロンド騎士団というの。
「あそこから清らかな霊気を感じた?」
 朱墨ちゃんが指さす山。
 ここの海の向こうには、夏でも雪が消えない山々が並ぶ。
 その鋭く、壮大な姿の山は、日本でも有数のありがたい山。
 つまり、信仰の対象になり、修行の場ともなる、霊山なんだ。
「はい」
 詰め寄られてる、シロドロンド騎士団。
 みんな青い顔をしてる。
「私はあそこに配属されたロボット部隊の隊長なんだがね」
 朱墨ちゃんにそう言われ、一番冷や汗を流した男の人が答える。
「そ、それは存じております。
 ファントム・ショットゲーマー」
 朱墨ちゃんのレイドリフト名、ヒーローとしての通り名を知ってるなら、本当だね。
 でもスタッフさんの答えは、朱墨ちゃんの望むものではなかった。
「しかしながら……」
 一度目をギュっとつむり、意を決した様子で説明する。
「このロボルケーナは、間違いなくわが社の最高傑作であります。
 機体とウイングの結合部には、パイロットの異能力によって稼動するため、高い操作性を誇ります」
 説明をきく朱墨ちゃんの肩が、震え始めた。

「どうしたの、うさぎ。急に固まっちゃって」
 心配した安菜が呼んでる。
 そうだ、こうしちゃいられない。
「安菜、力を貸して」
 私たちが必死の準備を始めた。
 まず、リュックを下ろす。
 中からブレザーをだす。
「安菜のもだして! 」
 対処する私たちの必死さも知らず、暗号世界のスタッフは火に油を注いでる。
 
「それに、白と赤の組み合わせも、大変視認性が高く、戦場での勝利の象徴としてはふさわしいかと。
 異能力者のパイロットと組み合わせれば、必ずご満足いただける戦果を残せるものかと――」
「なんで私個人のゴマンゾクの話になるんですか。
 機械しか扱えない人間は、どうせ落ちこぼれなんですね」
 きっとこの時、朱墨ちゃんの我慢が限界に達したんだ。
「私はMCOパートナーです!
 自分に合った装備を受け取る権利があります! 」
 火のような怒りを、細い輪ゴムのような意志力、プライドで抑え込んだ、叫び。

 私が声をだす。
 少しでも判断を惑わすように、できるだけ低い声で。
「赤ペンキちゃ―ん」
 朱墨ちゃんが、こっちへ振り向いた。
「だーかーらー! 」
 その顔に、幼い少女の面影はない。
 怒りに燃える闘士だ。
「赤はママが好きな色だって言ってるでしょ! 」
 その鬼の形相のまま、こっちに突進してきた!
「いまだ! 広げて! 」
 私と安菜が左右に別れると、2人の間に大きな灰色の布が広がる。
 2人分のブレザーを、袖どうしで結んだものだよ。
 それにロケットか猛牛か、とにかく突進するナニモノカになった朱墨ちゃんが突っ込んだ!
 ドスン! と、2人がかりでも足が滑るほどの、衝撃!
 それでも!
「ぐるぐる巻きにして! 持ち上げる! 」
 私の望みどうりに、安菜が動いてくれる。
 ハンター・キラーでもないのに、こういうのがうまいのはなぜだろう?
「どうも。お騒がせしました! 」
 周りの人に声をかける余裕さえある。
 すごい。
 よし、私も!
「あそこに行こう! 朱墨ちゃん。
 外壁に勢いよくジャンプするイルカの絵があるでしょ」
 キャバレーハテノだよ。
 朱墨ちゃんは、なんとか2人分のブレザーで、ぐるぐる巻きにする。
「見てよこの絵! シュッ! と海面を突きぬける音が聞こえてきそうでしょ」
 その間も、朱墨ちゃんは狂ったように獣のように吠えつづける。
 ヒイィッ!
 まけない。負けない!
「だけど、長年の雨や風でボロボロになったの」
 ジタバタする朱墨ちゃんを、そのまま2人で肩にのせてやる。
 今は、朱墨ちゃんとシロドロンド騎士団を引き離すほうがいいと思うんだ。
 でもそのことは、今は伏せて。
「お金が稼げれば、あの絵を綺麗に塗り直してくれるかなー?
 と思って、イベントがあると通ってる。
 私の秘かな希望なの。
 あんたも、協力してくれないかなー」

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