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198章 前途多難

 子供の話をしてからというもの、部屋の空気は重々しくなった。

 さりげない気づかいはできても、肝心なところで失敗する。こうなってしまうと、心配りの意味は完全に失われる。

「トイレに行ってきます」

 コハルは口に手を当てながら、トイレに向かっていった。ミライはその様子を確認したのち、アカネに声をかける。

「まずいことをいったみたいですね」

 アカネは聞こえないような声で、コハルの身に起きたことを伝える。

「そういうことがあったんですね・・・・・・」

「子供に関することは、口にしないほうがいいよ」

「わかりました。今後は気を付けます」

 二人で話していると、コハルがトイレから出てきた。

「コハルさん、さっきはすみません」

 ミライは頭を深く下げる。

「さっきのことについては、だいじょうぶです」

 空気を乱さないために、無理をしようとしている。そんな女性に対して、ミライは優しく話しかけた。

「つらいとき、くるしいときは、無理をしなくてもいいですよ」

 コハルは胸の中にたまっていた、感情を爆発させる。

「子供を産みたかったです。新しい命を誕生させたかったです。子供といっしょに生活したかっ
たです」

 子供を心から愛する女性が、出産する権利を奪われる。世の中というのは、理不尽でできている。

 大粒の涙を流した女性を、ミライは温かく包み込む。優しいお母さんが、子供をあやしているように感じられた。

 コハルはたくさん泣いたからか、瞳が真っ赤になっていた。

「コハルさん・・・・・・」

「少しずつ、少しずつ、心の傷を癒していきます」

 100歩進んで、99歩下がる。それくらいのペースで、心の傷を治せるといいな。

「今回のことよりも、もっと深刻なことがあります」

「それはなにかな?」

 コハルは深呼吸をする。

「アキヒトと破局したことで、住むところがなくなってしまいました。それゆえ、新しい家を建てる必要があります」

「コハルさんは住むところがないの?」

「はい。私には家がありません」

 住む場所を捨てても、男性と別れる道を選ぶ。子供の死というのは、彼女の生きる道を大きく変えた。

「アカネさんは、1ヵ月でいなくなってしまいます。それまでに、住まいを確保しなければなりません」

 幽霊退治をスタートさせたら、500日くらいは家を空けることになる。1年以上にわたって、赤の他人を住ませるわけにはいかない。

「コハルさんは住まいをどうするつもりなの?」

「小屋のような、家を建てるつもりです。こちらなら、1週間もかからないと思います」

 最低限の家を建てて、そこで生活しようということか。彼女の取りうる選択では、ベターとい
えるのではなかろうか。

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