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第74話 転がる岩のように使途不明

 ごろごろごろごろ
 ごろんごろんごろんごろん

「これは何の音でしょうか」本原が質問する。
「何の音だ」時中が質問で返す。
「何か転がって来る音? 岩?」鯰が推測し、
「岩ですか」本原が確認し、
「岩?」時中が訊き返す。

 ごろごろごろごろんごろんごろん

 音はみるみる大きくなり、近づいて来た。
「入っちゃえば? あの亀裂に」鯰が促す。
「入れるのでしょうか」本原が懸念を示す。「水があるのではないのですか」
「結城が出て来ないということは」時中が推測を述べる。「中に入っても問題はないということだろう」述べながら一歩踏み出す。
「それか瞬ぺちゃになってるとかね」鯰が続けて推測を述べる。
「――」時中は動きと言葉を止めた。
「鯰さまは入ってみることができるのですか」本原が鯰に振る。「地下から潜り抜けて」
「んー」鯰は面倒臭そうな声を出す。「まあ今は洞窟が定位置にいるみたいだから、んーでもなあ」
「定位置にいるのですか」本原が確認し、
「今までは定位置にいなかったということなのか」時中が掘り下げて訊く。
「あんたら、気づいてなかったの?」鯰が逆に問う。「あんたらがあの小うるさい出現物たちとぺちゃくちゃやってた間、あっち行ったりこっち行ったりしてたんだけど、この孔ぼこ」
「あっちとはどこなのですか」本原が質問し、
「今まではあっちに行ったりこっちに行ったりしていたということなのか」時中が追加の質問をする。
「ざっくり言えば太平洋とかフィリピン海とか、あと黒潮のとことか」鯰が甲高く答える。
「誰が動かしていたのですか」本原が質問し、
「どうやって移動していたんだ」時中が追加の質問をする。
「神とか、出現物とか」鯰は淀みなく答える。「マヨイガとか自称スサノオとか」
「皆さんで動かしていたのですか」本原が確認し、
「この洞窟の取り合いをしていたのか」時中が結論づける。
「ていうか、あんたらをね」鯰が修正する。「うちの社員だー、うちの材料だー、うちのなんかに使える道具だー、つって」
「私たちは道具なのですか」本原が確認し、
「ネジやコマだということか」時中が結論づける。

 ごろごろごろごろんごろんごろん

 突如として岩の転がる音が大きく轟いた。新人二人と鯰はそろってはっと息を呑み音のした方を見た。真っ赤な岩と、闇のように黒い岩が数十メートル先で並び転がり、近づきつつあった。
「うわ」鯰が甲高く叫び、
「あれは燃えている岩ですか」本原が確認し、
「何故岩が勝手に転がって来ているんだ」時中が疑問を口にした。

「あれ、ヒトがいる」新参者がきょとんとした声で言った。
「人? 人間か?」
「新人君たちか」神たちは一斉に応えた。
「赤岩を近づけるなよ、スサ」伊勢がすかさず叫ぶ。「人間たちが死んでしまう」
「わかった」新参者は頭部全部で頷いているような声で返事した。

 ごろごろごろごろんごろんごろん

「こっちに来る」鯰が甲高く叫んで水中にどぶんと潜り込んだ。
「逃げよう」時中が、岩の転がって来るのと反対方向に向けて走り出そうとし、
「浮かびました」本原が報告する。
「何」時中が立ち止まって振り返る。
 確かに、赤く燃える岩と呪いのように黒い岩は揃って、二人の頭上高くに浮かび上がっていた。そのまま、結城が入って行った岩盤の亀裂の上部の方に二つ揃って突っ込む。

 がつんがつんがつん

 硬質の音が響き、二つの岩は亀裂のとば口にぶち当たったままそこから先へ進めずにいた。
「どうなっているのでしょうか」本原が質問し、
「亀裂の幅が狭過ぎて通れないんだ」時中が推測を述べ、
「生きてる? どうなった?」鯰が甲高く確認しながら水中より顔をのぞかせた。

 がつんがつんがつん

 二個の岩は引き続き亀裂のとば口にぶつかり続け、新人たちと鯰は言葉もなくその様を見上げていた。

「スサ何やってんだ、遊んでるのか」
「通れないだろそこは」
「無理なんだよそもそも。元に戻して来い」神たちは口々に新参者に言い立てた。
「ダイジョウブ」新参者はしかし、まったく気後れも迷いも遠慮も会釈もなく、けろっとした声で答えた。
「何が大丈夫――」伊勢が言いかけた時、

 がらがらがらがら

 二個の岩は亀裂を押し退けるようにして、その向こうへ突き進んで行った。
「ほらね」新参者は勝ち誇った声で告げた。
「お前そんなことして。地球を怒らせたんじゃないのか」
「なんて乱暴な奴なんだ。相変わらずだなあまったく」神たちは揃って新参者を批判した。

 伊勢は、漸くおずおずと上昇し始めたエレベータの中で大きくため息をついた。
「ああ、動き出したわ」磯田社長が、両手を胸の前に組み泣き声のようなトーンで言った。「神様」
「保全担当様、ですね」伊勢は微笑みながら修正した。

「オコった?」新参者は訊いた。
「ん? 私?」地球は訊き返した。
「オコったんじゃないかって、ナカマがいう」新参者は説明した。
「何に?」地球は少し面白がっているような声で答えた。「空洞の入り口を壊された事?」
「たぶん」新参者は頷くような声で答えた。
「今更、そんなことでいちいち怒ったりしないよ」地球はおどけたような声で言った。「人間たちが出現してからこっち、地殻への影響や変革にはすっかり慣れたからね」
「ふうん」新参者は再び、頷くような声で言った。
「けど、この岩」地球は声のトーンを疑問ありの色に変えて続けた。「どうするの?」
「うーん」新参者は首を傾げるような声で言った。「どうしよう」
「馬鹿じゃねえの」古参者が毒づいた。

「言われちゃったよ」
「くっそ、あいつにだけは言われたくねえ」
「げに不届きな……しかし」
「まあ、言われても致し方ない、のか……な」神たちは口惜しがりながらも次第に自信を失って行き声のトーンにそれは現れた。

 ドアがゆっくりと左右に開く。日はとうに暮れ、事務所と作業所の電灯の灯りだけが世界を照らしていたが、それでも充分過ぎるほどの、それは心に安寧をもたらす輝きだった。
「ああ、やっと出られた」磯田社長がいつもの声より三オクターブほども高い安堵の声を張り上げながら先に外へ出た。
「お疲れ様す」伊勢が苦笑を浮かべながら後に続き、エレベータを出る。
「社員たちは先に帰らせました、皆社長の事心配してたんですが」相葉専務が、疲労と心労の色に充血しきった目をしばたたかせながら報告する。
「ああいいわよ、全員残られたら残業代で破産しちゃうわ」磯田社長は安心からか珍しく自分で軽口を叩いておいて自分で高らかに笑った。「もちろん今残ってくれてる皆には残業代きちんとつけてね。通常残業でね」

「ははははは」

 大きく口を開けて笑う顔が浮かぶ。それは誰の顔――何の“顔”なのか――いずれの依代のものなのか、判然とはしない。けれど何であっても、それは笑っている。人のものなのか、獣のものなのか、はたまた草木のものなのかわからないが、それは「ははははは」と、大口を開けて笑っているのだ。
「何だよ」伊勢は口を尖らせてため息をついた。「昔のまんまだよなあ」

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