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セプトは人気者?

 横転している荷車に近づいて見ると、どうやら車輪が外れただけでなく軸の棒の部分が折れているようだった。

 引っ張っていた二頭の馬がまだ繋がれていて、興奮してその場で暴れている。下手に近づくと蹴り飛ばされそうだ。

 幸いというか横転したのは丁度人の居ない所だったようで野次馬は居ない。荷車の傍には投げ出されたらしい男の人が倒れていた。ラニーさんがいち早く駆け寄る。

「……う、うぅっ」
「良かった。気を失っているようですが、怪我は打撲と擦り傷のみで命に別状はなさそうです」

 安心したようにラニーさんは言う。命に別状が無いって言うのなら良い事だ。

「ではラニーさんはその方の介抱をお願いします。アシュ。暴れている馬を落ち着かせられますか?」
「……まあやっちゃあみるけどな。専門家じゃないから上手くいくかどうか分からんが」
「お願いします。ここで下手に暴れられたらマズいですからね。その間に私とトキヒサさん、エプリさんとセプトさんは荷物の回収を」

 ジューネはテキパキとやることを指示していく。頭の回転が速いし行動力もあるから、こういう時は頼りになるな。緊急時に多少パニくる傾向があるけど。

「……ではジューネ。肝心の荷車本体はどうするの?」
「そうですねぇ……動かそうにもかなりの重量がありますし、ひとまず荷物を片付けて道に通れるスペースを作る方を優先しましょうか。その後でヒトを集めるなりなんなりして荷車を動かしましょう」

 エプリの言葉に一瞬だけ考えてジューネは答える。確かに車輪が使えない以上、動かすだけでも大変そうだ。後回しにするというのは納得できる。

「よし。それじゃあ荷物を集めて脇に寄せるとしますか」
「うん。分かった」

 俺とセプトは早速落ちている荷物を集め始める。ボジョも服の袖から触手を伸ばして手伝ってくれた。よく気が利くな。

 荷物は大半がちょっとした段ボール箱くらいの木箱。抱えるようにして持ち上げるが結構重い。ややゴツゴツしているが石か何かでも入っているのだろうか? 

 小さめの包みはセプトに任せ、そのまま二人で近くの建物の壁際に移動させる。幾つも包みを抱えて歩くセプトの様子は、無表情でなければほっこりするものであること請け合いだ。実に惜しい。

「それはこちらに。まとめておかないとまた通行の邪魔になりますからね」

 ジューネは荷物に傷などが無いか確認しながら置く場所を指示する。確認作業は任せよう。……しかし地味に数が多いな。

「よいしょっと。こりゃあ意外に重労働だぞ。エプリ。そっちはどう……えっ!?」

 エプリの方を見ると、木箱を三つほど風で浮かせながら悠々とこちらに歩いてくる姿があった。そのまま風で壁際に移動させ、ゆっくりと地面に下ろすエプリ。

 ……俺は精々そよ風くらいしか吹かせられないけど、けっして羨ましくなんかないぞ。

 そんなこんなで荷物を大体片付けた頃には、それなりに経った事で周囲に野次馬も増えてきていた。

「人が増えてきたな。これだけいれば荷車を移動させられるんじゃないかジューネ。……ジューネ?」

 返事がないので振り返ると、ジューネは木箱の一つを真剣な眼差しで見つめていた。それは散乱したはずみか一部が壊れていて、隙間から何やら石のような物が覗いていた。

「……どうしてこんな物が」
「ジューネ。どうかしたのか?」

 気になって近づくと、ジューネはハッとした様子で顔を上げる。

「えっ……あぁ。ちょっと気になるものがあったので。それより今は荷車の方ですよね」

 どこか慌てたようにジューネは荷車の方に歩いていく。なんか怪しいな。まあジューネの言う通り、今は荷車をどうするかが問題だけど。

 アシュさんも馬達を落ち着かせたようで、今は優しく馬の首を撫でている。これなら大丈夫そうだ。

 エプリは木箱を運び終わった時点で壁に寄り掛かり、自分の仕事は終わったとばかりに目を閉じて動かない。……いや、微かに周囲に不自然な風の流れがある。ダンジョンじゃないんだからそこまで警戒しなくても。

 問題の荷車だが、ジューネが周囲に集まってきている野次馬達に手伝いを呼びかけている。しかし荷車も重量があり、集まった数名だけではまだ苦戦しているようだ。

「よし。俺ももうひと踏ん張り手伝うとするか」
「待って。私、やる」

 荷車の持ち上げに参加しようと俺が向かおうとすると、セプトが俺を制するように立ち上がった。

「やるって……あれ相当重そうだぞ。セプトにはちょっときつくないか? やっぱり俺が」
「でも、トキヒサ体痛いんでしょ? 安静に」

 まあ確かに身体はギシギシ言ってるし、さっきぶつけた所も地味にジンジンするけど大丈夫だぞ。だけどセプトは俺の腕を掴んで離さない。

「トキヒサ。命令して。そうすれば、頑張れる」
「命令って」

 命令されたがる奴隷なんて聞いた事ないぞ。だけどセプトは無表情ながら目だけはやる気に満ちていて止めても聞かなそうだし、それこそ止めろって命令するくらいじゃないとダメだ。……仕方ない。

「じゃあ命令だ。“他の人の邪魔にならないよう荷車を運ぶのを手伝う事。怪我をしない事”。以上だ」
「分かった。トキヒサ(ご主人様)

 セプトは一度大きく頷くと、皆で悪戦苦闘している荷車の所に歩いていく。……大丈夫かな?




 持ち上げようとしている男達がセプトに気づくと、口々に笑いながらやめとけやめとけと言う。あと微妙に数人の顔がにやけている。確かにセプトは見た目華奢な人形みたいな美少女だもんな。そんな相手から手伝うと言われたら、つい顔がにやけるのも仕方ないか。

 しかし引き下がらないセプトに根負けしたのか、少し会話した後スペースを空けてセプトが持つ部分を作る。

 ……なんか他の持ち上げようとしている人達が凄い気合が入った顔してるな。僅かに風に乗って、万が一にもバランスを崩すなよとか、この子に怪我させたらそいつはタコ殴りの刑だぞとか聞こえてくる。あの僅かな時間で心を掴んでないか?

「それじゃあ息を合わせろよ。……一、二の……三っ!」

 タイミングを合わせて、力を入れる野次馬達。すると、

「おわっ!?」
「おっ!? さっきより軽く感じるな」
「これなら行けるぞ。少しずつこのまま壁に寄せていくんだ」

 明らかにさっきより持ち上がっている。これが美少女の為一致団結した人達の実力だと言うのかっ!? そのまま少しずつ通行の妨げにならない所に移動させていく。セプトも顔を赤くしながら頑張っている。

「偉いぞセプト……って、ありゃ?」

 よく見ると荷車の影が不自然な動きをしている。一部が下から浮き上がって、荷車を押し上げている感じだ。そしてその影はセプトの影に繋がっている。

 ……まあ魔法を使うなとは言ってないし、他の人にはバレてない。邪魔をしている訳でもなくちゃんと手伝っている。なら良い……のか?

 そのまま壁際に移動し終わると、口々に男達はセプトを誉めそやす。魔法がバレたようではないが、セプトが居たから出来たのは分かったのだろう。

 そして一通り盛り上がると、野次馬達はやり遂げた満足げな顔をしてセプトに手を振りながら帰っていった。いつの間にか大人気である。

「トキヒサ。出来た」
「おうっ! よく頑張ったな」

 セプトが無表情ながらもどこか自慢げな口調で報告してきたので、俺も笑いながらそう言って労う。魔法の方はどうせ定期的に使わないといけなかったしな。セプトもバレないようにこっそり使っていたみたいだし、敢えて何か言うこともないだろう。

 労うと言ったらこれだろうと、俺はついつい昔陽菜にやったみたいにセプトの頭を撫でる。……待てよ? 小さい頃の陽菜はこうしたら喜んでいたが、これは流石にマズいか?

 ちらりとセプトの様子を伺うと……良かった。どことなく嬉しそうだ。基本無表情だから、俺の願望から嬉しそうに見えるだけかもしれないが。

「良かった良かった。もう少しかかるかと思いましたが何とかなりましたね」

 ジューネとアシュさんがこちらに歩いてきた。俺はセプトを撫でるのを止めて二人に向き直る。……微妙に名残惜しげな顔をセプトがしていた気がするが気にしないでおこう。エプリも壁に寄り掛かりながらこちらの話に耳を傾けているようだ。

「倒れていた奴が目を覚ましたぞ。ラニーが介抱しながら事情を聞いている。そろそろ騒ぎを聞きつけて町の衛兵も来るだろうから、後はそいつらに任せよう」

 そういえば俺達は都市長の所に向かっている最中だった。荷車は邪魔にならないように片付けたし、投げ出された人も介抱したならこれ以上はこの町の人に任せるのが筋か。

「ジューネは良いのか? お礼をせしめるとか言ってたけど」
「その辺りは抜かりなく。ラニーさんに言って積み荷の事等も聞いてもらっていますから。……少し気になる事もありますし」

 そう言うジューネはどこか思案するような顔だった。さっきも荷物の一つをじ~っと見てたしな。一体何が気になるんだろうか?

「……どうやら来たみたいよ」

 壁に寄り掛かったままポツリとエプリが呟く。道の先を見ると、こちらへ向かってくる一団があった。どうやら衛兵達が来たらしい。




 やってきた一団は全員揃いの柿色を基調とした制服を着ていた。町に入る時に受付にいた衛兵と同じものなので、これがこの町の衛兵の制服だと分かる。

 一団は俺達の所までやってくると、隊長らしい他の人より少し豪華な服を着た厳めしい顔の人が前に進み出た。そして壁際に移動された荷車を一度チラリと見る。

「道の真ん中で荷車が横転しているとの連絡を受けてやってきたのだが……あれがその荷車かね?」
「はいっ! そうです。荷車は通行の邪魔になるので私共で動かしておきました」

 その言葉にジューネが対応する。さりげなく自分達が動かしたと主張しているのが微妙にせこい。

「ふむ。それはありがたい。こちらとしても仕事は手早く進めたいのでね。……おいっ」

 衛兵隊長さんが合図をすると、他の衛兵が何人か荷車の方に向かっていく。見れば茶色の毛並みで尻尾が二股に分かれた牛みたいな生物が何頭かいた。その牛モドキと荷車をロープで繋いでいる事から、どこかに引っ張っていくようだ。

 ここに置いていくのは壁際と言っても邪魔だもんな。……レッカー車で運搬される事故車みたいだ。

 荷車を牽いていた馬達も、衛兵の手によって手綱を取られゆっくりと連れられて行く。

「隊長。散乱していた荷物ですが……」

 衛兵の一人が荷物を改めている途中、何かに気づいた様子で衛兵隊長さんに耳打ちする。衛兵隊長さんは何かを聞く内に顔をしかめていく。

「そうか分かった。引き続き調べろ。……お待たせしましたな。それと、この荷車の御者はどちらかな? 詳しい話をお聞かせ願いたいのだが」
「あぁ。それならあちらに。怪我をしていたので介抱をしてもらっています」

 ジューネが手で指し示した先には、ラニーさんが倒れていた人を治療しているのが見えた。一度馬車に戻って道具を取ってきたので、応急処置とは言え本格的だ。

 どうやら相手も目を覚ましたようで、ラニーさんに包帯を巻いてもらっている。

「なるほど。では後はこちらにお任せ願おう。済まないがそちらの薬師殿。怪我人を医療施設に連れて行きたいのだがね」

 衛兵隊長さんはそう言ってラニーさんに呼びかける。しかしラニーさんは治療に集中していて聞こえていないようだ。仕方なく衛兵隊長さんは二人に近づいていき、ラニーさんの傍に立つと軽く肩を叩いた。

「はいっ? すみませんがもう少し待ってください。この場で最低限の応急処置はしておかないと」
「そうは言いましてもこちらも職務でしてな。……おやっ? ラニー殿ではありませんか?」
「その声は……ベンさんじゃないですか!」

 どうやら二人は知り合いだったらしい。そのまま二言三言話したかと思うと、衛兵隊長……ベンさんがこちらに戻ってくる。

「仕方ありませんな。ラニー殿が治療を終えるまで待つとしましょう。あのヒトは一度治療を始めると、自分が納得するまで止めようとしない。……腕は確かなので医療施設に行く必要がなくなるかも知れないがね」
「あのぉ。ベンさん……と呼ばれてましたけど、ラニーさんとはお知り合いなんですか?」
「職務上よく顔を合わせるのでね。それよりも待っている間にあなた方からも話を伺いたい。よろしいですな?」

 よろしいですななんて聞いてはいるが、半ば強制的な尋問だなこりゃ。まあ衛兵と言えば町の治安を守るのが仕事だし、素直に話すとしようか。……しかしただの事故の調査にしては少し物々しいな。

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